カラダで知っている
「囲う、ですか?」
(一体ナニを?)
要領を得ないカオつきをしていた藤柴にたいして、徳吉がハナシをはじめた。
「こういう優秀なずのうレベル・知的レベルを持っているニンゲンが、世にうもれている。コレはモッタイナイ。ナニをするにしても、まず第一に、ひつよう不可欠なのは、優秀で有能なニンゲン。つまり、優秀で有能な人材になる。コレはたぶん、ダレでもわかるコトだとおもう」
「たしかにソレは、おっしゃるとおりですね。どれだけおカネや資材や物資、道具や機械や器具があったところで、ソレをつかいこなせるニンゲンがいなければ、タカラの持ち腐れになりますから」
「そして、優秀で有能なニンゲン。つまり良い人材っていうのは、いつ・どこの時代・ばしょでも、滅多にいない。いるワケがない。ナニセ、ほとんどのニンゲンは、ぼんじんかバカなんだから」
「ソウですね。すぐれたニンゲンなんていうのは、滅多にいません」
「でも、そのすぐれたニンゲンが、こうして今、われわれの目のまえに、向こうからやってきている。
滅多にいない、少数しかいない優秀で有能なじんざいが、こうして、一カ所にあつまりだした。コレを見のがす手は、ナイとおもう」
「ナルホド」
「しかも、生来のずのうレベル・知的レベルがたかいだけじゃなくて、世のなか・しゃかい・せけんのコトを、よく知っているニンゲンの可能性がたかい」
「世のなか・しゃかい・せけんのコトを、よく知っている。ですか?」
藤柴がこう聞くと、徳吉は、すこし真剣なカオつきになった。
「今までいきてきて、アタマが良いんだけど、ニンゲン性というか、ないめんの性格・かちかん・かんがえかたが、クズみたいなヤツっていうのは、何人かいた。
こういうヤツは、どれだけ持ってうまれた生来のアタマがすぐれていても、どうしようもない。ソレこそ、煮ても焼いても食えない。
というか、ただ単に、ソコにいるだけで、たくさんのキケン・もんだい・トラブル・モメゴトをつくりだし、ひがい・そんがいを発生させる。
そして、しまいには、まわりのニンゲンを巻きこんでしまい、まわりのニンゲンが、不運・不幸な目に遭ってしまう。
だから、たんじゅんに、『アタマが良い』っていうだけでは、ニンゲンはダメなんだとおもう。そして、そういうアタマは良いけれども、ニンゲンのクズというか、ニンゲン公害みたいなヤツっていうのは、なんていうか、世のなか・しゃかい・せけんのコトを、まったくわかっていない。ニンゲンのコトが、まったくわかっていない。
だから、たにんにたいして、平気で害になるようなコトをおこなうし、危害を加えたりする。『じぶんのコトバ・発言、おこなうコトが、どれほどたにんを不快・不ユカイにさせて、どれほどたにんをキズつけて、どれほどたにんに害をあたえるのか』っていうコトが、カンゼンに欠けている。
あるいは、アタマではソレがわかっていたとしても、まったく気を遣わず、配慮がない。そういうヤツを、何人か見たコトがある」
「ソウいわれると、たしかにワタシも、そういうタイプのニンゲンに、何人か会ったコトがありますね」
「そういうタイプのニンゲンっていうのは、『じぶんのコトバや発言、おこなうコトが、たにんにたいして、どういう影響をあたえるのか』っていうコトを、まったくかんがえていない。想像力が欠落しているのか、あるいは」
「あるいは」
「想像するコトはデキているかもしれないけど、『たくさんのニンゲンにたいして、めいわくをかけて、キズつけて、ひがい・そんがいをあたえる』っていうコト自体が、じぶん自身にとって、つまり、『じぶんの身のあんぜんに、どれほど害があるのか。じぶんの身がキケンに曝されて、キケンな状態に陥ってしまうのか』っていうコトが、まったくわかっていない」
「いわれていると、たしかにソウかもしれませんね。じぶんひとりだけで、ソコにそんざいしているワケじゃない。でも、そのコトが、まったくわかっていないか、気にしていない」
