59 「生きた人形と呼ばれる皇女」⑥
城に戻ると、ヴォルグとログナスは少し話を詰めると言って執務室へ向かったので、ルピナスはジェレミーと共に庭園を歩くことにした。
二人の後ろに控えるのはトリシャのみ。内緒話をするならば、数を限るのが一番だし、トリシャは実力があり信頼している。
「ルピナス様。これからどうするおつもりですか?」
人気の無い四阿の椅子に座るとジェレミーが真っ直ぐとルピナスを見る。
婚約してからずっと手紙でのやり取りをしていた。時に彼が帝国まで来てくれることもあった。
誠実で心優しい人。
王子しかいない王家の為にスペアとして育てられた人。
今の王家は偽りであり、王子と呼べるのは、彼一人だった。そして彼の妹のエリカも王女だった。
イゾルデが何を思ったのかは分からないが、建国から繋がってきた王家の血を絶やしたのは罪だ。幸いにしてダーレン大公が生まれていたから血の存続は出来たけれど、そのダーレン大公をイゾルデは憎んでいる。
「冠は正しい場所に収まらなければならないです」
神殿参りのドレス姿のルピナスは近寄り難さでジェレミーは思わず目を細めた。
小柄なルピナスは見た目からか弱そうに思われがちだが、創世神の加護もあり、病知らずだし体力もある。
大公家に来てからというもの、精力的に城の中を歩き回ったり、ルピナスの為に整えた書庫で立ちながら本を読み耽っていたりする姿を見てきた。
ジェレミーよりも遥かに小さな姫の中身は空っぽではない。多くの知識を蓄えてきた上で、何をどう活用すべきかを考える策士の系統だ。第一皇女があまりにも聡明すぎる為に隠れているが、それで良かったのだろう。
皇女達はそれぞれに才能を有しているが、だからと言って皇太子より前に出ることは無い。
ジェレミーが見る限り、皇太子は皇女達ほど際立った才能はないし、ややロマンチストな所もあるけれど、人を使うのに長けていると思う。
ジェレミーは万が一の為に王子教育を受けてきた。そこで感じたのは、王は自らが動く必要が無いということだ。
独裁を望むのであれば別だが、優秀な人材を統率し、適切に役割を与えて責任を負う。そこに必要なのは、支えたいと思われるような人望だ。
現在の王家はどうか。
少なくとも次代を担うはずのグランヴィルは相応しくない。
歳が同じということもあり、ジェレミーはグランヴィルに敵視されていた。ジェレミーには友人がそれなりにいる。下心や打算もあるだろうが、それでも親しいと言える友もいる。
グランヴィルの周りにいるのは彼を煽てて注意もせずに増長させる者ばかり。
王太后イゾルデが溺愛している王子は、不祥事も全てイゾルデが揉み消してきた。対外的に問題が無いと思わせたいのだろうが、被害者の数は数え切れないほどいる。
それが、不貞の果ての王家の血を持たない者だと言うのならば。
「父上はまだお若い。冠は良く似合うでしょうね」
「ジェレミー様もいずれ似合うようになります」
ジェレミーはどこか遠くの世界のことのように感じていた。
しかし、現実なのだ。
風が低木の葉を揺らす。
正面に座る婚約者は、可愛らしく微笑んでいる。
玉座に座れるのは、王家の血を継ぐ者だけ。
現在の国王が既にそうではないのだから、正しく戻さなければならない。
ダーレン大公ヴォルグがその座につけば、必然とジェレミーは王太子となる。
貴族の反対はあるだろうか。
いや、それは無い。
何故ならば、ジェレミーの婚約者が宗主国たるアンザス帝国の皇女だからだ。
「きっと忙しくなって本を読む時間も減るでしょうね」
「大丈夫です。忙しいのは初めだけです。きちんとあるべき場所にあるべき人を配置する。我が国より優秀な政務官を一時的に派遣して体制を整えれば良いのです」
多くの役職の刷新が行われるだろう。
国も混乱するのは間違いない。それでも、変えなければならないのだ。
ルピナスはジェレミーが覚悟を決めた表情を浮かべたことに安堵した。ヴォルグはある程度覚悟していただろうが、ジェレミーにはまだ大したことは話をしていなかったのだろう。
ジェレミーは未来の王になる。その赤茶色の髪の毛の上に王が被ってきた冠を載せる日が来る。
スペアとして育てられたジェレミーは現在の王子よりも遥かに出来が良いものの、決してその座に就く事はないと思って生きてきた。
だが、それは変わる。変えなければならない。
「ジェレミー様。私、王都に行きたいのです」
「王都ですか?」
「はい」
「それは、何故と聞いても?」
「とても失礼な招待状を頂きました。私に登城を促す。私を、です」
「そういえば、そうでしたね」
「ですから。他の方のお茶会に参加しようかと。ジェレミー様の婚約者として、私もこの国の令嬢達と懇意にしておくべきですしね」
帝国では何度か義姉の開くお茶会に参加したが、ルピナスが積極的に参加するものは無かった。
ジェレミーの為にもルピナスは面倒臭がりを封じて動く事にした。
頭の良い者ならばルピナスがジェレミーのそばにいる意味を理解するはずだ。誰につくべきなのかも。
「ジェレミー様のお友達の関わりから私を招いてくださる方をご紹介していただけませんか?」
「わかりました。それならば、俺が一番仲の良いと思っている友人に妹がいるので話をしてみます」
「お願いします。日付は、叶うならば、ね?」
「分かってますよ」
苦笑するジェレミーにルピナスは意識して可愛さを全面に出した笑みを浮かべる。近寄らず遠くから監視しているものにも分かるだろう、ルピナスの笑顔。
生きた人形と呼ばれる皇女がくるくると表情を変えるのはただ一人のためだけ。
「楽しみです」
自分が送ったお茶会の招待状は断られ、その日にぶつけられたお茶会にルピナスが参加したとしたら、きっとプライドだけは高い王太后はさぞや怒り狂うだろう。
「ニアお姉様が監修したドレスやミアお姉様が手に入れた貴重なダンジョンの鉱石をお土産にします。ふふ。この国ではまだ手をつけられてないですよね?ミアお姉様が価値あるものとして私にくれたのです。折角だから使わなければ」
カルミアはルピナスが他国に嫁ぐ事を心配していた。だからこそ、貴重な鉱石を譲り渡してきた。
磨きあげれば輝く不思議な色合いとなる鉱石を皇女から与えられ、誰よりも早く手に入れられた令嬢達は、ルピナスの力になるだろう。
「ジェレミー様、一緒に王都に行ってくださいますか?」
「もちろん」
「王都でデートがしたいです」
「で、デートですか!?」
「はい。帝都では無理ですけれど、王都ならまだ魔道具を使って誤魔化せば分からないと思うのです」
折角なのでしてみたいことをおねだりする。ジェレミーは、護衛だけは、付けますからね、と言いながらも頷いた。
忘れているようだが、神の加護を持つ皇女は害されることが無い。ジェレミーの方が余程危険なのだが、まあそれは言わないでも良いだろう。
はやく面倒事を終わらせて心穏やかな結婚式の日を迎えたいです。とルピナスが考えていることにも気付かず、ジェレミーは顔を真っ赤にしていた。




