60 「生きた人形と呼ばれる皇女」⑦
ドラスニト王国の王都ドラグレアは、王都と言うだけあって大変大きな都市である。
王城を中心に円状に広がり、城に近い地区は貴族が、壁に近い地区は平民が暮らしている。
帝国と同じように、高位貴族は王都に屋敷を構えており、社交シーズンともなると領地から出てきては様々な家と密な関係を築いていた。
アルヴァイツ公爵令息エリオットは大公令息ジェレミーと親しい友人であつまり、王太后イゾルデからはあまりよく思われていない為、議会での発言力はさほど無い。
しかし、家の歴史としては古く、始まりは建国王の時代にまで遡る。
その歴史が彼らを守り、イゾルデが手を出そうにも許されない空気を生み出していた。
アルヴァイツ公爵家はイゾルデに対して阿ることは無い。そもそも、イゾルデを認めていない家だからである。
そんな関係だからだろう。
王太后主催のお茶会が開かれる日に合わせ、アルヴァイツ公爵家でもお茶会が開かれていた。
主催者はエリオットの妹イヴェンナで、招いたのは彼女の親しい友人、そして特別なゲストであった。
「ごきげんよう。本日はお招きいただきありがとう」
「ようこそお越しくださいました。ルピナス皇女殿下、エリカ様」
「お久しぶりです、イヴェンナ様」
従来のお茶会であれば挨拶を受けるイヴェンナが自ら立ち上がり迎えに行くほどの人、という事で少しざわついた会場であった。
しかし、イヴェンナがその相手の名前を告げた途端、全ての令嬢が速やかに立ち上がり深く頭を下げる。
片方の令嬢は知っている。
現国王の異母兄ダーレン大公の娘エリカ。イヴェンナが頭を下げなければならない一人なのは間違いない。
しかし、もう一人は格が違った。
皇女殿下と呼べる相手は大陸で現在四人しかいない。
アンザス帝国の皇女。名前から四番目の姫君である。
イヴェンナの誘導で席にまでたどり着いたルピナスは穏やかな声で語り掛ける。
「皆様、顔を上げてください。楽にしてくださって構いません」
顔を恐る恐る上げた先、十五歳というここに集まった令嬢の中では最も若いながら、背が高くメリハリのある身体つきのエリカの隣。
エリカとデザインがよく似ているドレスを着た、とても小柄で可愛らしく微笑む少女。
ふわふわとしたピンクブロンドの髪の毛に神秘的な紫の目をしたその方こそ、このような場所で同席する事など奇跡としか思えない皇女ルピナスである。
爽やかな日にふさわしい新緑色のドレスのルピナスと、見ているだけで元気になりそうな爽やかなオレンジ色のドレスを着たエリカは、とても仲が良いと分かる空気感を持っていた。
特に、エリカが胸につけているブローチは、見る者が見れば分かる最高級品であり、そのモチーフが皇女の名を冠しているわけで。
イヴェンナは他の令嬢たちと異なり、三日前にルピナスとエリカに会う機会を得ていて、そこでルピナスが未来の義妹となるエリカを大層可愛がっていると見せられていた。
このお茶会は兄に頼まれて開いたものだが、その兄もジェレミーからの頼みで、もっと正確に言えばルピナスからの依頼であった。
帝国より皇女が大公家に降嫁するという話はとうぜんイヴェンナも知っていた。
三年前にルピナスとジェレミーの婚約が正式に決まるより前から、ルピナスの婚約者候補としてジェレミーは選ばれており、それもあって大公家に婚約の打診が出来る者はいなかった。
元々王太后イゾルデに睨まれている家だが、イゾルデに阿らない家にとってジェレミーは理想的な存在だった。だが、帝国がわざわざ候補にしている上、交流もしている中で横入りなど出来るはずもない。
そして確定した三年前から、ジェレミーは女性が多い場所には決して近付かなくなった。
兄のエリオットとは交流を深めているのは知っていたイヴェンナは、数年ぶりにジェレミーを見て驚いた。
