42.待ちわびた凱帰に
振り下ろしてきた剣を受け止めギンッと高い音が響いた。相変わらず重い剣だった。
剣闘大会で何度も相対してきた相手で太刀筋もある程度把握している。厄介なのが本気で殺そうとしてきている為、加減も迷いも無く急所を狙ってくる。そして少し強引な力技。
大公側の騎士は戦闘により幾人も斬り倒した為、大公夫人側の騎士の方が少ない。強引な力技でくるのも焦りを感じているからだろう。
剣闘大会で負傷した額の傷を狙っている様にも感じていた。傷は治っているが、目を狙っているか、もしくは額から出血すれば目に血が入り視界不良になるのを狙っているのか。剣闘大会で負傷した時も、そこがお前の弱点だと言われている気がした。
何度も顔を狙われ、剣先に集中していても気がつけば顔に切り傷が増えていた。良く手入れされた剣だと皮肉を内で呟いた。
次に顔を狙ってきた時、受けずに力技で跳ね返し、腿を斬った。かなりの手応えがあり、足をカクンと少し落とした。傷が深かったのだろう。
地獄の壁登りで筋トレした甲斐があった。この人に負けない力をつけたかったのだ。
動きが鈍くなったところに構わず剣を振りかざし押した。踏み込んでは来なくとも剣で受け止めるのはやはりさすがだった。何度も打ち込み剣を持つ手を斬りつけたところで剣を落とした。
勝負が着いたのを見て取り他の騎士が身柄を拘束した。それを見ながら自分の呼吸が激しい事に気が付いた。生死がかかった闘いは想像以上のものだったのだ。
大公夫人の一番強い護衛騎士が捕まった事で、他の騎士は呆気なく片が付いた。大公夫人も抗う術なく拘束された。ヴィゲリヒ家当主が拘束されたと聞かされた事もどうやら大きかった様で、抵抗もなく無気力状態になっていた。
謁見室が制圧されたところで、別行動を取っていた騎士が合流し、クラウディア様を救出した事を報告した。クラウディア様は大公城の地下牢に、火災当時警備にあたっていた第二師団の団員と共に囚われていたそうだ。
大公は騎士に旗を掲げるよう指示し、城下町に居るアードルフ第二王子殿下や騎士団に向けて無事制圧した事を伝えた。
そして数名の騎士を大公城に残し、フェルディナント様の治療の為、私達は常に騎士団と帯同していた医療班に診てもらう為城下町の騎士団本部へと向かった。今の大公城にいる医師が信用出来る者か確信が持てなかったからだ。クラウディア様も監禁され衰弱している様子ではあったが、長く離れていた子ども達に会いたいと共に城下町へと向かった。
◇◇◇
母が城下町の騎士団の詰所に来て、医師に母やマティの容体を診察してもらった後、大公と会った事とフェルが戻らず大公に託して先に城下町まで下りてきた話を聞いた。クラウディア様のおかげで食事は取れていたようだが、長く暗い地下通路にいた為かなり衰弱しており、騎士団の救護室で休ませる事になった。
母もマティもぐっすりと眠っていた。母は少し老けたようにも見えた。大公に大切にされとても綺麗になった母だけれど、この潜伏生活は大変だったのだろう。私が先の見えない不安と後悔の逃亡生活をしていたのと同じ時間、母は真っ暗闇の中いつ見つかるか分からない不安を抱えながら子ども達と潜んでいたのだ。
何をするでも無く、ただ母とマティの寝顔を眺めていたら救護室にノアが来た。
「ラン!大公城に旗が立った」
早口で言った言葉に、私は立ち上がり直ぐに救護室を出て、ノアに並んで足早に通路を進んだ。
「旗を確認して直ぐに大公城を取り囲んでいた王都軍が入城の準備を始めた。跳ね橋が掛けられるのも時間の問題だろう」
「…皆、無事なの?」
「そこまではまだ分からないけど、城内の制圧は完了した筈だ」
詰所の中は慌ただしさを見せていた。警備にあたっている騎士以外の殆どの者が詰所から外へ出て行った。私達もその流れに乗る様に外に出た。
騎士団の詰所から大公城へ繋がる道を進み、城下町を囲んでいる塀に設置されている通行門まで来た。門の周辺には警備兵が多く特に厳重に見えた。
