70 「生きた人形と呼ばれる皇女」⑰
赤い絨毯が扉から祭壇まで真っ直ぐに伸びている。普段は信者達が通る道は王族の結婚式の際には特別な通り道となる。
祭壇の向こう、創世神の像はゾルダ王国の古き神殿以外は全て統一されている。顔を見せない神。人々はその向こうに己の想像する神の顔を見る。
今日この日、前王の側室から生まれたダーレン大公、今は共同統治として王の名を冠することになったヴォルグの子息ジェレミーとアンザス帝国の第四皇女ルピナスの結婚式が執り行われる。
帝国の属国であるドラスニト王国は、それまであまり注目されることはなかったが、帝国皇女の輿入れともなると話は変わる。
皇帝と皇后が参列する式ともなれば、帝国の周辺にある属国からも多くの王族が参加を表明した。
更に本日は式の後にジェレミーが立太子の儀を行う、二つの祝い事が重なっている。
従来であれば国王の即位に際して皇帝が祝いを述べるのが通例で、立太子はどうなるか分からないという不安定さから言葉を控えるのだが、妃となるのが皇女となれば話は変わる。
しかも、五年後にはそのジェレミーが即位する事も既に確定となっている為、神殿の中で既に待ち侘びている人々は時が過ぎるのをもどかしく思っていた。
大きな扉が神官達の手で開かれた。
大柄な皇帝トラディアスの腕に手をかけるのは白のドレスを身に纏う小柄な女性。ピンクブロンドの髪の毛に皇族の紫瞳を持つ本日の主役の一人。生きた人形と帝国では呼ばれていた儚い愛らしさを持つ、皇女ルピナスはゆっくりと歩む。
祭壇の前で待つ夫となるジェレミーは柔らかな笑みを浮かべながら、ただひたすらにルピナスの到着を待っているせいか、その隣にいる義父となるトラディアスなど視界にも入っていない。
トラディアスは内心で豪胆な奴だな、と笑う。それだけ彼はルピナスを大事にしているということで、だからこそこの国からの打診も降嫁も許したのだ。
ルピナスには婚姻前にこの国を蝕む王太后の罪を詳らかにし、国の頂きに立てと命じた。それを二人はきちんとこなした。多少手ぬるいところもあるが、まだ二十にもなっていない若者にそこまでを求めることはしなかった。
どんな手段を使っても良い、と確かに言ったが、まさか神の御使いに助力を乞うとは思わなかったが、結果として全てが良い方向に収まったと言えるだろう。
だからこそ二人は今日この日を晴れやかな顔で迎えることが出来た。
「娘を頼むぞ」
「はい。必ず幸せにします」
多くの視線を浴びながら到着した祭壇前。新郎たるジェレミーにルピナスを渡す際に小声で念を押せば、小さく頷くジェレミー。
温和な彼は大公令息としての人生を歩むものとして生きてきたが、全ての偽りを暴き立てたことで玉座に近付くことになった。
トラディアスの手からジェレミーの手に移ったルピナスは、顔を上げて夫になる男を見上げた。
初めて会った時から変わらない優しい顔。ルピナスを大事にしてくれる人。ルピナスもまた、彼を大事にしたいと思わせてくれた人。
国を出る事を考えた事はなかった。それでも二番目の姉が他国へ嫁ぐことを決めた時、ルピナスはほんの少しだけ考えを変えた。
本があれば良いと言う未来図はとっくに書き換わったけれど、それを嫌だと思ったことはない。
二人並んで祭壇の前に立つ。
最前列の席、皇后の隣に腰掛けたトラディアスを始めとした多くの人々がこれから夫婦の契りを交わす二人を見つめていた。
神官長はやや緊張した面持ながら二人に柔らかな笑みを向けた。
「それではこれより、ドラスニト王国ジェレミー・ドラスニト殿下並びにアンザス帝国第四皇女ルピナス・レミーリア・アンザス殿下の婚姻宣誓式を執り行います」
神官長の祝福の言葉と、夫婦になる二人が己の名を告げて神に誓う言葉を述べる。
