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その後3

 石動の咎めるような視線に神崎は思わず喉を鳴らす。

 対して、天城と高杉はいつもと変わった様子は無く飄々としている。高杉は石動には話しても良いと思っていたが、せめて3人で相談した後誰に話をするか慎重に決めようと考えている。


「どうした?話を聞かせてもらおうと言ったぞ?なぜ誰も答えない?」


 その視線が少し鋭さを増す。どうするべきかと、神崎と高杉が思案していると、


「俺は良いと思うぜ?奏さんは信用してるし。」


 天城が率先して口を開く。天城からしてみれば、命の恩人である石動を信用は出来るのだろう。


「・・・石動先生、もしくは学園長と呼びなさい、天城。」

「別に良いじゃん。誰も聞き耳立ててないだろ?俺と奏さんが知り合いなのはノブも神崎も知ってるし。」


 石動は思わず溜息を吐く。確かに今この場に聞き耳を立てているものはいない。知り合いなことを天城以外の2人が知っているなら隠し立てするつもりも特にない。

 だが、少なくとも学園長としての立場があることを理解はしてもらいたかった。

 特定の生徒に肩入れしている、等と噂を立てられれば、これから先の立場が危うくなってくる。現状学園の長になっただけで何もなしえていないと考える石動にはそれを容認は出来ない。


「まぁ今は天城の事は良い。それより話してくれないか?今回の一件はいろいろとおかしな部分が多すぎる。対策を打つためにも、少しでも情報が欲しいところなんだ。」


 気持ちを切り替え再び問いただす。天城は眼を閉じ、神崎は天城に視線をやり、高杉は天井を見上げる。

 今回の事は不用意に広めて良い情報ではない。というのが3人の共通意見として存在しているが、どこまでその情報を開示すべきか、誰にするか等の細かな部分までは決めていない。

 今の今まで天城は眠っており、話すことなどできなかった。神崎はそれに思考を割く余裕などなく、高杉は2人に代わり報告をしており、自由な時間は少なかった。

 それぞれがどうすべきか決めかねていると、天城は眼を開く。


「俺は、さっきも言った通り話しても良いと思う。個人的に信頼してるからな。」


 それは、話すことに賛成に一票を投じることになる。それに対し神崎は碌な答えは出てこない。

 学園長として石動を知っているが、個人的に石動を知っている訳ではない。それが彼女に言葉を紡がせないでいる。


「俺も賛成かな。どのみち誰かに話さなきゃいけないのなら、わざわざトップの人が来てくれていることは俺たちにとって都合が良い。俺は元々そのつもりでここまで来てもらったわけだし。」


 高杉も賛成し、まだ言葉を発していない神崎に視線が集まる。少し肩身が狭まった気がし、その視線に負けるように声を出す。


「・・・2人が賛成なら、私も」

「それはだめだ。」「駄目だよ。」


 しかしそれは、天城と高杉によって遮られる。その様子を見ていた石動は笑みを浮かべる。神崎は一度口を閉じ、少しばかり口を尖らせる


「・・・なんで?2対1なんだし話す事は決まってるよね?」

「まだ決まってない。お前の意見を聞いてないからな。」


 高杉も同意見なのか首を2回縦に動かす。まだ決まってないとは言うが神崎は2人が良ければ誰に話しても構わないと思っている。

 今回の一番の功労者は天城、二番目が後始末をしてくれた高杉。神崎は狼狽えてばかりで大したことはしていない。

 天城に胸を張れと言われ、気持ちは幾分か落ち着いている。だからこそ、純粋に2人さえ良ければ良いというのが神崎の意見だったのだが、それを許してはくれなかった。


「3人で頑張ったんじゃねえか。今更一人仲間外れはねぇだろ。というかどうせなら一緒に怒られろ。」

「ん?あれ?あー・・・。学園長俺実は巻き込まれただけなんです。全部天城が悪いんです。」

「ノブっ!?ここで裏切んのかてめぇ!!」

「よくよく考えたら俺今回何もしてないしな~。反省文なんて書きたくないし。」


 神崎が黙り込んでいる間、2人は勝手に会話を始める。


「残念ながら、高杉は反省文を書くなら一番量が多いな。」

「嘘!?なんで!?」

「何でも何も。話を聞けば、君からの報告を受けて場所へ向かえば誰もいなかったらしいな?しかも話すたびにその場所が変わっていたそうじゃないか。緊急事態で虚偽報告の罪は重いぞ?」

「・・・っち。」

「私に向かって舌打ちをしたか?」


 石動がうんざりした顔で言うが、高杉は視線を逸らし口笛を吹き始める。

 それを聞いて神崎は余計に肩身が狭くなる。天城も神崎も知らないことだったが、高杉は今回の事を明るみに出さないために出会う人出会う人に嘘を付いていた。間違っても天城の場所へ行かないよう、かなり離れた距離で凶鬼(オーガ)を見たと言ったり、声が聞こえたと言ったり。

