69 「生きた人形と呼ばれる皇女」⑯
ジェレミーの立太子の儀はルピナスとの結婚式と同じ日に行われることが決まった。元々決まっていた結婚式をずらす事は当然無いのだが、国内外に広く知らしめる為に他国の皇族や王族を招くのならば、そのままお伝えすれば良いのです、と言ったのはルピナスだった。
経済効果を考えると別の日にすべきなのだろうが、可愛い末娘の結婚式には必ず参加したい、と皇帝が言いだし、皇后と側室の実母も来てくれるとあって、纏めてしまった方が良いと言ったのだ。
『吾も祝福しよう』
それだけでなく、元王太后を断罪した際に降臨した神の御使い、水の庇護者のヴェシは未だ地上にいた。なんなら王宮の宮殿一つを専用として献上されそこに滞在していた。
彼曰く、今の地上は目まぐるしい変化が起きている。魔法の概念は徐々に広まり、魔物の存在も認識されるようになってきた。
見ているしか出来なかった千年の月日。今はこうして地上に降りても良いのだから、とヴェシは必要な時以外はドラスニト王国を楽しんでいるようだった。
ヴェシが更に気に入っているのはジェレミーがルピナスの為に集めた本を収めた図書館で、人の子も中々面白い、と言いながら読書の日々を送っている事をルピナスは知っていた。
神が俗物に染まって良いのかと思わないでもないが、火の守護者の方は千年前に人の中に紛れて冒険者として旅をしていたので良いのだろう。多分、きっと。
しかも、受肉しているのだ。どうやっているのかは知らないし知らない方がいいと言われたので聞いていないが、ヴェシは食事を楽しむことを覚えた。他の御使いよりも地上に興味を抱いていなかったヴェシだが、今は結構楽しんでいるようだ。
そんなヴェシが祝福を与えてくれるならば、国民もさぞ安心することだろう。
「ジェレミー様。遂に明日ですね」
「はい。やっとです」
迎賓館には多くの他国からの王侯貴族が滞在している。
安全面から皇帝、皇后、側室はゾルダ王国の大魔法使いが転移魔法とやらで運んでくれらしいが、ルピナスの姉三人は迎賓館で久しぶりの再会を楽しんでいるという。
アナベルも来てくれたのだ。アナベルが不在の間は臣籍降下した次兄が長兄の補佐をしてくれているらしい。
明日は日が昇る前から起きて準備をすることになっている。
まずは二人の結婚式、そして立太子の儀である。
結婚を先にすることでルピナスは王太子妃としてジェレミーの隣に立てるのだ。
二つの祝い事をスムーズに行う為に、ゾルダ王国の大魔法使い二人が協力してくれる事になっている。それは着替えである。
結婚式の衣装と立太子の儀の衣装は異なる。着せ替えるのも一手間なのだが、大魔法使いのサーヤによると慣れていれば一瞬で終わるとの事。
トレニアの妹だし盛大にお祝いしなきゃね、と笑うサーヤが協力を申し出てくれれば、必然的に伴侶のリーチェデルヒも手助けをしてくれることになった。
「予定していたのとは違う未来ですが、ジェレミー様と二人なら頑張れます」
「俺もです。大変な時も二人で乗り越えていきましょう」
部屋には誰もいない。扉の前に控えてはいるだろうが、明日には夫婦になる二人だ。目溢しをして貰えているのだろう。
ソファに並んで座りながら肩を寄せあって手を握り合う時間は二人の心を穏やかにしてくれた。
翌日はまさに戦場もかくやと言わんばかりに多くの侍女が駆り出された。その中には帝国にいた時にルピナスの離宮にいた侍女もいて、式には参列出来ない代わりに手伝いの時点でルピナスに会う事が出来るようジェレミーが取り計らってくれた。
風呂に入りきっちりと磨き上げられ、香油を塗り込めたルピナスは、慌ただしい室内を鏡で見ながら化粧を施されていた。
普段は薄らとしかしない化粧も今日ばかりは濃すぎるのではないかと思うほどに丁寧に施され、最後までもつか少しばかり不安になった。
そんな余裕も髪の毛をセットし始める頃には無くなり、ピンクブロンドの髪の毛は丁寧に崩れないように複雑、且つ華やかに編みあげられていった。
男性よりもはるかに支度に時間がかかることを見越して早起きをしたせいで、ついつい眠気に襲われてしまったが、何とかドレスを着終わった時、室内にいた侍女達は達成感に満ち溢れていたし、ルピナスも式を前にして何故か終わった感覚に満ちていたが、本番はこれからだった。
これから向かうのは王都の神殿で、招待客が集まり始めている頃だ。