王太后イゾルデが面倒な女なのは間違いないのだが、それの所為で少しばかりやさぐれた雰囲気のあったジェレミー。
それが、ルピナスを前にしてなんて甘ったるい空気を垂れ流しているのか。
その変わりように驚いたのはもちろんだが、それ以上に目を奪われたのがルピナスである。
イヴェンナは公爵家の娘として最高の教育を受けてきた自負があった。
高い教養と磨かれた所作、叩き込んで来た知識。誰もがイヴェンナを淑女として憧れてくれていた。
しかし、その自信は簡単に潰された。
圧倒的な存在感と計算され尽くした所作。立っているだけで気品があり、話す全てが膨大な知識を元にしているもの。
千年以上の歴史を持つ帝国の皇女はあまりに完璧すぎた。それなのにその皇女は姉ほどではないと謙遜するのだ。
悔しいとは思わなかった。そもそも同じ舞台に上がれていないのだから。
男二人を追い出し、女三人だけの小さなお茶会でルピナスはイヴェンナに様々な事を語った。
このお茶会は王太后イゾルデに対してルピナスからの嫌がらせであり、ルピナスが選んだのはルピナスがドラスニト王国で親しくしたいと思っているイヴェンナであること。
王太后イゾルデから権力を奪い取るつもりであること。
『私に登城せよと言ったのです。たかが属国の王太后が』
国内で王太后ともなればそれなりに権威を持つが、宗主国の皇女の方が遥かに身分が上である。それに、王太后は王家の血を持たないのだ。真の意味で王族では無いのだからご機嫌伺いはイゾルデからせねばならないのに。
『道理を知らない女がいるのは、私嫌です』
にこりと微笑むルピナス。
彼女はどうしろ、とは明確には言わない。しかし、周りの者がその言葉を読み解いて行動するのが当然と言わんばかりに。
ただ可愛らしいだけの方ではないとイヴェンナが小さく震える中。
『お義姉様かっこいいです!あ、それならこう、指をこう当ててみてはいかがですか?物語の悪の王女のような!』
『スタリーの『茨の女王の輪舞曲』ですね。エリカは物語が本当に好きですね』
『はい!お義姉様の為にお兄様が本を集めていたから私も読もうと思って』
エリカがルピナスに所作指導をし始めてイヴェンナは驚いた。そしてルピナスはそれに従っていたりする。
二人が仲睦まじいと見れば分かる楽しそうな空気に、イヴェンナは肩から力を抜いた。
『皇女殿下、わたくしに出来ることがありましたら、是非お申し付けください』
『ええ。ではまず、私の名を呼ぶことを許します。お茶会では名前で呼んでください』
『宜しいのですか?』
『はい。イヴェンナ嬢はいずれ、私の信頼厚き腹心となって頂きたいですし、エリカの友人にもなってもらいたいですからね』
ただの親しい友人、ではなく、腹心。
その言葉に秘めた真実を考え、そしてイヴェンナは目を見開きルピナスを見つめる。
大公夫人であれば腹心は不要だ。
必要になるのは。
『まさか』
『根腐れを起こした植物は掘り起こして捨てなければならないですよね?』
『水を与えすぎて根腐れを起こしたらそうなりますよね、お義姉様』
にこにこと笑うエリカの横で微笑むルピナス。
イヴェンナは彼女が帝国で「生きた人形と呼ばれる皇女」と言うことを知っていた。だが、微笑むだけの人形などでは無い。
彼女はその可愛らしい外見の下でどこまでも冷静に見定めているのだ。
使える人間かどうかを。
『ええ。早急に取り除かなければならないですね』
何とか気持ちを立て直したイヴェンナは、気合いと根性だけで笑みを浮かべた。その気持ちの立て直しは合格だったらしく、ルピナスの笑みの種類が変わった。
どうやらイヴェンナは正しくルピナスに認められたようだ。
それを思い出しながら、イヴェンナは会場を見渡して微笑む。
イヴェンナが選んだ友人達を、ルピナスは気に入ってくれるだろうか。
お茶会は次回まで続きます。




