徴税業務
徳吉が、かつてつくった書類のというものを、ズバリいってしまえば、「第4地区からの徴税業務というものを、円滑にすすめ、おこなっていくために、住人の持っている資産・財産を、ハッキリと明確化させる」というものであった。
では、なぜコレをおこなうと、今げんざいの政治体制や統治機構というものを、根底から、突きくずすことになり、革命を引きおこすことになるのであろうか。
この点を、チャントせつめいするためには、まず第一に、「この地における、統治機構・政治体制というものが、今げんざい、どういう状態・カタチであるのか」ということを、ハッキリと、そして、明確化させるひつようがある。
この国においては、個人の自由・権利は、ほとんどそんざいしていない。そのために、個人の財産、つまり、私有財産というものが、きびしく制限されている。
俗にいう共産主義のように、「私有財産を、カンゼンに否定する」というところまでは、さすがにいっていない。
だがしかし、カナリの部分、ソレに近いのであろう、思想・価値観・かんがえかたが、根底にあり、基礎・土台・前提条件となっている、統治機構・政治体制であるのだ。
個人の自由・権利、私有財産というものが、きびしく制限されている。そのために、自由な視点・思想・発想・かんがえかた、自由な言論、表現の自由なども、ほとんどそんざいしていない。
つまり、あらゆるジャンル・分野の組織にたいして、公的な権力というものが、きびしく介入してくるのである。
ぐたいてきにいえば、政府を担っている政党は、公有党という政党ただひとつである。つまり、カンゼンな一党独裁体制であった。
そして、この公有党という政党が主張している、思想・価値観・かんがえかた・イデオロギーというものは、この文字が示しているとおり、「公が有する」ということを、第一に掲げている。
コレは、いいかたをかえれば、個人の私有財産ではなくて、「あらゆるモノを、私有ではなくて、公有とする」といってもいい。
よりぐたいてきにいえば、「共産党による一党独裁国家において、あらゆる勢力・組織のなかに、共産党員がはいりこみ、指導していく」という形態と、ほぼおなじカタチを取っているのだ。
つまりは、この国においては、すべてのジャンル・分野における、すべての勢力・組織のなかに、公有党の党員がはいりこみ、その組織・勢力のかつどうを、こまごまと指導・命令している。
こういう状態になっているために、どのようなジャンル・分野の、どのような勢力・組織においても、自由なかつどうが、ほとんどできない状態になっている。つまり、自由なかつどうが制限され、きびしく規制されている。
ここでいう「公」というのは、ぐたいてきにいってしまえば、政府であり、行政組織のことである。
つまり、「行政組織・役所が、民間のすべての組織・勢力にたいして、こまごまと、指導・命令をおこなう」といってもいいであろう。
そして、その役所において出世していくためには、公有党の党員であるほうが、はるかに有利なのである。いいかたを変えれば、役所の幹部クラスのほとんどは、公有党の党員である。
ちなみに、桂は支所長という地位にありながらも、公有党の党員ではない。だがしかし、ほかの幹部クラスのほとんどは、公有党の党員である。
そのために、いくら支所長とはいっても、公有党の命令・指導というものを、カンゼンに無視することはできない。かれらの意見・かんがえを尊重し、配慮しなければならない。
このような体制下において、個人の自由・権利、私有財産というものが、きびしく規制され、制限されている。そのために、しぜんと、「人権」というものも、きびしく制限されている。
アタリマエのことだが、「個人の自由・権利というものが、ほとんどそんざいしていない」という状態であれば、人権が成立するワケがない。
人権が、ほとんどそんざいしていない。ということであれば、一個人が、自由に住む場所や、シゴトを選ぶことはできない。また、じぶんがかかわり、付きあうニンゲンを、自由に選ぶこともできない。
これらのことは、公のそんざいが、つまり、「政府・役所が、きびしく規制し制限する」というカタチになる。
これらの結果として、この国においては、「ニンゲンを、きびしく差別し、分類する」というカタチになっている。
