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死に戻りする少年は、弱すぎる身体でダンジョンを攻略する  作者: タ・ケル


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第1話「洞窟の少年」

第1話

お読みいただきありがとうございます。

――静寂。

その男は、淡く光る洞窟の中央に立っていた。  

広さは中学校の武道館ほど。

壁も天井も地面も、すべてが薄い光を帯びている。  

眩しくはない。

薄暗い。

しかし、目が慣れるにつれ、洞窟の輪郭がゆっくりと浮かび上がってきた。


男は、自分の手のひらをじっと見つめる。

手は二つ。指は五本ずつ。

手を返し、甲側を見る。爪がある。皮膚は若い。  


次に、その手で顔を触る。

はじめは慎重に、次第に確かめるように。

目が二つ。鼻が一つ。鼻の穴が二つ。口が一つ。耳が二つ。  

口の中には歯が並んでいる。


両手で体をゆっくりと触り、確認する。  

毛深くはない。筋肉はたいしたことはない。華奢な体つきだ。


そして、男はためらいなく下腹部に触れた。  

そこにある形状と感触が、決定的な事実を告げる。


――人間だ。  

――そして、男だ。


肌のハリツヤからして、年齢は十五歳前後――中学生くらいだろう。  

その瞬間、脳裏に中学生の息子の顔が浮かんだ。

(……俺は、死んだのか?)


着ているのは、白い布の服だった。

粗く織られた麻布のような質感で、白といっても少し灰茶が混じったような色をしている。

首元は紐で結ぶ作りで、胸元には小さな裂け目があり、どこか“決まった場面で使われる服”のような雰囲気があった。

袖は肘までの長さで、縁には細かなほつれが残っている。

ズボンも同じ布で仕立てられており、膝には丁寧にあて布が縫い付けられていた。

跪くことを前提に補強したようにも見える。

靴は革ではなく、硬めの布を何枚も重ねて縫った簡素なもの。

底は薄く、歩けば地面の凹凸をそのまま感じそうだ。

だが、どこか“普段使いではない”気配がある。


足元には、むき出しの鉄の短剣が無造作に置かれていた。  

男は短剣を拾い上げ、じっくりと観察する。

長さは、自分の前腕――肘から手首までとほぼ同じ。  

刃は鈍く、細かい刃こぼれが無数にある。  

グリップは布を巻いただけの簡素な作りで、汗を吸って黒ずんでいる。  

重さは軽い。

武器というより、農具の延長のようだ。

鞘はない。  

どう見ても良い品とは言えない。

頼りない。

でも、……剣だ。どれほど粗末でも、剣は剣だ。


そのとき。

背後から、湿った空気を押し分けるような気配が近づいてきた。

男は反射的に振り返る。

そこにいたのは――小柄なヒューマノイド。  

自分の腰ほどの高さしかない。  

痩せているのに、皮膚の下で筋肉が不規則に盛り上がり、まるで石を詰め込んだ袋のようだ。  皮膚は苔のような緑色で、湿り気を帯びて光を反射している。  

目は黄色く、猫のように縦に細い。

洞窟の光を受けてぎらついた。  

鼻は潰れたように低く、呼吸のたびにヒュッと音を立てる。  

口は大きく裂け、獣のような歯が不規則に並んでいる。  

耳は尖り、薄い皮膚の向こうに血管が透けて見える。  

指先の爪は黒く、鉤爪のように湾曲している。

武器は持っていない。  

だが、素手でも十分に危険だとわかる。

この風貌は――ゴブリン。  

息子に付き合ってプレイしていた某RPGに出てくるモンスターそのものだ。


俺に、この十五歳の男としての記憶はない。  

だが、剣術を極めた男としての“技”の記憶は脳にある。


十五歳の身体。  

剣術の達人の脳。

そのアンバランスな存在が、静かに短剣を構えた。


ゴブリンが一歩踏み出す。  

洞窟の光が、その牙を照らした。

――戦うしかない。


ゴブリンが攻撃に移る――その一瞬の間に、俺の脳は勝手に“倒し方”を描き始めていた。


まず、あいつが踏み込む。右足が沈む瞬間に重心が前へ流れる。

そこを左へ躱す。   

そのまま短剣を返し、首の付け根――頸椎の一番弱い部分を断ち切る


イメージは鮮明だった。  

長年の鍛錬で磨き上げた“戦いの型”が、自然と脳内で再生される。


ゴブリンが喉の奥で低く唸り、地面を蹴った。


来る――!


俺はイメージ通りに動こうとした。  

左へ躱し、短剣を返し、首を切り落とす。  

その一連の動作は、脳内では滑らかで、完璧で、寸分の狂いもなかった。

――だが。

身体は、その通りには動かなかった。

……遅い!?

脳が指示を出した瞬間、身体が“重い”。  

この男の筋力、この男の反射速度。  

達人の脳が要求する動きに、まったくついてこない。


ゴブリンの腕が振り下ろされる。  

俺はそれを躱そうとした――つもりだった。

だが、現実は違う。

視界が、ぐるりと回った。

次の瞬間、地面が見えた。


……倒された?


俺は地面に横たわっていた。  

背中に冷たい岩の感触。  

息が詰まり、肺がうまく動かない。

眼前には、ゴブリンの顔があった。

黄色い縦長の瞳が、俺を見下ろしている。  

口が大きく開き、獣のような歯が並ぶ。  

その歯が――俺の首に食い込んでいく。

「……っ!」

痛みは、思ったよりもない。  

ただ、首に“何かが乗った”ような圧迫感だけがある。

血が流れているのかどうかも、わからない。  

視界が暗くなっていく。


……ああ……そうか……


脳が最後に理解したのは、“身体が弱い”という、ただそれだけの事実だった。

意識が、ゆっくりと沈んでいく。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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