39.冷たい秘密の通路
薄曇りの朝は冷え込みがそこまで強く無く、寒さはマシだった。手がかじかむとグローブをしていてもいつも通りに動かないから、剣の扱いも納得の行くものでは無くなる。
日が昇る前の夜の終わりは、南西に雲のベールがかかった月がぼんやりと浮かんでおり、闇をささやかに照らしている。数日前にランと見た東雲色の空は、雲が空全体に広がる今日の様な空には見られないだろう。
大公城の北側にある大公家の墓の一つの墓石を動かすと階段が現れた。他の墓と何一つ変わらないそれが、秘密の通路の入り口になっているとは思わなかった。綺麗とは言えない歪な形の石が積まれ、所々崩れている様子からかなり昔に作られたものだと察せられた。墓の数からしてもご先祖様の多さが分かるし歴史を感じる。グラッツィ家は大公家の縁戚でもあるので、俺にも縁のある場所と言えるだろう。
ここに来るのは初めてでは無い。大公様が墓参りする際に同行した事が何度かある。それでもこんな階段が墓に隠されていたとは全く知らなかった。
大公様の合図で階段を下り秘密の通路へと入って行った。広くは無く大人一人がギリギリ通れる様な狭さで、体格の良い者は通れない。もしもここで挟み撃ちにでも遭ってしまったらその場を切り抜けるのは難しいだろう。剣が振れる様な広さは無く、敵が次々と向かって来たらきっと無事では済まない。
この先を進み敵と遭遇する様な事があれば後退出来なくなる。それを避ける為に少数で行く事になっている。通路を進むと広く開けた場所もあるので、後続隊は時間差で通路へと入り、その開けた場所で落ち合う予定だ。それもこの通路が敵に見つかっていなければだ。もしマークされていれば危険だ。袋の鼠となってしまう。僅かな灯りだけを持ち、唯一使用した事のある大公様に人が立ち入った形跡が無いか、通路に異変は無いかを確認して貰いながら通路を進んだ。城の堀の下を潜る様に造られた通路の為、湿度が高くカビ臭い。
滑りやすい階段を深く下ると次第に上りの階段が現れた。ここが堀の下なのだと思う。気温も低くより一層ひんやりとしている。墓から通路に入った時は寧ろ温かさも感じた位なのに、階段を下がる程に寒く感じた。階段を下っている為に体は温まっていったが、ここはそれを越えて寒い。
階段を上り息が上がっていくのを感じながら、騎士達の息遣い以外の音に気が付いた。
皆に合図を送り、音を立てない様にゆっくりと進んだ。皆に緊張感が漂うのを感じながら、耳を澄ました。
「泣き声?」
一人の騎士が呟いた。
洞窟の様なこの通路で音が反響して混ざりはっきりと音が認識出来ない。俺は少し高い音に不気味さを感じたが、そう言われてやっとそうの様にも聞こえてきた。
期待をしてしまうがそれ以上に大公様の気持ちが逸っているのが分かる。先を進み音に近付けば近付く程足が早く動いていた。次第に音は歌声も混ざっているのに気が付いた。通路の先からほんのりと灯りが見え、この先にいるのだろうと思った。最後は殆ど走っていた。
「ヘラっ!」
大公様の声に振り向いたのは、暗闇の中石の上に座りマティアス様と思われる幼子を抱くヘラ様だ。
一目散にヘラ様の元へと駆けた大公様はそのままマティアス様ごと抱き締めた。
その光景を目の端に入れながら辺りを見渡した。ここは意外にも広い。ランが塔で過ごしていた私室二部屋分位あるだろうか。ここが後続の騎士達と落ち合う予定の開けた場所なのだろう。
「ああ…無事で良かった…マティも…」
「フリッツ……」
泣き止まないマティアス様と共にヘラ様の詰まる声を聞きながら、ここの安全を確認した。敵がいればヘラ様も別の行動を取っただろう。見渡しても他に人は居ない。仄かな灯りに毛布が数枚と荷物があるだけだった。
「フェルは?」
「無事です。今は護衛と別の通路へ行ってます」
「危険は無いか?」
「ここは外の光が無く時間経過もよく分かりませんから、まだ幼いあの子にはじっとしている事が出来ず……」
「責めてはいない。今日まで無事だったのだから」
ヘラ様は涙を堪えている様だった。それでも伝える事を優先しようと言葉を続けた。
「フェルは最近別の通路が食糧庫に繋がっているのを護衛と見つけ、そこに水や食糧を取りに行っています」
「そうか。その通路をよく見つけられたな」
「偶然見つけたのです。塔を焼かれた後ランは逃げましたが、私達は子ども達も居た為走る事が出来ず、護衛の機転でここに逃げ隠れました……」
