68 「生きた人形と呼ばれる皇女」⑮
王宮に居を移した大公一家は、ゲルディオとは別の宮で生活する事になった。
ファリナセアは憑き物が落ちたように、シランと話すようになった。王妃になるべくして育てられたファリナセアは、親からずっと抑圧されてきた。
ゲルディオの妃として選ばれた時は嬉しかったが、イゾルデの干渉は酷いものだった。グランヴィルを産むと、次期国王として乳母や教育係が付き、適切に育てられるはずだったのに、イゾルデによりたった一人の我が子は歪められてしまった。
ファリナセアにとって王宮は息苦しい場所で、王太子妃選びに勝ったはずなのに、夫や子供と仲睦まじいシランが憎かったのだと懺悔していた。
イゾルデが居なくなり、グランヴィルが幽閉され、やっと夫婦で話し合う時間が得られた時、もっと早くに変えられていたなら違っていたのだろうかとファリナセアは考えてしまった。
「今だからこそですよ、ファリナセア様」
「シラン様……」
「ルピナス様が仰っていました。魔法の力が復活したのは、千年の時間が流れたから。神が降臨なされたのも千年の時が経過したから。イゾルデさまの罪を暴く為には神のご助力を賜るしか無く、今だからこそ、真実が暴かれたのです」
「どれだけ早くと願っても無理だったのね」
「ええ。ファリナセア様。ジェレミーが即位した際には恩赦があるでしょう」
慶事により余程の危険な罪人以外は罪が軽減される事がある。事実、ゲルディオが即位した時にも恩赦はあった。但し、イゾルデにとって都合の悪い者はその前に処刑されたり減刑されなかったが。
イゾルデの罪はどんどんと暴かれている。今はドラスニトに滞在している水の庇護者ヴェシから頼まれた裁きの神が降臨し、イゾルデがどれだけの人々を陥れ、殺害して来たのかを告げている。
五十年以上罪を重ね続けたイゾルデにただの死刑で済ませて良いのか、という意見が出るほどだった。
幼子が何十人も犠牲になっていた事が、審議官達にとって許しがたく、寄り重い罰を求めたのだ。
それに対しての解決策を提示したのは裁きの神であった。
『罪を贖うまで死なぬようにすれば良い。責め苦を与え続け、狂いたくとも狂えず、常に痛みと苦しみに苛まれる罰を与えれば良い。反省しないのであれば肉体を腐らせれば良い』
事も無げに告げた裁きの神だが、人間に命を操ることなど出来ない。
『よい。我が手を貸す。久方ぶりの地上にてここまで醜悪な者は……まあいるにはいるが、ヴェシから頼まれた故な』
そうしてイゾルデは贖いが終わるまで死ぬことが出来ない責め苦を与えられることとなった。
裁きの神に頼ったのはイゾルデだけである。全てを神に委ねることをしない。その為に法があり、専門家がいるのだ。
イゾルデに関してはルピナスが関与したのがあってお出まし願えただけの事である。
ただ、法に纏わるもの、裁きを下すもの達は、裁きの神の存在を身近で感じた事でより深い信仰心を抱き、小さいながらも神殿を建てる事を決めた。
この建立には多くの同業者が賛同し寄付を集めた事で、当初の予定よりも立派な物が完成した。
そのお陰か、裁きの神は力を増した。
そんな事が帝国で起きたりしていたのだが、それは置いておき、ルピナスは王城の一室を貸切り、エリカを始めとした令嬢達の教師をしていた。
最上級の教育を受けてきたルピナスは、王妃教育は既に完了していたので、改めて学ぶとすれば各領地のことだけであった。
まだごたごたは収まっていないので、各地に視察に、とまでは行けないし、そもそも正式なお披露目すらしていないので表に出るわけにはいかなかった。
暇を持て余していたルピナスは、図らずとも王女となってしまったエリカが、王族としての作法に苦戦しているのを見てアドバイスをした。
そこから、どうせならば腹心となるイヴェンナ達もより洗練させるのはありなのでは無いか、と思い立ち、エリカと十三名の令嬢に特別な授業を行う事にしたのだ。
「私だけでは手が足りないので、帝国から私達皇女の作法講師をお招きしました。ビアトリス夫人です」
「皆様初めまして。ルピナス第四皇女殿下よりご紹介にあずかりましたビアトリスにございます。本日はどうぞよろしくお願いいたします」
完璧な所作だ、とエリカはビアトリスを見て感じた。
隙がひとつも無い。頭を下げる角度も、スカートを摘む指先も、全てが美しく完成されていた。
エリカは大公令嬢としては十分であったが、王女となると違う事を王宮に来て知った。
何れどこかに嫁ぐにしても、王女と呼ばれる間はそれに相応しい振る舞いをしなければならない。
ルピナスはまさにその目標の到達点であった。
「今はお教えする皇女様はおりませんので、皇帝陛下よりドラスニト王国でルピナス様のお助けをとの言葉を頂いております。暫くはこちらに滞在しますので、皆様、どうぞお覚悟を」
一見すれば嫋やかな淑女だけれど、真っ直ぐに伸びた背筋や眼差しはかなり怖いのだと、そう理解してしまった。
「ビアトリス夫人。手加減はしてくださいね。彼女達は私の腹心で、エリカは可愛い義妹です。他所の国に取られる訳にはいきません」
「まあ。殿下がそう仰るとは。分かりましたわ。帝国の皇族にも通じるレベルまでと思いましたが、抑えましょう。ですが、最高の淑女を目指して悪いことはありません。ドラスニト王国の至宝と言われる所までは磨き上げましょう」
そうして始まった講義は、地獄だった。
後にエリカはそう語った。




