黄金の使者(1)
一:歪む空と焦燥
視界の端で、世界の色彩が急速に剥ぎ取られていくようだった。
青かったはずの空は泥を溶かしたような紫色の雲に覆われ、その中心から突き刺さるように伸びる黄金の光の筋は、まるで大地を串刺しにする神の槍のようだった。
「……っ!」
アークは木々の間を疾走しながら、歯を食いしばった。
距離が遠い。あの光の降る場所は、この森を抜けた先にある『ウェルズの丘』のあたりだ。ガルドが話していた「消えた東の集落」にほど近い場所だった。
(また、奴らが来る……。俺の故郷を奪ったときと同じだ!)
四歳のあの夜、すべてを焼き尽くしたあの光。
両親の最後の背中。左腕に刻まれた灼熱の痛み。
十年間、胸の奥底で押し殺してきた怒りと焦燥が、冷たい炎となってアークの血を沸騰させた。油断すれば感情に呑まれそうになる自分を、アークは強靭な意志でねじ伏せる。怒りに飲まれては正確な剣も魔法も使えない。冷徹に、しかし的確に敵を仕留めることだけを考えろ。
「グルル……ッ!」
背後から、低い唸り声が響いた。
見れば、群青色の毛並みを逆立てたトラが、アークの動きに完璧に合わせるように疾走している。獣でありながら、アークの殺気や思考の揺らぎを完全に察知しているかのような動きだった。
その姿に、アークはなぜか妙な心強さを覚えた。一人ではないという感覚が、冷たい恐怖を心地よい闘志へと変えていく。
「追いつくぞ。遅れるなよ」
アークが声を張り上げると、トラはさらに速度を上げ、風を切り裂いて前方の木々を飛び越えていった。
二:焦土と化した丘
ウェルズの丘にたどり着いたアークが目にしたのは、言葉を失うほどの惨劇だった。
緑豊かだったはずの丘は、中心部から直径数百メートルにわたって完全に消失し、ただの巨大なクレーターと化していた。地面は溶岩のようにドロドロに溶け、周囲の木々は一瞬の超高温にさらされたように、一方向へなぎ倒された黒い炭の棒に変わっている。
生存者の気配など、微塵もなかった。
「……ここまで……なのか」
アークは足を踏み入れ、ぐっと拳を握りしめた。
あまりにも圧倒的な力。下位層の人間など、虫けらを踏み潰すのと同じ感覚で消し去っていく。これが、世界を支配する「神」、そして「上位層」のやり方なのか。
その時だった。
『――見つけたぞ。不法に魔力を有する、下等なる澱が』
突如、空気が凍りつくような冷徹な声が、頭に直接響いた。
音ではない。精神を直接揺さぶるような、圧倒的なプレッシャーを含んだ思念波だった。
「っ……!」
アークは反射的に身構え、右手を突き出した。
クレーターの中心、黄金色の光の残滓が渦巻く空間から、ゆっくりと「ソレ」が降りてきた。
それは、人間のかたちをしていながら、人間とは決定的にかけ離れていた。
背中には純白の翼ではなく、幾何学模様を描く光の輪がいくつも浮かび、顔は滑らかな仮面のように表情がなく、全身が神々しいまでの白銀の衣に包まれている。
上位層の使者――あるいは、神の分身と呼ばれる存在だった。
『お前か。この周辺で、下位層でありながら異常な魔力反応を撒き散らしている異端児は』
仮面の奥から、感情の無い冷ややかな声が響く。
『本来、お前のような存在は生まれた瞬間に排除されるべきもの。十年前の事故の際、なぜか逃げ延びたカスが……ここで消滅させてやろう』
十年前の事故。
その言葉を聞いた瞬間、アークの中で何かがプツリと切れた。




