63 「生きた人形と呼ばれる皇女」⑩
ドラスニト王国の王都ドラグレアの北側にある王城は歴史を感じさせる佇まいをしていた。
小高い丘の上に立つ城は城下の町との間に木々が植えられ、季節の移ろいと共に変化する色彩は、城の高いところから見下ろすとさぞ絶景なのだろうと感じさせる。
大公家が王都に持つ屋敷は王兄が所有するには小規模であったが、かと言って貧相という訳では無い。
敷地こそさほど広くは無いが、邸内の随所に拘りがあるのを感じさせた。
大公領の城とは異なり、こちらは少しばかり華やかさがあり、ルピナスの目にも楽しい絵画が飾られるなど、人々の好奇心を擽る内装にセンスを感じた。
そんな屋敷から大公の紋章を付けた馬車が出立したのは昼を過ぎた頃であった。
朝から侍女により磨き上げられ、帝国でルピナスの専属のメゾンで仕立てられたドレスは、ピンク色のドレスだが、何枚も薄手の生地を重ねたことで、一番上の短い丈と一番下の長い丈の間に層が生まれ、複雑なドレープが動く度に様々な表情を生み出していた。
それぞれの布地の端には美しく繊細なレースが付けられており、それが可愛らしさだけでなく優美さを感じさせていた。
肩は出ているものの、二の腕を覆う袖が膨らみ、一度絞られた後、腕の半ばまで広がっている形が肌の露出を抑えていた。
頭部には帝国内では儀式と最大規模の舞踏会の時に付ける皇女用のティアラが付けられている。
中央には皇族の目の色である貴重なパープルサファイア、そしてその左右をピンクダイヤモンドが嵌め込まれている。
胸元と耳を飾る装飾品は、十七歳の誕生日にジェレミーが贈ってくれた、緑色のガーネットで、その色は彼の目の色によく似ていた。
ルピナス一人だけでこの国の国家予算何年分になるか分からないだけの価値のあるものを身につけているのだが、ルピナス自身は気負いがない。
右手の中指につけている指輪には小さな魔石が付けられ、その指輪自体が魔道具である。収納の魔法を込めた指輪型魔導具には、ルピナスの魔導書と彼女が個人で持つ独自情報収集機関『リベル』が集めて纏めた精霊の宿る『本』が納まっている。そしてもう一つ。何を失ってもこれだけは失えない、皇帝代理の指輪。
指輪型魔導具はルピナスの血と魔力を登録しているので、単体で紛失しても中身を取り出すことは出来ない。そもそも、使い方をこの国の者は知らないだろう。
ここまで気合を入れているのは、遂に王城に行く日が来たからだ。
王太后イゾルデの無礼な招集を咎める手紙を帝国の辺境伯を使者として持たせ、国王に突き返した。
国王はどのような反応をしたのかは分からないが、改めて国王から王城に足を運んでくださらないかと言う下手に出た手紙が来て、ルピナスは了承した。
「ルピナス様、用意は出来ました……か……」
「ジェレミー様。どうでしょうか?」
最後の確認が終わり、完璧に飾り立てられた皇女の美しい姿に、ジェレミーの言葉は出なくなってしまった。
「ジェレミー様?」
「はっ、あ、その……とても美しすぎて言葉を失っていました」
「まあ。ジェレミー様も素敵です。クラバットピンは私が贈った物を付けてくださってるのですね」
「はい。今日という日に相応しいかと思って」
ルピナスが装飾品を贈られたのと同じように、彼にルピナスはクラバットピンとカフスリンクスを揃いの宝石を使って贈った。
幾つものピンク色の宝石を集め、その中から自分の髪色に近い石を選んだつもりである。ピンクベリルが一番近いと周りにも確認した。
宝石としての価値よりも、どうしても自分の色に近いものが良かったので、その分デザインや台座などの素材は最高級のものを使ってもらった。
「ルピナス様の色をこのように付けられるのはとても嬉しいです」
はにかむ様な微笑みに、ルピナスの心臓は高なる。ジェレミーはルピナスへの好意を隠さない。それがとても嬉しい。ルピナスだってジェレミーの為人を知る度に愛しさが増している。
