57 「生きた人形と呼ばれる皇女」④
王侯貴族はその血を何よりも大事にする。
特に王族は初代の血を引き継ぐからこそ国の王として臣下たる民に認められるのだ。
民は王に従うのではなく、王の体に流れる血に頭を垂れる。もしもその体に王家の血が流れていないならば。
「そもそもイゾルデは勘違いしています。王家に嫁いだからと言って、イゾルデは王の血をその身に流さない女。王族の血を繋げる為の腹でしかない」
例えばルピナスであれば、千年を超える帝国皇族の血を持つが故にどこの国に嫁いだとしても価値がある。その血が帝国皇族のものであり、その血が保証となって帝国は子孫に手を差し伸べることが出来る。
ジェレミーには王家の血が流れている。ダーレン大公の両親がドラスニト前国王と側室だが、その側室が前国王の父方の従妹だからだ。
だが、その従妹は妾腹の子であった為にダーレン大公は王太子にはなれなかった。ただ、間違いなく王家の血は流れている。
それに対してイゾルデはただの貴族の娘でしかなく、王家の血が流れていたとしても他の貴族と変わらないものである。
イゾルデ自身には何の価値もない。しかし、王妃という立場を得た事で勘違いした。
「しかし、どのように証明をすれば」
「お願いすればいいのです」
「お願い?」
「はい。一番近い神殿に行きたいです」
帝国では神が近しい存在となり、多くの信仰者が神に祈りを捧げている。ルピナス達皇族も皇帝、トレニア、カルミアの話を聞いてから皇城内にある神殿で定期的に創世神に祈りを捧げてきた。
ゾルダ王国にいる偉大なる魔法使い、リーチェデルヒとサーヤはその創世神と友であるといい、アンザス帝国の三代目皇帝も友だったという。
その友情から加護を頂いていた事は秘密にしている。公にすればいらぬ騒動となるからだ。
目覚めた偉大なる魔法使いのおかげでトレニアの結婚式の日は創世神と神の御使いによる祝福があったと広く知られているが、皇女達にもささやかな恩恵が与えられていた。
神の御使いに必要あれば話しかけても良い、というものである。
それは公にはしていないけれど。
「ニアお姉様によると、魔法学園で親子鑑定が出来る魔導具の作成を学園生がしているとの事ですが、まだ完成していないそうです」
「それは便利ですね。貴族の後継者問題において血筋は欠かせないものです」
いち早く反応したのはログナス=ジュヴェロである。彼は安定している帝国でも貴族内では水面下で大小様々な問題が起きていることを後継者の立場で知っている。
親に似ない色を持って生まれた子供が不義の子とされる事は多々ある。親の血を遡ればその色を持つ者がいる事もあるのだが、それに思い至らずに捨てられた挙句、己の子ではない子供を当主にし、後にそれが露呈したなんて話もある。
現段階ではまだ完成に至っていないそうだが、何かしら支援が出来ないものかとログナスは考えていた。
それはさておき、ルピナスが神殿に行きたいと望んだ理由を知らないが、ダーレン大公ヴォルグは領都内に神殿があることを告げる。
「今日は準備にあたり、明日向かいます。神殿に先触れをお願いします」
ルピナスはこの場にいる中で最も年若いが、彼女より身分が上の者はいない。大人しい第四皇女として帝国で振舞っていても、彼女は命じる者である。
とは言え、未来の義父には頼むという形を取ることで彼を立てるということは出来る。
ルピナスが潰したいのはただ一人。
ドラスニト王国の害虫、王太后イゾルデ。
真実、王の血を引かぬ子供を王にしたのならば、処刑だけには留まらないときっと分かっていない強欲の塊を、ルピナスは排除したい。
翌日、ルピナスの馬車で大公領の神殿に向かうと神官長が待機していた。
敬虔なる神の信徒は創世神の加護を持つ帝国皇族を尊い存在として見ている。しかも、今代に至っては、皇女が神の祝福を受けているのだ。
その妹であるルピナスを見て神官長は涙を流さんばかりであった。
「ようこそお越しくださいました」
「無理を言いました。祈りの時間のひと時を私の為に使わせて欲しいなどと」
「構いません。もし叶うならば、我々も祈らせていただきたいのですが」
「ええ。是非」
朝から日が落ちる頃まで神殿の祈りの間は自由に出入りが出来る。しかし、ルピナスは少しの間だけ貸し切りたいと願ったのだ。
本来ならばそんな無茶は許されないのだが、神官長に宛てた手紙にある一文を記載した事で叶った。
神の御使いの降臨を願う。
それ故に、神官長は認めたし同席を願った。
ルピナスが同行者として連れて来たのは婚約者のジェレミー、ダーレン大公ヴォルグ、ログナスと護衛騎士のトリシャである。
彼らならば問題無いとルピナスが判断した。
神官長と数名の神官の案内で向かった祈りの間は、普段であれば平民達が座って祈れるようにベンチが並んでいる。
顔を隠した創世神の像はどこの神殿でも変わらない。作り手の違いはあれど、格好は統一されている。
祈りの間の扉が閉ざされ、神官が控える中、ルピナス以外はベンチに座り、ルピナスだけが創世神像の前に跪く。
白を基調とした首まで詰まったドレスに、極めて白に近い銀の糸で施された刺繍は創世神話の一節、夜の月と荒れ狂う海が鎮まりゆく場面である。
幅広のサッシュで絞られたワンピースの形をしたドレスは皇女が神殿参りする時の正装で、ルピナスも着ていた。
普段は可愛らしいドレスばかりになっているけれど、ルピナスは今着ているドレスの方が楽だと感じていた。
手を組み頭を下げてルピナスは祈る。
「創世神の御使い、水の庇護者ヴェシ様。矮小なる人の子の声をどうぞお聞き届け下さい」
ルピナスの祈りの言葉から少しして、その場にいた者たちは見た。
触れることの出来ない水が溢れ出し、波となり床へと広がる光景を。




