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40.思いがけない事実

 時間を遡り、オルフェとフェリシアはジェイド・ホーソン子爵と会った後で、いつものように伯爵邸の居間でお茶を飲んだ。


「お客が来ているのにいいのかな?僕たちは約束もなしに来たのに」

 オルフェは遠慮したがラエルは言った。


「大丈夫よ。ジェイド伯父さまは家族のようなものだから。領地のアレンフィールドとドルトンへの往復の合間にしょっちゅう寄られるし。エリザベス伯母さまやダニエルよりもいらっしゃるのよ」

 まさかスーザンに会う目的もあったとは思わなかったけどと、ラエルは心の中で思った。


「華やかなご容姿だけど意外と庶民派なのよ。ご本人によると、ご幼少の頃は領地の子どもたちと一緒に野原を駆けまわって遊んでいたそうよ。子どもたちによる牛の乳搾り競争では優勝したとか」


 オルフェとフェリシアはバラを背負った貴公子が、汗を拭いながらにこやかに牛の乳搾りをする姿を想像した。


「ねえ、後でーソン子爵からラエルに届いたお花、見に行っていいかしら?」

 フェリシアが言った。


 ラエルがメイドに聞くと、もう花は部屋に飾り終わったそうだった。

「お茶も飲み終わったし、私の部屋に行く?」


「うん!」

 フェリシアは嬉しそうに立ち上がると部屋の外へと出ていった。


 ラエルが松葉杖で立ち上がるのをオルフェが手伝い、ラエルがドアへ向かいかけて、テーブルにオルフェが手帳を置き忘れているのに気付いた。

「オルフェ…」

 言いかけると耳元でオルフェが「後で取りに来るからそのままで」と小さな声で言った。

 ラエルはそっと頷いた。何か2人で話したいことがあるのだろう。


 ピンクのバラを部屋中に飾ったラエルの部屋は圧巻だった。


「まるで童話のお姫さまの部屋のようね」

 フェリシアは感激した。


 お転婆なフェリスでもこんなに花に感動するのか。オルフェは部屋中の花を見ながら、ラエルの言葉を思い出した。


「ピンクのお花もすばらしいけど、私、フェリシアとオルフェが持ってきてくれた蝶々が一番嬉しかったわ」


 それでもいつかこんな風にたくさんの花を贈れたらな。思いつきもしなかったことがまた悔しかった。


 フェリシアとオルフェが帰ろうとすると、伯爵家が馬車を出してくれた。

 フェリシアが先に乗ると、オルフェは言った。

「ごめん。先に行っていて。居間に忘れ物をしたから取りに行ってくる」

「待ってるわよ」

「いいから!」


 フェリシアが見ていると、玄関にラエルが来てオルフェと話すのが見えた。頷きあいながら2人は中へと入っていった。


 「馬車を出しますか?」と御者が言ったが、フェリシアは首を振り「待ってるわ」と言った。


 居間に2人で入るとオルフェはわざと置いた手帳を手に取ると言った。

「5分だけ。5分だけ話していいかな?」

 ラエルは頷いた。


「改めてフェリスのこと、約束を守れなくてごめんね。約束を本当に守りたかったんだ」


 オルフェが吹いたコマドリの鳴き声の口笛、たくさんの蝶の蛹、もうとっくに悲しみは忘れていた。そして伯母のメアリー・オクタヴィアが言っていたことを思い出した。


「あの日の夜、私に会いに来てくれたんですって?開かずの間の幽霊さんが言っていたわ」


 幽霊の正体については、お茶の時に2人に話していた。


「うん…」

 オルフェもピアノの音につられてミス・ゴドウィンの部屋に行ってしまったことを話した。


「まあ!ミス・ゴドウィンも災難だったわね」

 ラエルは楽しそうに笑った。


「もう少し歩けるようになったら教会にも行くし、私の方からデッドロック館にあなたとフェリシアに会いに行くわ」


 それはとても嬉しいっことだったが、オルフェは顔を曇らせた。

「デッドロック館にもうすぐヒューが戻ってくるんだ。少し延びたけど本当にもうすぐ。奥さんが亡くなったからずっと酒浸りで荒れているそうだから、あいつが来たら君はデッドロック館に来ない方がいい」


「でもあなたもフェリシアもいるし。子爵も今はずっといらっしゃるのでしょう?」


「お父さまはずっと具合が悪いんだ」


 時が少しずつ近づいてきた。

 アーネスト・マンスフィールド子爵は亡くなり、ヒューが跡を継ぐ。そしてオルフェは下男に落とされ、デッドロック館から出されて馬小屋で寝起きするようになる。


「まだフェリスにも話していないんだけど…」

 オルフェは真剣な表情で言葉を続けた。


「お父さまに頼んで、僕は士官学校に行こうと思ってる。卒業までのお金を先に出してもらって、卒業後に返すようにする。デッドロック館にはしばらく戻ってこない。ヒューも僕の顔を見なければ、それ以上手出しはしないだろうし」


 そんな話は初めて聞いた。

「もう少ししたらあなたに会えなくなるの?」


 悲しいが確かにそれが一番いい方法なのかもしれない。


「ごめん。もう5分すぎてるよね」

 そう言うとオルフェは少し屈むと、ラエルの唇にキスをした。


「待っていて。4年。せめて3年」



 *  *  *  *  *  *  *



 夕食後、オルフェはマンスフィールド子爵の書斎に行き、士官学校に行きたいと伝えた。


「士官学校?おまえが?なぜ?」

 予想はしていたが、子爵はかなり戸惑っていた。


「もうすぐヒューが戻ってきますし」

「おまえが気にすることはないよ」

「それだけではなくて、自分の将来を考えてのことなんです。立派な軍人になって、学校にかかったお金は全てお返ししますし、僕を育ててくださったお父さまに恩返しをしたいです」