そして誓約書に名前をそれぞれ記入し、かつてトレニアがしたように皇族が嫁ぐ際の特別な誓約を行うのだ。
「それでは、こちらの針をお使い下さい」
血の誓約として、清められた針で自分の親指を刺して血を出して誓約書に押し付ける。国を治める最高位の人間による互いを裏切ることの無い誓い。
「これを以て、二人が夫婦となった事をドラスニト王国神殿所属神官長レーゼルが見届けました」
誓約書を受け取り、それを創世神の像に向けて掲げた瞬間。
それは起きた。
創世神の像より溢れ出すのは幻想の波。勢いよく溢れ出した濡れない水は床を這い、広がり、そして神殿に広がっていく。
像の前に小さな水の塊が現れると、それは次第に大きくなり、やがて青い髪をした言葉には表せないほどの美しい、両翼を持つ男が現れた。
ドラスニト国民と、ルピナスの母以外の皇族はその姿を見たことがある。
参列した人々は手を組み深く頭を下げる。それは新郎新婦以外の全員であった。
『創世神の使い。水の庇護者たる吾は、この二人の命ある時まで見守る事にした。祝おう、人の子よ。知を持ちし皇女よ。汝は我らが主の加護を持つ。故に、我はその夫たる人の子に加護を与えよう。この国を知で治めよ』
「承りました」
幻想の水は姿を変え、白の『ルピナス』の花に変わり、そしてふわりと舞い上がると遥か頭上で、まるで水の流れのように扉を越えて外へと流れていく。
神殿の外、警備の関係で多くの騎士達による進入禁止となっている場所の外に立つ人々は、神殿から飛び出してきた花の川に驚きの声を上げ、そしてそれが弾けて頭上に落ちてくるのを見た。
「それは創世神様の御使い様からの、祝福の花だ!一人一輪ずつある!欲を出さずに一輪を手にせよ!」
まるで吸い込まれるように人々の手に落ちてくるその花を、平民たちは震える手で握りしめる。
その日、神の御使いの奇跡を手にした人々は、死ぬまで枯れない花を手に入れた。
さて、神殿内ではルピナスとジェレミーが貼り付けた笑みを浮かべていた。
実の所、二人はこの演出を知っていた。何せヴェシから相談されたので。だが一点だけ二人も知らないことがあった。
ジェレミーに与えられた加護である。
これは後にヴェシから聞いたのだが、千年前の出来事は争いによるものが大きかった。武と知は均衡であることが望ましいのに、それが崩れた事が原因であった。
今の世界にはダンジョンが現れて武に偏りが出ている為、ドラスニトは学問の国となれ、と命じられた。
ゾルダは魔法、帝国は強大な力を持つ。ならば、ヴェシが贔屓すると決めたドラスニトを知の国としよう、と思ったそうだ。
「そなたのその目が加護の証とする。少しだけ弄らせてもらったがな」
「えっ」
「あ、ジェレミー様。深い緑から青混じりの……海のような碧の目の色になっています」
「ここは龍脈の上の国。深い森の緑と吾の水の加護を合わせればその色になる」
以降、「ドラスニトの碧」と呼ばれる事になる加護の証の目の始まりはここからだった。
さて、まあそんな未来の話はさておき、神殿内の人々にも祝福の花を授けたヴェシが姿を消した事で、それまでにあった緊張は解けた。
後は粛々と式が進み、身長差のせいで少しだけジェレミーの腰が大変だったが口付けも終わった。
盛大な拍手を受けながら、神殿の外に一度出た二人は、民の前に姿を見せた。ゆったりと手を振る二人。
その間、神殿内では立太子の儀を連続で行う為に急いで準備が整えられていた。
参列者達はその間、別の場所に移動して少しばかりの休憩となる。
そして、ジェレミーとルピナスの控え室には、それぞれリーチェデルヒとサーヤが待機していた。
次の回で立太子の儀と城での披露宴となります。
ヴェシが勝手に暴走する。