ジェレミーとは馬車が別で、神殿の部屋を控え室としそこでしばらくの間待つ事になる。
ベールを被り、トリシャにエスコートされながら馬車に乗り込んだルピナスは今日一日の段取りを思い出す。
控え室には父や母、皇后、姉達が来てくれる予定となっている。
今日のトリシャは帝国の近衛騎士が式典で着る特別な白い騎士服を着ている。
「ねえ、トリシャ」
「なんですか、姫様」
「これで最後にするからもう一度聞きます。本当に帝国に戻らなくていいの?」
皇女の専属護衛騎士を長年務めて来たトリシャならば、帝国に戻って結婚相手を探そうと思えば引く手数多だろう。
可愛らしい顔立ちをしながら腕の立つトリシャは、ルピナスが命を預けるに相応しくずっとそばに居てくれた。
だからこそ彼女に選択肢を与えられるのはルピナスだけだった。
「もーやだなー、姫様。あたしは姫様の騎士ですよ?それは国が変わっても代わりないです。姫様を守るのはあたしの大切な役目。誰にも譲りません」
普段は頭頂部で一つ括りの髪の毛をシニヨンにしたトリシャは大人の女性だ。
「姫様。あたしの家族も姫様のお仕えする事を誉だと思っています。もしも帝国に帰ったら逆に怒られちゃいますよ」
「そうですね。トリシャ。最期まで共にいてくださいね」
「はいっ!」
神殿はどこでも変わらない。神の御座所であり、静謐な空気に満ちていた。しかも今日はヴェシが祝福をしてくれるのだ。神の気が満ちている。
馬車から降りたルピナスは人に見られない道を通り控え室に入った。
控え室の扉の前に緊張が走るのを感じる。
室内で背もたれの無いスツールに腰掛けていたルピナスが立ち上がると、控えていた侍女が素早く裾の乱れを直した。
大きな窓のある部屋は光を取り込み、そこに佇むルピナスは侍女から見ても、護衛の為に室内にいるトリシャから見ても特別な人形のように見えた。
ウエストからふわりと広がるスカートは三枚のレースを重ねており、トレーンは少し長めになっている。
背中側にはシルクで作られた白い薔薇を中心に大きなリボンが付けられているが、端にレースをつけていることで子供っぽくならないようになっていた。
左側の腰の部分には背中のリボンを小さくしたものが付けられ、正面から見た時に非左右対称になっている事で少しだけ遊び心が出ている。
腕を出しすぎないようにと袖はあるが、それは透けている分、ロンググローブが肌の露出を抑えていた。
耳と首元の宝石は皇族の紫色の宝石が嵌め込まれた装飾品が付けられ、頭部にはティアラとロングベールを被っている。
普段よりも少しだけ高いヒールの靴のお陰で小柄な体でも服に着られていれ感は減っているだろう。
ノックの後、侍女が取次を受けて扉を大きく開くと、皇帝トラディアス、皇后フィオレンティーナ、実母で第四側室のレミーリア、そして姉三人が入ってきた。
「ルピナス。まずは今日と言う日を迎えられた事を喜ばしく思う」
「ありがとうございます、皇帝陛下」
「父としては、寂しくあるがな」
「そうなのですか?」
「そうにきまっているだろう。余はそこまで薄情ではないぞ」
「陛下、落ち着いて下さいませ。ルピナス。おめでとう。そしてとても美しく愛らしいわ」
「フィオレンティーナ様。ありがとうございます」
皇帝の言葉も嬉しいが、皇后からの言葉はより嬉しく、思わず力が入った返事をすると、トラディアスは拗ねてしまった。
「ルピちゃんがお嫁に行くのは寂しいけれど、たまには遊びに戻って来てね?」
「お母様……はい」
母とはよく一緒にいたので寂しい気持ちはあるけれど、穏やかに見つめる目に小さく頷いた。
そして姉三人からは綺麗とか可愛いとかを繰り返された。アナベルやカルミアはともかく、久しぶりのトレニアにぐっと込み上げるものがある。
既に母となっているトレニアの柔らかな微笑みは、かつての妖艶さよりも慈愛の強さを感じる。
この部屋にいるのは帝国のまさに頂点の人々で、騎士達の緊張は尋常ではないだろう。
少しばかり話した後、彼等は部屋を出ていった。話す機会はまだある。式関係が終わると、王城で披露宴が行われるのだ。
賑やかさが収まった室内でルピナスは皇族から離れ、他国の王族に、そして今日王太子妃になるのだという気持ちが込み上げて来た。
寂しいと感じた時に一緒にいてくれたのは姉達だったが、これからは夫になるジェレミーがそばに居てくれるのだろう。そしてそれは己もそうなるべきなのだ。
次で終わる予定です。