少し言葉を止めると不安げに大公様を見上げ、「ランは……?」と聞いた。
「大丈夫だ。無事に合流して今は城下町にいる」
「そうですか……良かった……」
堪えていた涙が俯いた事で流れ落ちた。娘であるランの無事が確認出来て安心したのだろう。
ランもヘラ様を置いて逃げて来た事に後ろめたさを感じ、そして身を案じていた。きっとヘラ様の無事を知ったら安堵する事だろう。
後続隊の到着を待ちながら事前に大公様から聞いていた通路が何処に繋がっているのかの確認をした。北側通用門に繋がる通路の先には重たそうな石の扉があり、城内の警備がどのようになっているのか分からない為出る事は出来なかったが、扉の付近は他の通路に比べ歩きやすく整えられている様に見えた。ヘラ様の話では、おそらくクラウディア様が万が一の非常時に備え身を隠せる様に物資を置いておいてくれ、さらに部屋として少しでも過ごしやすい様に改修してくれたのではとの事だった。数日分の騎士が携帯する保存食が置かれ、毛布も長期間放置されたものとは思えない程ふかふかだったかららしい。
暫くすると後続隊が到着した。広く感じたこの場所も、騎士が揃うとなかなかに窮屈だった。
「遅い……ですね」
大公様と再会出来て安心した様子だったヘラ様が、食糧庫に繋がる通路を見つめながら不安げに呟いた。
「いつもはここまで時間が掛かっていなかった様に思うのですが……」
ここは北側通用門の近くで、この通路が繋がっている食糧庫は本城の地下にある。距離的にはそこまで遠くは無い。幼いフェルディナント様の足なのを考慮しても我々が来てから時間も経っており、確かに戻りが遅い気がする。
「食糧庫まで様子を見に行こう。この通路の存在を知られた危険性も考え、ヘラはマティと共に先に我々が来た通路から外へ避難を」
「……フェルは……」
「フェルは私に任せて、ヘラはマティと城下町へ避難しランと合流するんだ。マティを連れては大変な道かもしれないがどうか耐えて欲しい」
「……はい」
護衛がフェルディナント様と戻らない為、騎士を二人付け墓へと繋がる通路を行かせた。ヘラ様は言葉を飲み込んで大公様の言われたままに通路の先へ姿を消して行った。フェルディナント様が心配なのもあるだろうし、せっかく再会出来た大公様ともまた離れなければならなくなり、不安があるのだろう。これまでこの暗い場所で身を隠して暮らしており、精神的にも辛く、縋りたい気持ちを圧し殺してマティアス様を第一に守るのを優先したのだろうと思う。
でも城下町に行けばランがいる。ヘラ様もきっと安心出来るだろう。
大公様は挟み撃ちにされない様に各通路に騎士を配置し、残りの騎士を連れて食糧庫に繋がる通路を進んだ。大人の足なのもあると思うが墓からの通路に比べ平坦で、石の扉の前まで直ぐに到着した。ここの石の扉は小さく、屈まないと通れない程だった。石の扉を点検すると、ピタリと閉まっていなかった。明らかに出入りした形跡があった。もしかしたらこの石の扉の向こうにフェルディナント様がいるかもしれない。耳を澄ますが何の音もしない。
ゆっくりと石の扉を開けた。
開けた先も真っ暗だった。地下の食糧庫なので明かりが無い。人の気配も感じられず、小さな扉をくぐり、手持ちの灯りで食糧庫内を照らした。やはり人が隠れている様子も無い。
ふと、地上へ繋がる階段の手前に何かが落ちているのに気が付いた。近付いてみると皮袋だと分かった。水汲みに使用していたのか濡れていた。
後から石の扉をくぐって来た大公様に視線をやると、瞬時に状況を把握したのか厳しい顔付きになり、空気がピリッとした。
「フェルは、見つかり捕らえられた可能性があるな」
☆おまけ
秘密の通路はランに伝えるまでは大公とクラウディアしか知りませんでした。なのでクラウディアが人知れず準備をしました。欲しいものだけを使用人に伝えて、通路の出入り口付近に置いておくようお願いをして、可能な限り人を遠ざけてから運び込みました。使用人や護衛達に疑問に思われてた事でしょう。
夫であるフィンにも伝えなかったのは、亡くなった両親から「大公家しか知らない」と伝えられていたから、それを律儀に守ったのだと思います。
ランに伝えたのは、大公と相談した結果でした。
ランに伝える役がクラウディアだったのは、大公とランは二人っきりで会話する事が無いからです。必ずヘラや護衛が付いていました。でもクラウディアなら「女同士で話したい」と言えば人払いしても疑われたり変に思われたり詮索もされないと思ったからです。




