65 「生きた人形と呼ばれる皇女」⑫
ルピナスは心の中で祈りを捧げる。すると、どこからが現れた澄み渡る青い空の色をした小鳥が真っ直ぐにルピナスの肩に向かって飛んできた。
「王太后イゾルデ。お前は罪を犯しました。お前の罪を詳らかにしましょう」
「わたくしの罪?なんの事やら。ほほ。皇女と言えど我が国の者で無いものが、何を仰るやら」
王太后イゾルデ。前王の正妃であった女は幾つもの罪を犯している。
その一つが、ダーレン大公ヴォルグの母であり、全王の側室であったアリュリレアの毒殺。
そして、王家の血を継がない子を王の子として即位させた。
ルピナスは右手をすっと胸の高さまで上げると、収納魔法によって収められていた精霊の宿る『本』を取り出した。
ここには『リベル』が集めた情報が集約されている。
一度目にしたものは記憶しているルピナスだが、目に見えてわかる本は間違いなく効果をもたらす。
「アントーニョ・フロリッジ。宰相は覚えているのではありませんか?フロリッジ子爵家が一族郎党処刑されたことを」
「は、はい。覚えています、が……」
「アントーニョ・フロリッジは自死しました。その容姿は前王によく似ていたそうです。そして、イゾルデ。お前がアントーニョに幾度と無く手紙を送り、密通した男です」
「何を!どこにそのような証拠があると言うのです!不敬だわ!」
「お前の存在が私に対しての不敬です。まさか、お前は私よりも上だと勘違いしているのですか?まさか。帝国の属国であれば常識すぎることを知らぬ王太后がいるなど、笑えないですね」
『本』がルピナスの魔力を得て宙に浮かび、ぱらぱらとページを捲る。ジェレミーはにこにこと笑みを浮かべながら、ルピナスの行動の邪魔をしない。
宰相は、嫌な予感が止まらずに思わずジェレミーへと目を向けるが、彼はルピナスしか見ていなかった。
「まあ、無駄なことは私は嫌いです。面倒ですから。ゲルディオ国王。私はあなたを哀れに思っているのです。貴方は生まれながらにして傀儡だった。貴方の統治は可もなく不可もなく。ですが、貴方にはそもそも玉座に座る資格は無かった」
「左様ですか……やはりそうでしたか」
「分かっていたのですか?」
「何となくは。父上から私は聞いていたことがあります。ドラスニト王国の王家の血の秘密を」
疲れたような顔をしている国王は、それでも何故かすっきりとした表情をしていた。
「この城には、正統な血を持つ者しか開けられない、王になる者にしか伝えられていない扉があります。私は、その扉を開けられなかった。つまり、我が子グランヴィルにも開けられない。だからこそ、私は無理を通してジェレミーにも王太子教育を受けさせた」
「貴方も哀れな被害者です」
開かれた本のページの上に、肩に止まっていた青空の色の鳥が飛び移る。
その鳥に向かい、ルピナスは祈りを言葉にして捧げる。
「創世神の御使い、水の庇護者ヴェシ様。矮小なる人の子の声をどうぞお聞き届け下さい」
小鳥が歌うように鳴き声をあげる。
ルピナスの足元を中心に光の複雑な円がいくつも生まれ、そこを中心に幻想の波が溢れ出していく。
広がっていく波がある地点を境に止まり、そして宙に集まると大きな水の塊になる。
そこから現れたのは、背に羽を生やした人ならざる存在。
ルピナスは直ぐ様跪き、ジェレミーも同様にした。
宰相は強い畏れを抱き、自覚無く膝を折っていたし、国王と王妃も同様である。
だが、愚鈍なイゾルデとグランヴィルは神威を感じていないのか、立ったままだった。
故に、二人は体に一気に伸し掛る重圧を受けて床に無様に這い蹲ることになった。
『ルピナス』
「ヴェシ様。声にお応え頂き有難う存じます」
『良い。其方に許す。立て。ああ、其方の伴侶も許そう。吾に応える許しを与える』
「大変光栄に存じます」
ルピナスとジェレミーは立つ事を許された。
宰相は帝国の事も、ゾルダ王国の事も勿論情報として知っていた。神の現る地。神に祝福されし皇族の事を。
