41.抱擁
辺りが明るくなって朝が来た。シンと冷たい空気が部屋に漂っている。日が昇り始めるこの時間が一番寒い。鳥のさえずりも無い静かな時間。鳥も巣でじっとしているのかもしれない。
部屋の空気がすっかり冷え、顔に触れる空気が冷たくて上掛けを引っ張り頭まで被った。
眠りたかったのに眠れなかった。少しでも眠りたかったのに朝の陽を見てしまいもう寝られなくなってしまった。冷たい空気に目が覚めて、仕方が無いからと諦めて起きようかと思った。それでもこの上掛けの中から出るには気合いを入れなければ無理そうだった。
そんな、マシだろうに。野宿していた時に比べたら部屋があって清潔な寝具もあってずっとマシだろうに。
ふう、とひと息ついて体を起こした。窓に近付いて外を見た。今日は薄曇りだった。それを見たらそんなに寒くないかもと思えた。寝不足で寒さを感じやすくなっているのかもしれない。
手早く身支度を済ませてノアが来るのを待つことにした。時間が経つにつれ宿屋には物音がするようになった。かすかに美味しそうな香りも漂ってきた。調理場で朝食の準備をしているのだろう。
同じ宿屋に宿泊しているアードルフ王子殿下は部屋に食事が運ばれるが、私は他の騎士に混じり食堂で食事を頂く。なのでノアが私を呼びに来て、それから一緒に食事をしていた。
暫くすると眠たそうなノアが部屋を訪ねてきて、一緒に食堂へと向かった。
騎士達が交代で食事をとる食堂は、少しだけザワザワしていた。
「寝てないのか?」
ノアに言われてぱっとノアの顔を見た。
「ノアだって眠たそうじゃない」
「眠たそうと寝てなさそうは違うぞ」
「どう違うのよ」
「クマが出来てる」
そんなに分かりやすいクマが出来ているのかと少し恥ずかしくなった。そう言えば鏡も見ていない。
「……心配か?」
「寒かっただけよ」
「添い寝してやろうか」
「結構よ」
朝食を終えて騎士団の詰所に移動した。
日中は常にここに居る。まあ、やる事が無くて時間を持て余してしまう。誰かの持ち物なのか忘れ物なのか、隅の椅子に本が置かれていたので手に取ってみた。私も読んだことのある詩集だった。騎士団の中にも詩集を好む人が居るんだなと、頁をめくった。有名な詩集で、大公城に来て一年程した頃に家庭教師から教養として読むと良いと言われて読んだものだ。懐かしさを感じた。
数頁を読んだところで、視界がぼやけてきた。眠気なのか、寝不足だからなのか、貧血なのか。そんな状態なので集中する事も出来ず、ただ眺めているだけになってしまった。
突然、騎士団内が慌ただしくなった。何だろうかと顔を上げて様子を窺った。何か動きがあったに違いないと椅子から腰を上げ、団員達の声を拾おうとした。そうしたらノアが走って来た。
「今、こっちに向かって来ている馬がいる」
「どこから?」
「城の北側から。遠見の報告ではおそらくヘラ様ではないかと」
ノアの報告を聞いてから暫くして騎士団の詰所に馬に乗った騎士二名が到着した。そしてマティを抱いた母も一緒だった。
「お母さん!」
馬から降りた母は薄汚くやつれ、別人の様な風貌だった。
「ラン!」
私に気が付いた母は私を抱き締めた。
「良かった…良かった…」
あの火事の日に別れたけど、こうしてまた生きて会えた。母の私を抱き締める力が強くて挟まれてしまったマティが苦しそうに小さく唸った。けれどお構いなしに母は私を抱き締めた。何度も「良かった」と呟く母の声が震えていて、泣いているのだと分かったら私も涙が流れていた。母とマティの無事が確認出来た安心感からだろう。
幾分かの涙を流して感情が落ち着いた頃、フェルが居ない事を疑問に思い母に尋ね、母から事情を聞く為に騎士に促され私達は騎士団の詰所に入った。
☆おまけ
ランはヘラの事を基本的に『お母様』と呼びます。敬語も使います。でも咄嗟に昔呼びの『お母さん』に戻ってしまいます。