「そういうタイプのニンゲンは、ろこつにいってしまえば、ツラク・くるしい目に遭っていない。そのけいけんがナイ。だから、苦労をしていない。
めぐまれすぎたカンキョウのなかで、あまやかされて育ったりして、世のなか・しゃかい・せけんのなかで、苦労してシゴトをしたり、せいかつをしていない。
もっといってしまうと、『たくさんのニンゲンを怒らせてしまい、敵がふえるコトによって、じぶんにたいして危害を加えられたりして、どれほどのキケンが降りかかってくるのか』というコトを、けいけんしていない」
「そのコトと、この優秀で有能とおもわれる患者。というか、ほうもん者と、一体ナンのかんけい性があるんですか?」
「このまずしい第4地区に住んでいる。という時点で、マトモなガッコウ教育っていうモノを、おそらく、うけるコトがデキなかった。
まずしいから、キツイろうどうをしても、すくないカネしか手にはいらない。だから、せいかつに苦労している可能性・確率が、カナリたかいとおもう。
その上さらに、フツウのニンゲンよりも、優秀で有能なずのうレベル・知的レベルを持っているのに、ソレを生かして、かつようするコトがデキない。そういう場やカンキョウっていうモノが、さいしょから、そんざいしていない。
だから、その優秀で有能なずのう・のうりょく・さいのう・知能っていうモノが、カンゼンに、タカラの持ち腐れになっている。
フツウのニンゲンだったら、ダレでも、『じぶんの持っている、チカラ・のうりょく・さいのう・ずのうを、まったくいかすコトがデキず、かつようするコトがデキない』っていうのは、カナリのストレスをかんじるダロウし。
さらにいうと、『じぶんのまわりに、似たようなニンゲンが、ほとんどいない』というカンキョウのなかに、長年いた可能性・確率が、カナリたかい。
だから、ヒドイこりつ感・こどく感を持っているとしても、けっしてオカシクはナイし、フシギでもナイとおもう。
ろこつにいうと、まわりには、じぶんよりも、はるかにアタマのワルイ、ぼんじん・バカしかいない。だから、共通の話題がナイし、まったくハナシが噛みあわない。
つまり、まわりのニンゲンと、コミュニケーションを、うまく取ることがデキない。こうなると、じぶんひとりだけが、ポツンとこりつしかねない。
こういう状態になると、まわりのあっとう的に大たすうのニンゲンから、つまり、たくさんのぼんじん・バカから、ヒドイないようのイジメだとか、さべつ・はくがいをうけている可能性・確率も、カナリたかくなる」
「つまり、『今までに散々苦労をしており、ニンゲンというか、世のなか・しゃかい・せけんのきびしさ、残酷さを、十分に知っている』と、こういうコトでしょうか?」
「察しがいいね。けつろんをいうと、そういうコトになる」
「どんなにアタマの良いニンゲンであっても、やっぱり、世のなか・しゃかい・せけんに揉まれて苦労をしていないと、ニンゲンがダメになるというか、どこかワキがあまい。つまり、不用心で慎重さに欠ける。
だから、詰めのアマイようなコトを、平気でおこなってしまい、たくさんのミス・しっぱい・はいぼくを、何度もくりかえしてしまう。
そして、たにんにたいして気を遣えないし、ほとんど配慮がナイ。となると、ニンゲンかんけいが悪化して、ひつよう以上に、たくさんのトラブル・モメゴトを、ひきおこしかねない。
でも、ココにやってくる患者。もとい、ほうもん者たちは、カナリたかい確率で、今まで散々、苦労をしているとおもう。その可能性は、カナリたかいとおもう。
だから、『ニンゲンであったり、世のなか・しゃかい・せけんは、けっしてあまくナイ、ツラク・きびしいところだ』っていうコトを、アタマではなくて、カラダで知っているかもしれない。
もっというと、『ニンゲンや、世のなか・しゃかい・せけんのおそろしさ、怖さっていうモノを、カラダで知っている』といってもいいかもしれない」
「ソウいわれてみると、ソウかもしれませんね」
(このヒトは、こういうコトまでかんがえるのか)




