第8話「ローブ・メイジ」
第8話
ご愛読いただきありがとうございます。
ゴブリン・チーフを倒したときの最後の一撃で、俺の短剣は根元から折れてしまった。
戦いの余韻がまだ身体に残っている。
腹の穴は再生薬で塞がったが、心の奥の震えはまだ消えていない。
大扉の対角―― そこに、もう一つの大扉がある。
きっと出口だろう。
そう思わせるほど、存在感があった。
その前に、宝箱が無造作に置かれていた。
(……罠か?)
そう思ったが、この世界で罠らしいものはまだ見ていない。
俺はゆっくりと立ち上がり、ふらつく足で宝箱へ向かった。
蓋に手をかける。
冷たい金属の感触が指先に伝わる。
ゆっくりと開けると―― 中には、重量のある鉄の短剣が入っていた。
(……助かった)
折れた短剣の代わりになる。
これで、まだ闘える。
その瞬間、緊張の糸が切れた。
体力は万全のはずなのに、俺はふらふらと地面に倒れ込んだ。
さっきまでの恐怖が、 いまになってまた膝にきている。
(……生きた……)
胸の奥からじわじわと喜びが湧き上がる。
死の寸前から戻ってきたという実感が、ようやく身体に追いついてきた。
しばらく地面に横たわり、呼吸を整えた。
そして、出口の大扉へ向かう。
手を触れた瞬間、冷たい石の感触が指先に伝わる。
押すと、扉はゆっくりと、重々しく開いた。
軋む音はない。
ただ、静かに、淡々と開いていく。
その先は“小さな空間”、 中学校の教室ほどの広さ。
そして、下へ降りる階段があった。
第11階層――
壁も天井も床も、すべてが薄い光を帯びている。
中学校の武道館ほどの広さの、見慣れた構造だった。
眩しくはない。 薄暗い。 だが、視界は十分に確保できる。
そして―― フロアの中央に立っているのは、 人型のモンスターだった。
赤いローブ。 杖。 そして、赤い皮膚。
(……もしかしたら、魔法を使うタイプかもな)
息子と遊んだ某RPGの記憶が、自然と脳裏に浮かぶ。
ただ、初めての敵だ。
どんな攻撃をしてくるのか、どれほどの身体能力があるのか、まずは探らなければならない。
俺は距離を取りながら、この赤いローブ姿のモンスターの動きを観察する。
モンスターは言葉を話しているわけではなさそうだが、「グギギ……」と濁った音を発しながら、手に持った杖で殴りかかってくる。
(……近接もしてくるのか)
杖の一撃は重い。
ゴブリンほどではないが、当たれば骨が折れるだろう。
そして―― ふいに杖を俺へ向けた。
次の瞬間、 火の玉が飛ぶ。
(……魔法!)
可能性を想像してなければ直撃していた。
ぞっとする。
俺は間一髪で火の玉を避ける。
モンスターは続けて二発、火の玉を放ってきた。
俺はそれをギリギリで避ける。
火の玉を放つとき、モンスターが何かを発音しているように聞こえた。
ただ、活舌が悪くて、この距離でははっきりとは聞き取れない。
(詠唱……?)
だが、いまは戦闘中。
余裕はほぼない。
・・・・・・・・・・
火の玉は、 間隔を置かずに連発されるようになった。
一発目を避けた瞬間、 二発目が視界の端に見える。
熱風が頬を焼く。
焦げた布の匂いが鼻を刺す。
三発目は足元をかすめ、靴の先が黒く焦げた。
(……熱い……!)
四発目は、避けた瞬間に背中の布を焼いた。
焦げた布が肌に貼り付き、じりじりと痛む。
五発目は、腕をかすめて皮膚を焼いた。
「っ……!」
声にならない声が漏れる。
火の玉は、ただ熱いだけではない。
飛んでくる瞬間、空気が歪むような圧がある。
避けるたびに、肺が焼けるように熱くなる。
呼吸が荒い。
視界が揺れる。
足がもつれそうになる。
(……辛い……でも、耐えるしかない)
火の玉の軌道は一定ではない。
高く、低く、左右に揺れながら飛んでくる。
俺は必死に身体を捻り、地面を滑るようにして避け続けた。
服のあちこちが焦げていく。
皮膚の火傷も増えていく。
(……限界が近い……)
・・・・・・・・・・
歯を食いしばり辛抱強く火の玉を避けていると―― モンスターは杖を構えているのに、 火の玉が出なくなった。
杖の先が、かすかに震えている。
(……MP切れか)
そういう俺も、体力はほぼ限界だ。
呼吸が荒い。 足が重い。 腕が震える。
だが―― ここしかない。
俺は最後の力を振り絞り、一気に距離を詰めた。
杖が、反射的に振り下ろされる。
俺はその軌道を読み、半歩だけ右へずらす。
杖が空を切る。
その瞬間―― 俺は鉄の短剣を逆手に持ち替え、ローブの隙間から覗く胸元へ突き入れた。
「ッ!」
短剣が肉を裂き、 骨に当たる感触が手に伝わる。
モンスターの身体が、びくりと跳ねた。
そのまま、地面へ吸収されるように消えていく。
ドロップアイテムは――生肉だった。
(……生……肉か。……このまま食べれるのか?……)
俺はこのローブを着た人型モンスターを、 ローブ・メイジ と呼ぶことにした。
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