 その度にその情報を元に動いている者は何もいない場所へ行って、いるはずのない脅威に神経をすり減らしていた。

 ばれなきゃラッキーぐらいでいたが、ここまで筒抜けならむしろ開き直った方が気持ちが楽と判断したのか、高杉は頭の後ろで手を組んで、へらへらと笑う。


「んで、お前は?」


 それを眺めていた神崎だったが、天城に問いかけられ意識を自分に戻す。

 それでもまだ、答えは出ていない。いや、正確には出ているのだがそれを言うのは憚られるのだ。


「別に賛成でも反対でもどっちでもいいんだよ。お前の意見が全部じゃないし、俺じゃ見えない部分がお前には見えてるかもしれないだろ?不安を無くすために話し合おうぜ?」

「なんだったら2人きりのほうが良い?」


 軽口をたたく高杉を睨みつけながら、神崎は思考する。

 天城は不安を無くすために話し合おうと言っているし、自分の意見が全てではないとも言っている。それに今更、2人に気を使う事は無い。

 散々言い合った。情けない部分も見られた。自分より強い存在だってことはもうわかっている。

 この2人が、自分の言葉をすげなく断る未来が見えず、自身の意見が求められているなら、神崎は今の気持ちを素直に吐き出すしかない。


「・・・私は、反対。2人程学園長を知らないからって言うのもあるけど・・・。」

「・・・。」

「単純に信用しきれない。」


 神崎はまっすぐに石動の目を見つめ断言する。それを怒る訳でもなく、困ったような顔で聞き届けた石動は腕を組み考え込んでいる。


「一応聞くけどなんで信用しきれないんだ?」


 天城は念のために問いかける。神崎も天城が「一応」と前置きをしていると言う事は、自分の考えを理解した上で問いかけてきてくれている。そうでなくとも自分の考えを聞いてくれると信じる。視線を天城たちの方に向け自分の考えを口にする。


「・・・緊急事態に対する備えが、甘すぎると思う。天城君がいなかったら被害はもっと酷くなってたと思うの。学園、というよりこの街を守るって考えからすると、さすがに初動が遅すぎるわ。それに・・・」


 そこまで一息に言うと神崎は口を噤み、言おうか言うまいか悩む。ただ、いつもならこういう時に茶々を入れてくる2人が黙っているところを見ると、自分に先を促しているように思える。

 何より石動本人がそれを止めようとする気配が無かったため神崎は悩みを振り払う。


「天城君の事があったのに、今回の事で動けなかったのなら、それは失敗を生かせなかったってことだと思うの。天城君から聞いた話が本当なら、学園長はまだ信用できる事を成し遂げていません。」


 最後は石動を見つめて言い切る。失礼なことを言っている自覚はある。自分がそんなことを言う資格が無いことも十分わかっている。それでも言わないわけにはいかなかった。もし本当に何もできなかったのなら、天城に言った言葉には何の説得力も無い。

 犠牲になった人が居るにも関わらず、それを仕方ないと捉えているなら、そんな人を信用したくはない。少なくとも人の為に命を懸けられた天城や、自分の不利益を顧みずに行動した高杉よりかは信用できなかった。

 2人が信用しているという理由から、それでもいいと思っていたが、自分の意見を正直に言うならばそれが全てだった。

 神崎が話を終えると病室は静まり返っており、誰も何も言わず俯いている。毅然と言い放ったが、正直なところ心臓が破裂しそうなくらいうるさく動いていた。


「(誰かなんか言ってよ!?や、やっぱり言い過ぎたかしら!?)」


 そんな事態に陥れば頭の中はパニックになる。意見を聞いてきてそれに対しての答えが返ってこないことがこれほど不安なこととは思ってもいなかったため、神崎も同じように俯き始める。


「確かにな。過程はどうあれまだ奏さんは結果を出していない。それどころか現状では何も変わってないって言っても良いな。そりゃ信用できん。」


 黙って聞いていた天城が神崎に助け舟を出してくる。しかしそれは泥船だった。反発する訳でもなく冷静に神崎の視点からの意見を受け止め、石動に追い打ちをかける。笑いながら。


「それで、そこんところはどうなのよ奏さん?」

「(うわーー!なんでここで学園長に話を振るのよ!?しかも笑いながら!怒られるに決まってるじゃない!!?)」


 神崎は思わず目を瞑り、石動の言葉を待つ。しかし返ってくる言葉は無く、また静けさが訪れただけだった。居心地の悪さを感じ神崎がうっすら目を開けると石動は怒ることも取り乱すこともなくゆっくりと口を開く。


