その後2
「見っとも無いところを見せたわね。」
泣くのをやめ鼻をすすりながら神崎は天城に話しかける。付き物が落ちたかのように先ほどまでとは違う顔を浮かべる神崎に、天城は返事をする。
「別に?お前がなくの見るの二度目だし。意外と泣き虫だよな?」
「・・・。」
途端に神崎の顔から血色が抜け落ちていく。
一度目は八つ当たりをしながら泣きわめき、二度目は感極まって泣いてしまった。それはまるで只の少女の様な泣きっぷりだ。強くあろうと願ったものとは正反対だった。
自己嫌悪に陥りそうになるが、天城はそれを察してか声を掛ける。
「別にいいじゃねえか。泣くくらい。世の中にゃ泣きたくても泣けないやつがいるんだぞ?それより林檎をもう一つくだせぇおねーさん。」
「うっさい。さっきから林檎もらう時だけなんでそんなに媚びた感じなのよ。」
そうは言いつつ林檎を指で挟み、天城の口に持っていく。この場には他の誰もいない。ならばこれ以上恥の書きようがないと思ったのか、先ほどよりは淀みない動きだ。目は逸らしているが。
天城がおいしそうに林檎を食べているのを見やり、神崎は口を開く。
「・・・ねぇ。」
「ん?なんだ?」
「・・・泣きたくても泣けないって、あなたの事?」
先ほどの言葉にどこか現実味を感じていた神崎は率直に聞き出した。
それに対し天城はなにか考えているようだった。神崎は聞いてはならない事かもしれないとは思いつつも、問わずにはいられなかった。
「他にも聞きたいことはあるの。」
「それ、全部俺の過去に関することだな?」
「・・・うん。」
「戦える理由。一度死んだ。決めたこと。二度目。いろいろあった。泣きたくても泣けない。まあそんだけありゃ気になるわな?」
手が動かせていたなら指折り数えていっただろう。それは全部神崎の聞きたいことだった。
「全部昔の出来事だからなぁ。話して面白いもんでもなし。それに、それは俺が話したくないかも、とかは考えなかった?」
「考えたわ・・・。でも、ごめんなさい。それでも聞きたいの。」
「その理由は?」
「あなたに並び立ちたいの。負けたくない。それに・・・。」
「それに?」
「・・・力になりたいの。」
それを聞いた天城は口を開け締まらない顔をしている。かと思えばすぐ眉間にしわを寄せて、難しい顔をする。
「・・・それ俺がいう言葉のはずだがなぁ。」
「馬鹿にしないで。あの時一番強かったのは誰かくらい私はわかってる。」
「それで、魔法も使えない魔力もない俺に力を貸したいって?それは同情からか?」
天城の目がスッと細められる。今までの目つきとは違う、こっちを確かめてくるような眼だ。
それに怯む訳にはいかない。神崎は自分の思いを恐れることなく打ち明ける。
「同情なんかじゃないわよ。魔法も魔力もなくても戦った天城君に敬意を払えないなら、私は今すぐ戦闘科なんて止めるわよ。人の為に戦うのが私たちの意義。それを体現したあなたに力を貸したいと思うのはおかしなこと?」
「それは俺の昔話を聞く理由にはならないな。」
「そうね。だから私はなんで戦えたのか知りたいの。そうすれば私も強くなれるかもしれないし、本当に力を貸してもいいか判断できるでしょ?」
「・・・その結果、俺を軽蔑するかも知れないけどな。」
「ならない。」
神崎は断言する。天城が自分を信じてくれたように、私も天城を信じようと。
何より、今更なことだった。馬鹿だし口も悪いかもしれない。それでも天城に譲れない何かがあることくらいはわかっている。力を貸してくれと頭を下げた時も、女の子を助けに行くと決断した時も、凶鬼に立ち向かった時も、天城は自分のためには一切動いていなかった。周りの人を助けるためにしか動かなかった人を軽蔑する理由が神崎には思いつかなかった。
「天城君の過去が今の天城君を作った。なら、どんな理由があろうと私はあなたを軽蔑したりなんてしない。」
だからこそ神崎は天城をまっすぐ見つめる。天城は不義理な男ではない。確たる根拠はなくともそう信じて。
すると、天城は観念したのか減らず口を止め、その視線を逸らす。
「あーもうわかったから。その尋問するような眼止めろ。」
「それじゃあ・・・。」
「別に良いよ。対して秘密にしてるわけでもないし。面白くない話だからしたくなかっただけだ。」
それが嘘だということくらいは神崎にも理解できる。
だが、あえてそれを口にせず天城が話しかけるのを待っている。そしてぽつぽつと独り言の様な天城の過去が語られていく―――。
―――話を聞き終えた神崎は何も言えなかった。
自分が守りたかったものは何一つ守れず、目の前で守りたい人の最後を見送り、助けを求めてもそれは聞き届けてもらえず、最後にはお前が悪いと責められる。
それはどんな気持ちだったのだろうか。神崎には想像することさえ許されない。
天城がその時何を思ったのか。それは天城自身にももうわからないことだった。たやすく触れてはいけない領分に触れてしまい、神崎に罪悪感が訪れる。
「ま、そんなとこだよ。面白くなかったろ?」
しかし天城は努めて明るくそう言い放つ。それが、天城なりの気の使い方なのだろうか、神崎は自分の中にある罪悪感に負けじと両手で頬を叩く。
