44.自身で聞いてみるか
「もう大丈夫ですよ」
医者がにこりと、私の入院生活の終わりを伝えてくれた。
「傷痕は残りますか?」
「残念ながら残ると思います。でもまだ若いしかなり薄くなると思います」
「ありがとうございます」
この救護室ともお別れだ。
包帯を綺麗に巻いてくれ、私は首まである服に着替えた。寒い冬には都合が良い。
終わったところで大公が訪ねてきた。大公に会うのは怪我をしたあの日以来だった。
「今いいか?」
「はい」
大公は母も連れていた。ノアも、そしてエミルもいた。久し振りに見るエミルは、いつもと変わらない様に見えた。私の様に包帯は巻いておらず、多少の傷痕が見える程度だった。服で隠れているところは分からないけれど、それでも元気な様子にホッとした。
大公に促されて私と母が腰掛けると、大公は今回の件について話してくれた。私は既に聞いていたが母は長く潜伏生活をしていたので、王都でのドロテーアやアードルフ第二王子のお陰でヴィゲリヒ家当主が捕まった話や、大公夫人の反逆にロッテベルク領や隣国が関わっていた事等を教えてくれた。
「ヴィゲリヒ家当主への聞き取りは王家に任せており今はまだ詳細は分からないが、王家からの報告で分かったのは、当主が王になりたかったらしいと言う事だ。昔このヴァイエルン大公領は公国だった。大公領を乗っ取って再び公国として独立しようとしていたと。王家からの反対を抑える為、隣国と通じて協力を仰いでいた」
「…隣国がよく協力しましたね」
「隣国の真意は分からないが、ヴィゲリヒ家の手に渡った方が都合が良かったのだろう。王国からの支援が無くなった公国相手の方が侵略しやすいと考えたのかもしれない。クラウディアを欲したのも王国の人質としてだ。カサンドラが生んだ子を人質としても、王国を裏切ったヴィゲリヒ家の子孫では王国も切り捨ててしまい、人質にならないと考えたのだろうな」
クラウディア様はきっとそこまで分かっていたのかもしれない。火災の夜、殺される事は無いと、交渉材料に使われると、私に言っていた。ヴィゲリヒ家と隣国との交渉時に人質にされると予測していたのかもしれない。
「隣国がクラウディア様を欲していたから、師団長はクラウディア様を連れて逃げようとしたのですね。大公夫人が捕まったけれど、自分だけでもロッテベルク領かもしくは隣国に逃亡しようと。クラウディア様は傷付けられないから私も人質に連れ去ろうとしたんでしょう」
「そうだ。ランには怖い思いをさせ、怪我までさせてしまった。本当に申し訳ない」
「いいえ。クラウディア様が怪我をしたのでは無くて良かったです。それに…直ぐに助けて頂きましたから」
本当にこの方は私に簡単に頭を下げる。師団長に対してあんなにも冷たくて怖い声で怒鳴る人なのに。困ってしまうのに、いつもの大公であると思えて少し嬉しくも思った。
「カサンドラは聞き取りに対して無言を貫いている」
「……」
母と思わず目を合わせた。
「まあ、しかしこれは王国に対する反逆行為でもある為、今後王都へ身柄を送られ王家主導での聴取になる。大公家側にまだヴィゲリヒ家の手の者が潜んでいる可能性もゼロではないしな。大公家としての聞き取りはもう行わない」
「…何度も私を狙った理由とかは…?」
大公は首を振った。
ドレスを切られた時も使用人を殺害され、大公夫人まで辿り着く事も無く、事件の解明も叶わなかった。それを大公も悔しく思っていたのに、捕らえたにもかかわらず今回も聞き出せずもどかしく思っているのだろう。
「気になるか?」
「そうですね。母ではなく、私だったのは何故だったのでしょう」
「ラン自身で聞いてみるか?」
思いがけない言葉に「え?」と言ってしまった。
「大公様!」
驚いたのは私だけでは無かったらしい。エミルが珍しく反応した。
「私が何を聞いても無視だ。他の騎士でも無理だった。だったらラン自身で聞いてみたらカサンドラの感情を刺激して何か話すかもとな」
「興奮して何をしでかすか分かりませんよ」
「牢から出しはしないし、見張りも最低限の信頼の置ける者だけなら問題無いだろう」
大公は私に向き直って「どうだ?」と言った。
「直接話してみないか?」
私が大公夫人と?
いつも避けていた相手だ。私を見下して敵意を向けて、そして殺そうとしてきた。そんな人と直接話を?
思わず両腕を抱えた。炎の上がる塔の上から見た大公夫人の顔を思い出してしまった。
「無理しなくて良い。怖いなら断れば良い」
両腕を抱えた私を心配してか、エミルがそう言った。
「…いいえ。私、聞いてみたいです」
大公夫人の面会は翌日に実現した。王都へ送られる予定もあり、大公が直ぐに手配をした。
大公城の牢は地下にあり、薄暗く冷たい石の階段を下りた。塔で生活していた私には、当たり前だがこんな場所は初めてだった。塔も牢の様だと思った事はあるが、本物の牢はもっとじめっとしていて臭いもあって怖く感じた。
クラウディア様は大公夫人に囚われている時、ここに居たらしい。第二師団の団長と団員も捕らえられていたらしいが、実際はクラウディア様の監視を行なっていただけで、待遇は悪くなかったらしい。
監視と称しながらも牢に入れていた事を考えると、大公夫人も第二師団を完全には信用していなかったのかもしれない。第二師団長によってヴィゲリヒ家の手の者を第二師団で構成させていたらしいが、全員とまではいかなかった為、疑問を持たれたり裏切られたりされるのを恐れていたのかもしれない。
「大丈夫か?」
私の前を歩くノアが振り返って声を掛けてきた。
大丈夫では無かった。けれど、頷いてみせた。
正直微かに手は震えていた。声を出せない位に緊張していた。
階段を降りきると、並んでいる牢の一番奥まで行った。一番空気が重く感じた。
ノアが見張りと思われる騎士に挨拶すると、騎士はその場を離れた。
ノアがクイッと顎を振った先に、別人の様な姿の大公夫人が居た。
☆おまけ
騎士団の詰所で働くお医者さん、五十三歳。これまで多くの騎士達の手当てをしてきたが、普段は近くの診療所で町民の診察に当たっている。騎士団には依頼があった際に出張してきている。時には騎士達に応急処置指導も行う。笑顔が優しげだが、暴れる患者には的確に急所を突いて気絶させる特技がある。