恋は人をおかしくする、と本で読んだことがあるけれど、恋を知らなかったルピナスには当時理解出来なかった。
しかし今なら分かる。彼の為ならば、何でも出来る、と。
馬車に揺られ王城の門を抜ける。帝国の皇城と比較すれば当然小さい城だが、作りは悪くない。
帝国よりも北にある為、冬になれば降り積もる雪はさぞや映えることだろう。
馬車の中にはルピナスとジェレミー、そして子爵令嬢らしくドレスを着たトリシャが同乗していた。
トリシャが敢えて貴族令嬢の姿で来ているのは、ルピナスと共に謁見の間に行く為である。
帝国では当たり前の女性騎士だが、ドラスニト王国ではほとんどいない為、令嬢姿の方が違和感は無いとジェレミーのアドバイスを受けた形だ。
トリシャのドレスには様々な工夫がされている。
剣は先日の王都デートの付き添いの時に使った指輪型魔導具に収納しているが、ドレスそのものも動きを阻害しないようになっている。
近くで見なければ分からないが、スカート部分が二重になっていて、上側の布は取り外しが出来る。本体のドレスにはスリットが大胆に両側入っており、脚を広げてしゃがんでも邪魔にならないようになっている。
更に、靴はドレスで見えないからと脹脛までの長さのブーツを履いていた。
コルセットはソフトタイプで、ルピナスがいやいや付けているがっちりと締め上げるようなタイプではないのが羨ましいところだ。
髪飾りは先端の鋭い棒のようなタイプで、東方の国では「カンザシ」という名前の繊細そうなものだが、帝国の女性騎士がドレスアップして護衛する時には必ず付けている。
帯剣出来なくとも、このカンザシとやらは素材にこだわれば武器になり得ると判断したからだ。
事実、役に立った場面もあると言う。
トリシャもカンザシを武器代わりにするために付けていて、危ないので鞘のようなカバーに入れた状態でさしている。
花飾りの部分を手に引き抜けば、それだけで武器だし、鞘が残っているので髪の毛は纏められたままというのが便利だとトリシャは笑った。
王城前につき、御者台に並んで座っていた従者が扉を開ける為に声を掛けてくる。
「王城に到着致しました。扉を開けてもよろしいでしょうか」
「お願いします」
扉に近いトリシャが二人の顔を見ると、ルピナスとジェレミーが頷いたので許可をする。
内側の鍵を外すと、外から扉が開かれた。
まず降りるのはトリシャで、従者の差し出す手を取りゆっくりと降りると、油断なく周囲を見渡す。
今日この日、帝国皇女が来ることが知らされていたのだろう。騎士だけでなく、煌びやかな衣装を着た男達が並んでいた。
続いてジェレミーが軽やかにステップを踏みながら地に降り、体の向きを車内に向ける。
差し出した手にルピナスの小さな手が乗り、見られている事を意識しながらゆっくりと馬車を降りた。
濃く深い赤のドレスを着た背が高く姿勢の良いトリシャと、赤茶の髪の毛に深緑の目をした大公令息ジェレミーの間で、一際目立つ少女にも見える女性こそが、帝国が誇る類い稀なる美を持つ皇女が一人。
ドラスニト王国の大公令息の妻になる事が決まっているルピナスであると誰もが分かった。
「出迎えご苦労」
ゆったりと、尊大に。
帝国の皇女は属国の臣下に頭を下げない。遙か上の立場から労うのである。
「我等が宗主国、帝国の叡智なる皇女殿下をお迎え出来ること、誠に恐悦至極に存じます」
「貴方のお名前を伺っても?」
「宰相の任に就いておりますルドヴィク・ハーデンにございます」
「ありがとう、ハーデン卿」
ゆったりとした動作で軽く頷いたルピナスは微笑みを崩さない。
ルドヴィクが、ご案内致します、と進むので、ジェレミーの腕に手を掛け、ルピナスは歩き始める。
本来ならば手を重ねる程度で良いのだろうが、ジェレミーとはとても親密な関係であるというアピールである。
その後ろを歩くトリシャは「姫様、浮かれてるなぁ」と内心で思いながら、久々に着るドレスでのお淑やかな振る舞いを思い出すのに必死であった。