「恩返し?そんなことはしなくていい。ルイ、おまえは勘違いをしているんだ…」


 その時だった。書斎のドアが唐突に開いた。


「反対!」

 飛び込んできたのはフェリシアだった。


「オルフェがこの家を出ていくなんて絶対反対!」

 そう言いながら、父の机の前に立っていたオルフェの横に来た。


 どうやらフェリシアはドアに耳をくっつけて話を聞いていたらしい。

 オルフェは苦笑した。

 最近はすっかり上品なレディらしくなってきたのに、こういう時は小さな子どもの頃と変わらない。


「ずっとじゃない。休暇の時とか時々帰ってくるよ。このままだと子爵令嬢のフェリスともいずれ友だちでいられなくなる」


「友だちって?あたしたち、友だちなんかじゃないわ!」

 フェリシアは叫んだ。


 いつもフェリシアは自分を大切な家族としてみてくれていたし、誰かに紹介する時もそう言ってくれた。

 けれどフェリシアが来てしまったので、今日は自分の将来の話は保留になるかなとオルフェは思った。父の体調が悪いので、あまり長引かせたくなかった。


「そもそもオルフェ、あなたの苗字はどうするのよ。学校に入るなら必要でしょ」


「ああ…」

 それについてはもう考えていた。


「ダリューだよ。母がマダム・ダリューと呼ばれていたから。たぶんルイ・オルフェ・ダリューだ」

 その母のことは、今は黒髪で美しく優しい人だったとだけと、おぼろげにしか覚えていない。


「ルイ・オルフェ・ダリュー…」

 フェリシアは口の中で繰り返した。


「とてもすてきな名前だわ」


「違う」

 マンスフィールド子爵の声が響いた。


「違うんだ。ルイ。お前の母親が呼ばれていたのはマダム・ド・ダリュー。名前はディアーヌ。ルマーニュ国の貴族、いや王族だ」


「え?」

 オルフェは驚いたように子爵を見た。母の話を聞くのは初めてだった。名前を知ったのも。

 それに貴族?王族だって?

 ヒューにさんざんお前の母親は娼婦だと言われ歯向かってはいたものの、確信はなかった。そうではなかったことが嬉しかった。

 ただルマーニュ国は2度革命が起こり、現在は共和国だった。王侯貴族は完全に財産や土地を失ったわけではなかったが。


「そしておまえはダリューじゃない。マンスフィールドだよ」

「え?マンスフィールドですか?もしかして僕を養子に?」


 その時、オルフェの手をぎゅっとフェリシアが握ってきた。

 フェリシアは頭の中で話を整理する。オルフェがお父さまの養子になったらあたしたちは兄妹になるの?

 胸がばくばくしてきた。


 オルフェはちらっとフェリシアの方を見ると、大丈夫だよとぎゅっと手を握り返してくれた。

 そのまま二人は手をつないでいた。


「養子というならお前は2歳の時からマンスフィールド家の養子になっていた」

「そんな昔から?知らなかった」


 子爵はフェリシアの方を見た。

「フェリシア、席をはずしなさい。今はルイとだけ話をしたい」


 フェリシアはオルフェの手を握ったまま首を振る。

「いや。絶対に出ていかないわ」


 オルフェの方もフェリシアが握った手を離さなかった。

 子爵は溜息をついた。


「今は正式な息子だよ」


 そしてフェリシアの方を一瞬見ると、オルフェをまっすぐに見て言葉を続けた。

「8年前にディアーヌと正式に結婚した」


「8年前って…」

 フェリシアが驚いたように言った。


「お母さまが亡くなってすぐに?」


 子爵は頷いた。

「すまない。フェリシア。お前にもヒューにも」


「じゃあ、僕は母の連れ子で…」


「そうじゃない。お前は私とディアーヌの子どもだ。私はおまえの本当の父親なんだ」


「お父さまが僕の本当の父親…?」


 子爵は頷いた。

「ディアーヌと結婚したのに、彼女もおまえもデッドロック館に呼べなかったのは訳があってね…」


 オルフェはその時、握っていたフェリシアの手が激しく震えているのに気付いた。


「フェリス?」


 フェリシアの息がとても苦しそうだ。まさか過呼吸か?


「フェリス、大丈夫か?」

 慌ててフェリシアの方に顔を近づけた。


 フェリシアがオルフェをまっすぐに見つめた。

 7年前、父が連れてきた、顔も旅行服も泥だらけで汚れながらも、黒い瞳が美しかった幼い少年。一目で気に入った。


 そしてオルフェのことがずっと好きだった。


 フェリシアは父の元に駆け寄り、父の肩を揺すった。

「嘘つき!お父さまの嘘つき!」


「フェリス、よすんだ!」

 オルフェが叫んだ。


「オルフェは絶対にあたしのお兄さまなんかじゃない!オルフェはあたしともヒューとも、お父さまとだって全然似てないもの!」


「フェリシア…」

 子爵は悲しそうに娘の名を呼んだ。


「嫌!絶対嫌!違う!違う!絶対に違うの!」

 フェリシアは耳を覆ってしゃがみ込み、激しく泣き始めた。


「フェリス!」

 オルフェが駆け寄ってしゃがむと、フェリシアの肩にそっと手をかけた。


 フェリシアはオルフェの胸にすがりつくと、泣きじゃくった。

「あたしたち、絶対に兄妹なんかじゃない!」


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