第2話「死に戻りの少年」
第2話
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――静寂。
俺は、淡く光る洞窟の中央に立っていた。
広さは中学校の武道館ほど。
壁も天井も床も、すべてが薄い光を帯びている。
眩しくはない。薄暗い。
しかし、目が慣れるにつれ、洞窟の輪郭がゆっくりと浮かび上がってきた。
既視感がある。
……俺は、さっきここで死んだはずだ。
ゴブリンに首を噛まれ、意識が途切れた。
その“直前の感覚”がまだ首筋に残っている気がする。
なのに――俺はまた、この場所に立っている。
戻ってきた……?
俺は自分の手のひらを見つめる。
手は二つ。指は五本ずつ。
手を返し、甲側を見る。爪がある。皮膚は若い。
その手で顔を触る。
目が二つ。鼻が一つ。鼻の穴が二つ。口が一つ。耳が二つ。
口の中には歯が並んでいる。
両手で体を確認する。
毛深くはない。筋肉はたいしたことはない。
華奢な体つきだ。
そして、下腹部に触れる。
――人間だ。
――さっきの男だ。
俺は足元の鉄の短剣を拾い上げる。
そして、後ろを振り返る。
そこには、ゴブリンがいた。
黄色い縦長の瞳が、こちらをじっと見ている。
まだ距離はある。
少しの時間的余裕はありそうだ。
なぜか……息子との時間を思い出す
◆
学校から帰ってきた息子に剣術の稽古をつけるのが日課だった。
そして、夕食後の一時間は、息子の要望で、息子が大好きな某RPGを俺がプレイする。
息子は、俺がそのRPGをプレイするのを見るのが好きだった。
ある日
「もっとレベル上げしないと、このボスは倒せないね。この後、僕がレベル上げしておいてあげるよ」
「そんな時間あるなら剣術の稽古して、自分自身のレベル上げしたほうが俺は嬉しいけどな。ゲームのキャラクタのレベルを上げたって、何かいいことあるのか。時間がもったいない」
「まったく父さんは、わかってないな。そういう話がしたいんじゃないんだよ」
息子は部屋へ戻っていく。
そして、部屋のドアが、バタン!と大きな音をたてて閉まる音が聞こえる。
(あっ、またやってしまった……)
俺はゲームをセーブし、ゲーム機本体の電源を切りながら思った。
また余計なこと言ってしまったな……明日は一緒に稽古してくれるだろうか。
◆
俺は今の現実に戻り、ゴブリンを見る。
……レベル上げ、か。
今の俺には、まさにそれが必要だ。
ゴブリンはまだ遠い。
俺は短剣を握り直し、自分の身体能力を“正確に”把握することにした。
俺はまず、軽くステップを踏む。
右足を前に出す――重い。
左足を引く――遅い。
腰の回転――弱い。
肩の可動――硬い。
握力――頼りない。
腕の振り――ブレる。
次に短剣を振る。
水平斬り――軌道が安定しない。
縦斬り――腕力が足りず、刃が止まる。
突き――一番マシだが、踏み込みが浅い。
……これはひどいな
達人の脳が要求する動きに、身体がまったくついてこない。
俺はゴブリンを見据え、脳内で倒し方を描く。
●最初のイメージ
まず、あいつが踏み込む。
右足が沈む瞬間に重心が前へ流れる。
そこを左へ躱す。
そのまま短剣を返し、首の付け根――頸椎の一番弱い部分を断ち切る。
(……無理だ。これは身体が追いつかないやつだ。また殺される)
●次のイメージ
ゴブリンが腕を振り上げる瞬間、 俺は右足を半歩だけ引き、攻撃の軌道を外す。
その直後、ゴブリンの腕の内側――筋肉が薄い部分へ短剣を滑り込ませ、痛みで腕の動きを止める。
その隙に背後へ回り込み、脇腹へ深い一撃を入れる。
(これも難しい。背後に回る速度が足りない)
●さらに次のイメージ
ゴブリンが近づく前に、まず“距離を取る”。
ゴブリンは直線的に突っ込んでくる。
その瞬間、俺は短剣を“突き”に限定して迎え撃つ。
急所ではなく、肩・胸・腹・太ももなど、 “動きを鈍らせる部位”を狙って何度も突く。
ゴブリンが弱ったところで、喉元へ最後の一撃を入れる。
(……これなら、この身体でもいける)
俺は静かに短剣を構えた。
ゴブリンが唸り声を上げ、突進してくる。
俺は後ろへ大きく下がる。
逃げるように見えるが、これは“距離を取るための戦術”だ。
短剣を突き出す。
刃がゴブリンの肩に刺さり、ゴブリンの表情が歪む。
(効いてる……!)
だが、息があがる。 肺が熱い。 足が重い。 腕が震える。
(このまま体力勝負になったら……負ける)
それでも、歯を食いしばり、必死に闘う。
ゴブリンが追ってくるたびに、俺は後退しながら“突き”を繰り返す。
肩、胸、腹、太もも―― 確実にダメージを蓄積させる。
息が荒い。 視界が揺れる。 足がもつれそうになる。
(倒れたら終わりだ……!)
だが――先にゴブリンの動きが鈍くなった。
最後に、ゴブリンがふらついた瞬間、俺は渾身の力で喉元へ突きを入れた。
ゴブリンは崩れ落ちた。
(……勝った……)
その瞬間、左腕に鋭い痛みが走った。
ゴブリンの爪が、俺の腕を切り裂いていた。
血が滲み、ヒリヒリと痛む。
俺は服の端を歯で噛み、右手で布を思い切り引っ張った。
ビリビリッ――と裂ける音が洞窟に響く。
細長い布ができた。
それを左腕に巻きつけ、 結び目の片方を歯で噛み、もう片方を右手で引っ張り、ギュッと縛る。
痛みが少し和らいだ。
(もっと安全な戦い方をしないと……そして、この身体を鍛えないと……いや、レベルアップか)
ゴブリンの死体は床へ吸収されるように消えた。
その場に、ひとつの物体が残った。
乾燥肉だった。
袋には入っていない。 そのまま、ぽつんと置かれている。
俺はそれを拾い上げる。
(……食べ物だ)
思わず、喜びがこみ上げた。
一口かじる。
硬い。 味は薄い。 獣臭い。
――まずい。
だが、同時に――うまい。
胃が、身体が、これを求めている。
生きている実感が湧く。
俺はもう一口かじった。
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