天城は後悔も弱さも受け入れて前に進もうと足掻いている。負けないとさっき言ったばかりなのだ、気を使われてばかりではいけない。
「(私も受け入れて前に進まなきゃ・・・!一生天城君に追いつけない!)」
純粋な力なら神崎の方が上どころか、天城は足元にも及ばないだろう。それでも神崎は天城を遠い存在と感じている。それは結果が語っているからだ。
自分では挑むことすらできなかった凶鬼に挑み、あまつさえそれを倒した男。それも最初はたった一人の女の子の為だけに立ち向かった。
自分よりはるかに劣る天城は、自分なんかが今どれだけ足掻こうと届かない場所にいる。それが現状だった。
「いつか・・・。」
「お、おう。」
「いつかそこまで行くから・・・!待ってなさい・・・!」
「目が怖ーよ・・・。死神みたい・・・。」
神崎に天城の呟きは聞こえなかったのか、目を閉じて決心する。
自分の憧れた英雄とは似ても似つかないその背中に必ずたどり着くことを。自分が憧れた英雄に手を伸ばすのは、天城の横に立てた後だと。
そして目を開くと陰鬱な雰囲気を消し去った青い目が天城を捉える。
「話してくれてありがとう。後、遅れたけど助けてもらったことにもお礼を言うわ。」
「助けられたのは俺だけどな。こっちも礼を「駄目よ。」ん?」
「今回助けられたのは私。だから天城君はお礼を言わないで。」
「・・・。」
すると天城はにやりと笑う。この顔はよからぬことを企んでいる顔だ。
「そうだよなー。俺はお前を救ったもんなー。だったら俺がお礼を言う必要ないよなー。命の恩人だしなー。」
殊更棒読みで神崎を挑発しようとする天城。そしてそれは、神崎が言葉を挿むまで辞めるつもりは一切ない。
「そっかー。俺命の恩人なのかー。ならお前は俺に感謝しなきゃな―。ほれどうした言ってみろ?助けてくれてありがとうございます天城様一生忠誠を誓います。って。」
「・・・・・・んな。」
「おやー?聞こえないなー。命の恩人なんでしょー?そのくらい言えるよねー?」
「調子に乗んな!変態痴漢男!!!」
神崎の短い堪忍袋の緒が切れた。天城も流石に言い返してくることは織り込み済みだったが、変態や痴漢と呼ばれるのは予想外だった。
「なっ・・・!誰が変態で痴漢だ!命の恩人に対してなんて無礼な奴だ!!」
「うるさいっ!見直したのが馬鹿だったわよ!あんたは口も頭も悪い変態なのを忘れてたわ!!」
「謂れの無い罪を言うな!というか誰が変態だ!」
「あんた以外にだれがいるのよ!?私の下着見たくせに!!」
「あれはお前がこれ見よがしに見せつけてきたんだろうがこの痴女野郎!!」
「ちっちっち痴女!?言って良いことと悪いことがあるわよ!!その可哀そうな脳みそに教えてあげようかしら!?」
「やんのかっ!?」
「やる気っ!?」
「うるせぇ!てめーら!!静かにしてろ!!」
「「す、すいません!」」
突如乱入しうるさいと怒鳴ってきた人物に二人はそろって謝罪する。
お互い声が大きくなってたのは承知していたのだが、引くに引けなかったため声の主に素直に謝罪したのだ。
だが、その後その人物の顔を見上げてみれば天城はうんざりしたような顔をする。
「ってんだよノブかよ。謝って損した。」
「ナオト。お前の言いたいことは良くわかった。ところでこんなところにチューブのワサビがあるんだが、どうしようか?」
「・・・なぜ、そんなものを持っている?そして何を考えてる?」
「買い物の帰りだからな。俺の気持ちが伝わったようで何よりだ。」
「げ、外道が・・・!?ぐっ!ぐぎゃああああああああああああああああああ!!」
そして天城の鼻にそのチューブを差し込む。天城は悶絶するもそれを手で取ることは叶わず、のたうち回りたくともそれも出来ない地獄を味わう
その様子を見ていた神崎は冷や汗を垂らす。さすがに女性の私に同じことはしないと思うが、何かしらの制裁が加えられるならそれは生半可なものではない。
「神崎さん。」
「ごめんなさい!高杉君!」
高杉が振り返り神崎の名を呼ぶと、神崎はきれいなお辞儀をしながら謝った。
穏便に済ませるための一手を打ったはずなのだが、それで許されることはなかった。
「さすがに女の子にこんなことしないよ、それより聞きたいんだけど・・・。」
「な、なに・・・?」
「この林檎神崎さんが食べたわけじゃないよね?一口大に切ってるけど?」
「へっ?う、うん私は食べてないよ?」
予想外の言葉に声が詰まりそうになる。しかし、高杉は我が意を得たとばかりに微笑む。
「私は、ってことはナオトが食べたんだね?でもおかしいな。ナオトは今両手が使えない。体を起こしたりするのも辛いだろうから犬食いってわけでもないよね?」
「・・・!」
高杉が何を言おうとしているのか神崎は理解した。だがその時にはもう全てが遅かった。こうならないためには切っていた林檎全てを食うか食わせるかをしなければならなかったのだ。
「もしかして、神崎さんがあーんってさせてあげたのかな?良かったね?仲睦まじそうで何よりだよ。やっぱり神崎さんって」
「ああああああああああああああっっっ!!!!??