たとえば、人権がそんざいしていないために、「すべてのニンゲンが、平等に権利を持っている」ということにはならない。
そのために、「ニンゲンを、なにかの基準によって、きびしく差別し、分類する」ということになる。
そして、その基準というのは、ひとえに、「公有党の掲げている、思想・価値観・かんがえかた・理念・信条・イデオロギーというものを、どれだけ心底から信じており、そして、実践しているのか」ということになる。
このために、「公有党の掲げている、思想・価値観・かんがえかた・理念・思想・イデオロギーというものを、あまり信じておらず、実践していないニンゲンは、きびしく差別・区別され、不利な状態になる」といってよい。
こういうことから、この国では、ニンゲンを、4個の区域にわけて住まわせている。なにせ、じぶんの意思・かんがえ・つごうで、シゴトを選んだり、移動する自由がないのだから。そのために、こういう体制になった。
私有財産を否定して、貧富の差や階級制度というものを、この世からなくすことを目指したはずのソ連においても、結局のところ、「ノーメンクラトゥーラ」という、1%近い支配階級・特権階級がいたとされる。
つまり、個人の私有財産をなくしたところで、結局のところ、ホントウのイミでの平等というものは、実現することはなかった。そして、コレとほぼおなじことが、この国でもおきていた。
公有党の幹部と、その近しいニンゲンが、1%近い支配階級・特権階級をつくっている。これらのニンゲンが、第1地区と呼ばれる地区に住んでいる。
その下に、4%近い準支配階級・特権階級がそんざいし、彼らは第2地区に住んでいる。ここまでの計5%のニンゲンは、いうなれば、社会の指導階級といっていい。
そして、その下に、17%近いニンゲンがそんざいしている。彼らは、いうなれば、「いちおうは、ニンゲンあつかいされる階級」といえる。
支配階級・特権階級ではないのだが、ニンゲンとしてはあつかわれており、あまり豊かではないのだが、それでも、貧しすぎない状態のせいかつを、ギリギリ送ることができている。このニンゲンたちは、第3地区と呼ばれる地域に住んでいる。
そして、ここに挙げた3種類の階級以外のニンゲンは、ほとんどニンゲンあつかいをされていない。
キホン的な人権というものなど、最初から、まったくあたえられていない。とにかく、すべてのモノを、政府に取りあげられており、まずしいニンゲンたちのあつまりといって良い。
このニンゲンたちは、第4地区と呼ばれる区域に住んでいる。だがしかし、この第4地区に住んでいるニンゲンは、ぜんたいの78%近くを占めている。つまり、「世のなか・社会における、圧倒的な多数派」といっていいであろう。
圧倒的に、多数を占めているニンゲンたちが、圧倒的に不利で、貧しい状態というものを強制されており、虐げられている。
そして、この第4地区に住んでいる、78%近いのニンゲンたちは、政府・役所から、税を吸いとられているのだが、その見返りともいえるものを、なにも受けていない。つまり、行政サービスというものを、なにも受けていない。
この78%近いのニンゲンたちは、ニンゲンあつかいをされておらず、はげしく差別され、虐げられている。
そのために、支配階級・特権階級といえる、第1地区のニンゲンや、準支配階級・特権階級といえる、第2地区のニンゲンたちは、この第4地区のニンゲンのことを、とても汚らわしいとおもっており、可能なかぎり会わおうとせず、かかわろうとしない。
だがしかし、かれらからも、税を取りたてなければならない。そのために、中間にいる第3地区のニンゲンが、この第4地区のニンゲンから、税を取りたてるシゴトをおこなっている。そして、徳吉、藤柴、高井、桂は、この第3地区のニンゲンなのである。
さらにいえば、桂が支所長をしている地区は、第4地区と接しており、税を取りたてるときは、第3地区と第4地区のあいだにある施設において、第4地区のニンゲンを呼びだしたり、逆に、第4地区に行ったりもする。
ちなみに、今げんざい徳吉がいる施設こそ、その税を取りたてるときに、第4地区のニンゲンを呼びだす施設なのであった。