「・・・そうだな。私だったらそんな人間信用できん。君の意見は尤もだな。」


 石動は自嘲的な笑みを顔に浮かべながら呟く。

 その予想外の反応に神崎は思わず戸惑うが、天城と高杉は苦笑いを浮かべている。


「え、えっと・・・。」

「謝る必要ねーぞ神崎。」

「でも、」

「大丈夫だって。俺たちだってこれくらいで怒るような人を信用してる訳じゃないよ。このままへこたれてるんなら、話は変わるけど。」


 天城も高杉も石動に対して淡泊な対応で、神崎は余計に戸惑っていく。


「その通りさ。謝る必要などない。それに私にここまで正直に言ってくるものはそういないからな。神崎君。」

「は、はいっ!!」


 姿勢を正し声が自然と大きく高くなる。天城が噴出し、高杉が笑いを堪えるが、流石に今そちらを睨みつけるわけにもいかない。


「正直に言ってくれてありがとう。そして、できることなら私にチャンスをくれないか?」

「はい!って、え?チャンス、ですか?」

「ああ。・・・君が私を信用できないのは分かった。だが、今回の情報が得られなければ対策も練られない。卑怯な言い方かもしれないが、私にもう一度君からの信用を得るためのチャンスをくれないか?この通りだ。」


 言葉通りに頭を下げてくる石動。それはとても学園長としての姿ではなかった。慌てて頭を上げるように言うが、それは聞き届けてもらえない。同時にどこか既視感を覚える姿だった。


「(そういえば、天城君もこんな風に頭を下げてきたわね・・・。)」


 恥も外聞もなく頭を下げてきた天城。普段なら絶対に頭を下げることなんてないだろう。天城の性格からすれば、如何に自分が悪くないかを丸め込むか、開き直って適当に言葉で謝罪の言葉を繰り返すだけだ。

 それでも頭を下げてきたのは、譲れない何かがあったから。そして、目の前の一人の女性も譲れないもののために、自分からの信用を得るためだけに頭を下げている。

 本来ならありえない事。だが、それだけ本気でいることがその姿から見て取れ、神崎は大きく呼吸する。


「わかりました。私に学園長が石動さんで良かったっていつか言わせてください。」

「・・・では?」

「私も何もできないままで終わりたくありません。少なくとも天城君より弱いままでいるのは嫌です。その為のチャンスを私は貰いました。なのに他の人に渡せないなら、私はある人達に永遠に笑われますから。」


 そう言って天城と高杉を交互に見やる神崎を、高杉は満足そうに、天城はにやにや笑いながら見ている。

 高杉はともかく、結局揶揄われるのなら言わなければ良かったと後悔しそうになるが、天城は笑うだけで、何も言ってこなかった。


「話は纏まったよ。奏さん、俺たちはあんたを信用して話すよ。それで良いよな?」

「俺は最初から賛成だよ。」

「私も、大丈夫。というより元々話すつもりじゃなかったの?」

「いや、神崎が信用できないならその限りでは無かったぞ。」

「なんで?」

「俺たちをお前の逃げ道になんてしてやりたくないから。対等なんだから全員で背負おうぜ。」

「・・・対等?」

「全員で仲良く反省文を書こうってことさ!」


 天城はそう言って笑うが、神崎もそれが誤魔化しということくらいはもうわかる。自分は2人から認められているという事実に少し嬉しく、少し照れ臭くて、正直なことを言えなくなる。


「・・・愚痴でも文句でも罵詈雑言でも聞くって言ってたわよね?」

「おう。そう言ったぞ。」

「そこに、反省文を代わりに書き上げるを追加しなさい。」

「やなこった。俺は約束は守るぜ。さぁ!どんとこい!!」

「ふざけないでよ?私反省文なんて書いたこと無いんだから。それを書かせる罰くらいは受けるべきよ。」

「書き方くらい教えてやるぜ?俺は反省することに関しちゃスペシャリストだからな。」

「身に付いていないなら意味は無いわね?」


 いつもよりかは大人しく、それでも言い合う2人に心底うんざりする高杉。どう放っとけば大声で言い合うことになるだろうが、態々止めるのも面倒くさい。

 しかし今回は止めざるを得なかった。


「眼力犯罪者と幸せ新妻。その辺でいいだろ?」

「犯罪者では!無い!!」「誰が新妻!?」

「うるさいな。話が纏まったんだから痴話喧嘩する前に話す事話せ。」


 そして石動に視線を向けると彼女は苦笑いを浮かべていた。先ほどまでの雰囲気はどこへ消えていったのか、それはだれにもわからなかった。








続きは明日。

誤字脱字は気を付けてますが、

あれば報告お願いします。

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