半狂乱に陥りながら高杉の口を手で塞ごうとする。あーんの下りでさえ耐えられそうもないのに、その上その言葉の続きを口に出されたら羞恥で死ねる自信がある。天城は今なお続く地獄にそんなこと聞いてる余裕などないのだが。
「うるさいって。静かにしなよ?」
「そ、それは高杉君が・・・。」
「へぇ。俺が悪いんだ?ナオトは意識が戻らないで、君もまともなことを喋れる精神状態じゃないからって、全部の後始末をやった俺が悪いんだ?上層部から圧力掛けられ続けても延々と今回の事隠し通したんだよ?すっっっっっごい疲れたんだけど俺が悪いんだ?どう思う?ナオトが目を覚ますまで取り乱し続けた誰かさん?」
「・・・私が、悪かったです。・・・だから、その辺で、許してください・・・。」
今回の事は基本隠し通す為に天城は戦った。それをよく理解している2人は、誰にも話すつもりはなかった。少なくとも天城が目を覚ますまでは。と、考えていたのは高杉だけで、神崎は天城の意識が戻らないことに酷く狼狽えており、簡単な質問も何もかもわかりませんで通したのだ。
その結果、まともな受け答えができる高杉にその全ての矛先が向いた。それが解放されたのは今日の朝。正確には解放された訳ではないが、見かねた一人が「これは尋問では無い。ならば無用に疲れさせる必要もないだろう」と言ってくれて高杉はやっと自由になった。
それをよく理解しているのは神崎のはずだったが、当の本人は目を覚ましたと高杉が伝えるとすぐさま飛んで行った。そして高杉が買い物をして、再び救護室に戻ると、なんとそこには喧しく言い合う元気な二人。それを見た瞬間高杉が切れた。それだけの話だ。
神崎が泣きそうになりながら謝罪してきたので、天城の鼻からチューブを抜いてやり、神崎を見て溜息を吐く。言外には「今回は許す。二度目は無い。」とその目は雄弁に語っていた。
「今回は許す。二度目は無い。」
「わざわざ言わなくてもわかるわよ・・・。」
「いや、言わなかったら言わなかったろって文句を言う奴も世の中にはいるからな。」
「そんな奴・・・。」
いるはずない。と言いかけた時、不意に高杉の視線の先を追ってみると、いまだ苦しんでいる様子の天城の姿があった。
「・・・いるのね。それもすごく近くに。」
「まぁこうして意趣返しもできるから楽な関係だがな。」
そうだろうか?意趣返しにしては動けない相手の鼻に突っ込むものが劇物すぎやしないかとも思ったが、それを口にする度胸は神崎にはなかった。
そして会話が終わったところを見計らったのか、部屋の外から声がかかってくる。
「おい、もういいか?二回ほど悲鳴が聞こえてきたが問題ないのか?」
「大丈夫ですよ。馬鹿が二人いたので粛清しただけです。ね?」
「・・・はい。」
先ほどまでの事は無かった。そう断言する高杉の笑顔に神崎は首を縦にすることしか出来ない。
天城は叫び声こそ収まったが、涙は眼に貯めたまま高杉を睨みつけようとするが、高杉にワサビチューブを向けられると視線を明後日の方向に向ける。
そして入るぞという短い言葉とともに入室してきた女性に神崎は居住まいを正す。
天城の過去の話から知り合いなのは知っていたが、まさかここに来るとは思ってもいなかったからだ。
「ふむ。全員いるな。では、話を聞かせてもらおうか?」
対代行騎士育成学園の最高権力者石動奏。その人物は3人が揃っているのを見るとそう話しかけた。
続きは明日。
誤字脱字は気を付けてますが、
あれば報告お願いします。




