第6話「ゴブリン・チーフ」
第6話
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第十階層の大扉に手を触れた瞬間、冷たい石の感触が指先に伝わった。
押すと、扉はゆっくりと、重々しく開いた。
軋む音はない。
ただ、静かに、淡々と開いていく。
中は――広かった。
これまでの階層とはまったく違う。
中学校の体育館ほどの広さがある。
天井は高く、壁はうっすらと光を帯びている。
薄暗いが、視界は十分に確保できる。
そして、その中央に――“それ”はいた。
ゴブリン・チーフ
ゴブリンより一回り――いや、二回り大きい。
身長は俺の肩ほどまでありそうだ。
筋肉は皮膚の下で不規則に大きく盛り上がり、まるで大岩を詰め込んだ袋のようだ。
(……この筋肉のつき方、普通じゃない)
皮膚は濃い緑。
黄色い縦長の瞳は、ゴブリンよりもさらに鋭い。
鼻は潰れ、呼吸のたびにヒューーーッと音を立てる。
口は裂け、獣のような歯がぎっしりと並んでいる。
右手には棍棒。
ただの木ではない。鉄片が埋め込まれている。
振り下ろされたら骨が砕けるだろう。
(……一撃でも食らったら終わりだ)
ゴブリン・チーフは、ゆっくりとこちらへ顔を向けた。
その動きだけで、空気が重くなる。
(……強い。今までのゴブリンとは別物だ)
俺は短剣を握り直した。
手のひらが汗ばむ。
ゴブリン・チーフは一歩踏み出した。 その足音は、洞窟の地面を震わせるほど重い。
ドン…… ドン……
(歩くだけでこの重さ……筋肉も動きに合わせて躍動している)
棍棒を肩に担ぎ、ゆっくりと、しかし確実に距離を詰めてくる。
俺は後退しながら、これまでの戦い方を思い出す。
距離を取る。 突きは一度だけ。 二連続はしない。 息が乱れたら攻撃しない。 相手が疲れるまで待つ。
(でも……こいつが“疲れる”未来が想像できない)
不安が胸を締めつける。
だが、逃げ場はない。 扉はもう閉じている。
ゴブリン・チーフが棍棒をゆっくりと持ち上げた。
その動きは重く、ゆっくりだ。
(来る……!)
しかし―― 振り下ろされなかった。
代わりに―― ゆっくりと、地面を“トン、トン”と叩いた。
一定のリズムで。 まるで合図のように。
(……何をしている?攻撃のフェイントか?いや、違う。もっと……意味がある動きだ)
ゴブリン・チーフは俺を見ている。
黄色い縦長の瞳が、まっすぐに俺を捉えている。
敵意はある。 殺意もある。
だが―― “すぐに襲いかかる”気配がない。
(普通のゴブリンなら、もう突っ込んできているはずだ。これは……待っている?)
ゴブリン・チーフは棍棒を肩に担ぎ直し、そのまま、ゆっくりと胸を張った。
(威嚇?いや……違う。何かを示しているような……)
そして―― 喉の奥から、低い声を発した。
「……グルゥ……」
ただの唸り声ではない。 言葉のような、意味のある音のような、そんな奇妙な響きだった。
(……言語?ゴブリンが?そんなはずは……でも、これはただの鳴き声じゃない)
ゴブリンは言葉を話さない。
少なくとも、息子の某RPGではそうだった。
そして、さっきまでの階層のゴブリンも、ただ唸るだけだった。
だが、目の前のゴブリン・チーフは違う。
ゴブリン・チーフは、棍棒の先で地面を軽く叩いた。
トン。
その瞬間、地面の光がわずかに揺れたように見えた。
いや、揺れたのではない。 “反応した”ように見えた。
(……地面が反応した?この空間とゴブリンは……繋がっている?)
ゴブリン・チーフは、俺の動きを待っているようだった。
攻撃してこない。 距離を詰めない。 ただ、じっと俺を見ている。
まるで―― 「準備はできたか?」 とでも言いたげに。
(……これは、ただのモンスターじゃない。役割を持っている。試している……?)
ただ強いだけではない。
ゴブリン・チーフは、ゆっくりと棍棒を構えた。
今度こそ、戦闘が始まる。
だが、俺の胸には、さっきまでとは違う種類の緊張があった。
(……この世界は、ゲームのような世界なのか? それとも――もっと別の何かか?)
ゴブリン・チーフが一歩踏み出した。
ドン。
地面が震えた。
俺は短剣を構え直し、深く息を吸った。
戦いが――始まる。
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