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ひつよう不可欠な人材

 徳吉をクルマで送ったあと、桂は、支所にもどったのであった。そして、今日やるべきシゴトに区ぎりをつけたあと、支所長室のソファーにすわり、ユックリと、カラダをやすめていた。

(まるでハグルマが、ピッタリと嚙み合ったようだった。パズルのピースが揃った。といってもいいか)

 このようにおもいながら、手に書類を取って読んでいた。ソレは、徳吉がかつてつくった、「第4地区に住んでるニンゲンが持っている、個人の私有財産・資産を、データ化する」という書類であった。

(ここに書かれてることを、ホントウに実行するとして、ひつよう不可欠になるタイプの人材をかんがえたときに、あの3人ほど、ピッタリとあてハマるニンゲンは、そういないだろう。

 そして、その3人が、見事に揃った。しかも、そのうちのひとりは、強制労働施設にいたのに、つごうよく、たすけだすことができた。

 コレはまるで、この3人が一緒にかつどうするのを、なにかが後押しをしたかのようだった。なるようになった。なるべくしてなった。というところか)

 この桂というニンゲンもまた、徳吉とおなじように、「ものごとを一個一個、理づめかんがえていく」というタイプのニンゲンであった。

 しかも、カナリの秀才であり、ガクレキもあり、徳吉よりも、アタマの回転というものが、カナリはやい。

 だがしかし、「こまかいところにいたるまで、すべてをリクツを積みあげて、理づめでかんがえていく」という度合いが、徳吉よりも弱かった。

 なまじ秀才であるために、フツウのニンゲンよりも、アタマがカナリ良い。そのために、すくないリクツでもって、大抵のものごとが、すぐにわかり、りかいしてしまう。

 このことから、「たにんにたいして噛みくだいて、くわしく、ぐたいてきに、わかりやすく,カンタンなカタチで、ていねいな説明・説得をおこなう」ということが、なかなかデキないのである。

 どうやら、こういうことは、桂だけにかぎらず、およそ、「秀才」といわれるタイプのニンゲンに共通しており、ひんぱんに見られる性質・特徴であるかとおもわれる。

 つまり、秀才というタイプのニンゲンは、じぶんのアタマが良いために、すくない情報・事実・材料・リクツ・知識だけで、そのものごとがわかり、りかいデキてしまう。

 そのために、「たにんにたいして、なにかをいったり、つたえなければならない」というときに、どうしても、「すくないコトバ・内容になってしまう」というケースが、とてもおおい。

 こういうケースにおいては、そのあいてが、アタマの良いニンゲンであれば、ソレで良いのかもしれない。

 だがしかし、並のレベルのアタマ・知能である、フツウのニンゲン・ぼんじんがあいて・対象であれば、その内容というものを、りかいすることはむずかしくなる。

 つまり、あるていど、アタマの良いニンゲンがあいて・対象であれば、コミュニケーションを取ることができる。

 そうではなくて、並のレベルのアタマ・知能を持っている、フツウのニンゲン。つまり、一般的なレベルのニンゲンである、ぼんじんがあいて・対象になると、桂は、うまくコミュニケーションが取れないともいえた。

 こういう性質・特徴を持っている以上、桂は、少数精鋭という集団であれば、そのメンバーたちと、コミュニケーションを取ることがデキるのであろう。

 だがしかし、一定のキボ以上になり、とくべつアタマの良くないニンゲン。つまり、フツウのニンゲン・ぼんじんも、組織にたいして参加したり、はいってくるようになると、うまくやっていけなくなるのだ。

 メンバーたちと、うまく意思の疎通というものが図れず、コミュニケーションを取ることができない。

 そのために、ダンダンと、モメごと・軋轢・トラブルが増えてくる。そして、その結果として、組織内におけるニンゲン関係というものが、ギクシャクしてくる。

 また桂も、キホン的な価値観・かんがえかたは、徳吉、高井、藤柴の3人と、とてもよく似ており、共通点・類似点がおおい。

 だがしかし、この3人同士にくらべると、ソレでもズレというか、違い・差異が発生するようである。

 そのために、今までのかつどうにおいて、「藤柴と高井のかんがえ、はんだん、けつだん・意思けっていと、桂のかんがえ、はんだん、けつだん・意思けっていとが、微妙にズレてしまう」というケースが、何度もあったのである。

 これらのことから、桂は、藤柴・高井のふたりと、頻繁に会って、おたがいのかんがえ・意見をかくにんし、たしかめ合わないと、「おたがいが、おたがいのかんがえ・意見と、ズレたことをおこない、調整がつかなくなってしまった」というケースが、何度もおきていた。

 では一体、なぜこういうケースになるのかといえば、やはり、いちばん奥底にある、根っこ・土台・基礎・キホンの部分の思想・価値観・かんがえかたなどに、藤柴・高井のふたりと、微妙な違い・差異があるためであろう。

 さらにいえば、桂は、徳吉がつくった書類を読んだときに、「途中経過というものが、スッポリとぬけている」ということは、わかったのである。

 だがしかし、「ソレを理づめでかんがえて、リクツを積みあげて、埋めるようにしていく」ということまでは、さすがにデキなかったのだ。

 あるていどはデキたのだが、どうしても、抜けおちてしまう部分が生じてしまった。コレはおそらく、桂が秀才であるために、こまかいところにいたるまで、すべてをリクツでかんがえずとも、すぐにわかり、りかいしてしまうからであろう。

 そのために、「じぶんのなかで、ひつようとしてない部分は、アタマのなかにない」というカタチになる。こうなると、欠けた部分というものを、埋めることなどデキるワケがない。

 つまり、徳吉がつくった書類のなかで、欠けている部分を、すべて埋めることはできなかったのだ。

 もっとぐたいてきにいえば、徳吉が、この書類をつくったときに、ないようをかんがえて、まとめるときにつかった参考資料。つまり、思考の材料はあった。

 だがしかし、ソレをつかって、「こまかいところにいたるまで、具体化・言語化する」ということまでは、デキなかったのである。

 桂は秀才である。そのために、じぶん自身ではわかったのである。だがしかし、「たにんにたいして、ソレをチャントつたえて、せつめい・せっとくをする。そして、あいての同意・共感・なっとく・賛同を得る」というところまでは、さすがに、うまくデキそうになかった。

 なぜならば、具体化・言語化されてないのだから。そして、言語化されておらず、コトバになっていないのであれば、アタリマエのことだが、書類化することもできない。

 ということであれば、こういう状態のまま、そしき的に、事務・実務化しておこなうとなると、こまかい部分で、欠けたところがたくさんでてくる。

 そして、ソレが理由・原因・キッカケとなって、キケン・もんだい・トラブル、こんなん・障害などが発生する、キケン性・可能性・リスクというものが、カナリたかくなるはずである。

 これらのことから、桂自身もまた、「徳吉が、ひつよう不可欠なタイプの人材である」と、はんだんしたのであった。

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