何故帝国が千年を超えてなお存続出来ているのか。何故、どの国も恭順を示しているのか。それは帝国を治める皇族が創世神の加護を受け続けていたからだ。
『皇族の紫眼』は創世神の加護の証。彼らを悪意で傷付けることは出来ない絶対的な防御の力を持っている。
第二皇女であったトレニアの結婚式には創世神と御使い二柱が降臨し祝福したという事は広く知られていた。
そのときの御使いの一柱が、今まさに目の前に降臨している。
神であると強く感じさせる威に、手を組み涙が溢れている事に宰相は気付いていなかった。
『この国は、竜人の末裔が建国した。故に、ドラスニトであり、都はドラグレアという。その名にドラゴンを混ぜた。姿形は竜人ではなく人間であるが、血には間違いなく混じっている。ルピナスの伴侶。其方と其方の父にも入っている。しかし、そこにいる王と、這い蹲る子には混じってはおらぬ。王家の血を継がぬ者が続けば国は滅びる』
「何故でしょうか?竜の血が必要なのですか?」
『是。この国の地の下には龍脈が走っている。魔素が広がる事で、龍脈が活性化する。その力を竜の血が抑える。故に、この国は竜の末裔が治めねばならない。だが、そこの女が僭王を立てた。故に滅びる。滅びを避けたくば、王の冠を正しき場所に戻せ』
淡々とした応え。
神は偽りを述べない。述べる必要がないからだ。
ゲルディオは神を前にして心が凪いでいた。
実の所、前王も彼が実の子で無いことは知っていた。体が弱り、王の座を引く前にと王家の血を継ぐ者にしか開けられない扉に連れて行ったのは前王で、そこで開かない扉を前に彼は笑った。
ゲルディオの異母兄ヴォルグが誕生した後、イゾルデが子を欲していたのは知っていたが、前王は多忙を極め居た。そして、流行病で高熱を出したことがある。
高熱を出した場合、三ヶ月ほどは子種が減ることが多い為、前王は閨の回数を減らしていた。
国王の閨は全て記録されている。イゾルデが妊娠した時期は医師でも疑問に思うくらいには回数はほとんど無かった。一度で孕むこともあるので絶対は無いし、いずれは分かること、と敢えて見逃した。
そうして死に瀕した時、真実が判明したが、前王はその罪を抱えて亡くなった。
罪が暴かれる時が来るならば、それが運命、と。
本来ならば異母兄のヴォルグこそが王になるべきだったが、イゾルデにより彼の母は毒殺され、彼は王家に残ることを拒んだ。
イゾルデを早くに始末しておくべきだったのだ。傲慢が肥大化し、飽くなき欲望の塊になった罪の塊を。
妻にも悪いことをした。彼女は王の妃になる為に育っていたのに、僭王の妃として名を残す事になる。
「ファリナセア。君を巻き込んですまない」
「いえ。貴方はただ、生まれただけです。貴方が王になり、王太后様の過剰な贅沢でも安定した政治をしていたのは間違いないのですから」
「そうかな……グランヴィルを愚かにしたことは、罪だ」
「わたくしの罪でもあります。あの子を、わたくし達の傍に置いておくべきでした」
王太后に甘やかされて肥大化した我が子の傲慢さ、横暴さ。それを咎めなかったことは紛れもなく、罪。
神を前でゲルディオはファリナセアを抱き寄せていた。
世で言うところの深い愛はなかった。しかし、二十年以上を共にしてきた。情は間違いなくあった。
「王の冠は正しい場所に戻さなければならない」
「そうですわね」
さもなくば、国が滅びる。
神が言うことに間違いはない。
王は己の頭に乗る冠を手にした。正しき場所に、異母兄の頭に、戻さねばならない。
先にネタバレしておくと、ゲルディオは簡単に退位出来ないです。
いきなりヴォルグが王に、となっても政治が回りません。
なので、共同統治の方向にいきます。
ヴォルグはイゾルデに憎しみはあっても、ゲルディオには感じてないです。
彼等的に理想なのは、五年くらいでジェレミーに教育を叩き込んでさっさと譲る事です。
ルピナスだけなら何時でも王妃になれます。




