けいけん則
「どうしました?ナゼまた急に」
藤柴が、おどろいたようすで聞きかえした。
「ただ待っていても、ナニもはじまらないし、変わらない。かといって、なんのアテもなく、やみくもにうごいても、なんの成果も効果もない。でも、ナニカのキッカケがあってうごくときは、意外と、プラスの方向にススムかもしれない」
「あの道の先の言い争いが、そのキッカケだと、こうおっしゃるんですか?」
「モチロン、なんの確証も、ウラづけもナイけどね。でもまあ、君たちが、ふたりとも、すぐにキケン、もんだいがあると、はんだんをしなかった。コレだけでも、オレにいわせれば、十分にイミがあるし、価値がある」
「プラスのイミや、価値があると?」
「ソコまでは、ハッキリと断言するコトはデキんよ。でも、すこしでも吉兆というか、プラスの可能性があるジケンだったら、かかわるに越したコトはない。
ソレに、たとえまったくなんのプラスがなかったとしても、オレとしては、この第4地区のコトを、チャント知っておきたい。デキるコトなら、じぶんのカラダで。
百聞は一見じゃないが、ただ聞いたり、資料を読むだけでは、どうにもピンとこないし、腑におちない。じっさいの肌感覚でかんじて、たいけんしないと、げんじつはわからんよ」
「ナルホド」
(このヒトは、むかしとカナリ変わった)
と、藤柴はおもった。藤柴がイメージする徳吉の印象というものは、おそろしく用心ぶかく慎重であるのだが、そのために、「予想外のコト、あるいは、予測するコトが不可能な状態。不あんてい、へんかをイヤがり、嫌う」という傾向・とくちょう・性質が、カナリつよい。
コレは、いいかたを変えれば、「かくじつ性を重視・たいせつにし、こんきょ・証拠・ウラづけのないようなコトは、一切みとめない」というカタチになる。
そのために、予想外のコトであったり、未知のコトを、つよく警戒する。そして、不測の事態・できごと・ジケンがおきたときは、すぐに対処・たいおうをせず、しばらくのあいだ静観し、かかわろうとせず、ようすを見る。
そして、十分なデータ、情報、資料などが揃ってから、はじめてかんがえて、はんだん、けつだん・意思けっていし、うごきだす。また、イザうごきだし、おこなうときにも、十分すぎるほどに、機が熟すのを待つ。
未知や不確定要素というものが、ほとんどゼロになり、機が熟し切ってから、やっとうごきだす。しかも、そのうごきはユックリで、イッポずつすすみ、漸進的であった。
ソレが、今この場では、ほとんど情報がなくて、どういう状態なのかが、サッパリわからない。こういう状態であるのにもかかわらず、みずからの意思で、そのジケンのゲンバにたいして、向かうといいだしたのである。
内心において、このような、おどろきのキモチを持ちながらも、藤柴は、べつの面では、なっとくもしていた。
(どうやら、11年以上の強制ろうどう施設でのせいかつが、このヒトにたいして、おおきな影響をあたえたんダロウ。
じぶんの意思で、ナニもえらべず、おこなえない。ただひたすら、強制的なめいれい・指示のみを、おこなわなければならない。
いわば、しょくぶつのような状態で、ジッと耐えしのび、いきのびてきた。そういう経験が、おそらく、このヒトを変えたんダロウか)
「意外ですね」
「ナニがだい?」
「徳吉さんが、ああいう想定外というか、とっぱつ的なジケンにたいして、じぶんからクビを突っこむというか、かかわるっていうのは、むかしのイメージからすると、チョット意外におもえまして」
こういわれ、徳吉はおもわず苦笑してしまった。
「そうか、意外に見えるのか。じぶんでいうのもなんだけど。むかしとくらべると、たしかにオレは、変わったのかもしれない」
「ソレはヤッパリ、強制ろうどう施設での、過酷なせいかつの影響でしょうか?」
「ダロウね。あのなかで、否が応でもカラダで学んだコトは、用心ぶかく慎重であるコトは、過酷な環境のなかで生きのびるときに、ひつよう不可欠である。っていうのは、モチロンのコトだけど、ソレだけじゃあ、ダメだっていうコトか」
「ソレだけでは、ダメ。ですか」
「過酷な環境のなかにいると、不用心で慎重さに欠けるニンゲンっていうのは、アタリマエのコトだけど、自滅、ハメツっていうサイアクのケースを、じぶんから、まねくコトになる。
なんせ、ドンドン状況が悪化していって、たくさんのキケン・もんだい・トラブルを、かかえこむワケだからね。
でも、用心ぶかく慎重であるっていうだけでは、プラスのコトは手にはいらない。キケン・もんだい・ムリのない範囲で、じぶんからうごいて、行動をしないかぎり、どうもジリ貧になり、悪化していく状況は変わってくれない。
ただ単に待っている。というだけでは、チャンスだとか、幸運っていうプラスのモノは、手にはいらない。とはいっても、あのなかでは、おおきなチャンスや幸運なんていうモノは、そもそも、まったくなかったけれどね。
ソレでも、チョットした良いコト、プラスのコトは、ああいう環境のなかでも、ヒトによって、それなりに差がでてくるんだよ。
まあ、食料をすこしだけ、おおく手にいれるだとか、過酷なろうどうが、すこしラクになる部署に異動するだとか、やすみ時間をすこしふやす。とか、そういう些細なコトなんだけどね」
「ナルホド。せっとく力がありますよ。ソレで、こんかいのあの道の先の言い争いは、その『チョットした良いコト、プラスのコト』を手にいれるのに、ひつようになる。と、こういうコトでしょうか?」
「そこまでハッキリとはわからないけれど、さっきもいったとおり、カンのするどい君たちが、ふたりとも、すぐにキケン・もんだい・トラブルになるとは、はんだんしなかった。
コレはつまり、『キケン・もんだい・ムリのないコト』という解釈も、可能になるとおもえる。キケン・もんだい・ムリがないコトだったら、というか、その可能性がたかいのなら、じぶんから、ソレにたいして接触して、かかわるべきじゃないか。
と、こうおもえてね。まあカンゼンに、けいけん則っていうヤツだよ」
「けいけん則ですか」
(でも、けいけん則とはいっても、フツウのニンゲンだったら、どこかの時点・だんかいで、自殺してもオカシクないような状況のなかで、このヒトは、11年以上もいきのびたワケだから。
そういうニンゲンのいう、けいけん則っていうのは、フツウのニンゲンのソレよりも、ヤッパリ、せっとく力がつよい。と、こうかんがえても、ムリはない気がする)
「わかりました。徳吉さんのけいけん則に、ワタシも従いますよ」
こういうと、藤柴もまた、クルマから降りようと、身を乗りだした。
「善はいそげ。といいますし、はやく向かいましょう」
こういうと、藤柴は、クルマを降りた。そして、徳吉もおなじように、クルマを降りた。こうして、ふたりは、言いあらそいのゲンバにたいして向かっていった。