門の向こう、大公城から人が馬に乗ってやって来るのが見えた。
「戻って来たようだな」
後ろから話し掛けられて、その聞き覚えのある声にその場を空けて頭を下げた。
「相変わらず堅いな。そんな事しなくていいからお前はあいつらを迎え入れて労ってやれ」
アードルフ第二王子殿下は私の体を大公城側へ向けさせた。王子の前に立つなんて許される事なのかと少し慌てたけれど、大公達が馬であっという間に近付いて来たのを集まった皆で歓声を上げて迎え、その大きな歓声に飲まれ礼儀も何も考えられなくなった。きっとここに集まった騎士達も喜びのあまり王子がいるのに気が付いていないのだろう。王子も特に何も言わなかった。ただ皆、とても嬉しそうで、王子も同じに見えた。
先頭にいる大公はフェルを抱いていた。騎士が一人大公の前に出て「医療班のもとに向かうから道を空けろ」と言って出迎えの人々の中央を割って道が出来た。
大公に抱かれたフェルは眠っているようだった。心配そうに見ていた私に気が付いた大公は、私に小さく微笑んだ。心配無いと言ってくれているのだろう。
大公のそばのエミルと目があって、エミルは直ぐに馬を下りた。
エミルは顔に切り傷が幾つかあり血が滲んでいたけれど、私に笑って見せてくれた。それにホッとして私も頬が緩んだ。
しかしそれも一瞬、ぐっと体が宙に浮いた。何が起きたのか理解出来ない内に、私は目線が高くなり、首がチクリとした。
「動くな」
ほぼ同時に叫び声がした。クラウディア様の声だった。
「クラウディア様とこの女の命が惜しければ我々を逃がせ」
私は首に短剣を突き付けられていた。この人には見覚えがあった。第二師団の団長だ。
クラウディア様も第二師団の騎士に捕らわれていた。私とは違って剣を突きつけられてはいなかった。傷付ける目的が無いからだろう。反対に私は短剣が首に当てられ、血が流れていた。傷口がズキズキと痛み、この人達が逃げる為の人質であり、傷付けても殺しても良い捨て駒なのだと嫌でも悟った。
ここにいる団長が率いる第二師団は、寝返った人達なのだ。きっとここから逃げて近くにいるロッテベルク領の兵と合流するつもりなのだろう。大公夫人の反逆行為に手を貸した第二師団は、このままでは大公夫人側の人間から罪を暴かれてしまうのを恐れ、逃亡を図ろうとしているのだろう。
相対している騎士達は直ぐに剣に手をかけ、攻撃態勢に入っていた。
「剣から手を離せ。この女の首をかっ切るぞ」
脅しをかけ首に当てている剣をさらにぐっと押し、血がダラっと出て服の前面を赤く染めた。
団長は大きな体をしており、太い腕で捕らえられた私は全く身動きが取れなかった。
私の血を見て多くの騎士が剣から手を離した。しかし全員では無かった。
「……お前ら」
大公が呟いた。とても低く冷たい声だった。少し離れた私にもその呟きが聞こえるくらい、その場の空気が一瞬にして変わるような、そして誰もが耳を澄まして聞き入る声だった。
「いい加減にしろっ!」
ビリっとする大声の後、エミルが突進して来るのが見えた後、私は落馬したと思ったらいつの間にかノアに抱きかかえられていた。うめき声が聞こえ振り向くと、ぼとりと、あの短剣を持った太い腕が落ちていて、斬られた腕の断面から血が地面に広がっていた。
その光景のさらに向こうでは、クラウディア様がフィンに抱きかかえられていた。クラウディア様も助かったんだと思ったら、目の前が真っ暗になった。遠くに私の名を呼ぶ声がして、意識を失った。
☆おまけ
書く上で一番難しいキャラはフィンでした。追憶では主人公位置でしたが…
フィンは真面目で忠誠心が強いですが、騎士団長になる位にストイックでブラックな面も持っています。こんな台詞言うかな、こんな行動とるかな、でも意外性は持たせたいな等など、考えては変えてでなかなか台詞が進まないキャラです。
ごめんね、フィン。でも大好きです。




