38.物分かりが良い
大公城の一部が炎上したが大公城からは何もお触れが無かった。そして城下町にある騎士団の詰所は傍から見ても何かあったのだと察する位にいつもとは様相が違い慌ただしさがあった。それから数日が経ち物々しい雰囲気で王都軍が城下町に到着した。
それらに町民が不安に思うのも仕方が無い事だった。
昔、大公城に来たばかりの頃、初めての乗馬の授業で馬が暴走した為にこの城下町にある騎士団の詰所に来た。それ以降私が大公城から出た事は無かったので、この騎士団の詰所にもあの日以来二度目だ。
現在その騎士団の詰所は王都軍と大公領の銀狼騎士団による連合軍の指揮所として使われており、多くの騎士が出入りをしている。王都軍は数も多く、城下町の周辺に野営地を作っており、アードルフ王子殿下は宿屋に宿泊している。同様に私も同じ宿屋に宿泊する事になった。勿論グレードは断然私が下だけれど。同じ宿屋は断りたかったのが本音だが、警備上の問題から同じ宿屋の方が都合が良く、詰所に寝泊まりはあり得ないとも言われてしまい、そう大公に決められてしまった。大公に言われてしまえばノーとは言えなかった。
私の護衛であるノアも詰所で打ち合わせやら情報収集やらある為、護衛対象の私はそばに居なくてはならないので私も一緒に詰所に来ていた。
今後の詳しい作戦会議には私は参加出来ない。というか、危険な事に巻き込まない為とか、母や弟達の事で気を揉ませて心配を掛けない為とか、色々と気を遣ってくれているのだとも思う。
私はノアから少し離れて、いつか座った時と同じ場所に座っていた。ノアと離れてと言っても目の届くところだ。ノアは他の知り合いと思われる騎士と何事か会話をしている。騎士団の正騎士の中でノアはかなり若い方だ。ノアは通常よりも早くに正騎士に叙任されたから。だからもしかしたらノアと会話しているのは従騎士かもしれない。よく見れば制服も少し違うし、正騎士に比べると線も細く幼さを感じる。
ノアも気安く話が出来る人と会えて良かったと思う。エミルや父親と会えて、大公ともこうして合流出来て安堵はあっただろうが、友人とではまた違うのではないだろうか。大公城の西の塔が炎上して、それから始まった逃亡生活は私だけでなくノアにも過酷だったのだと思う。私を守らなければと思えばこそ、使命感から気が張っていただろうから。
ノアから視線を窓の外に移すと、城下町の様子が見える。昔見た時は人の往来が多く活気があった。でも今は町民の姿は疎らだ。あちこちで警備兵が目を光らせていて、町民も外出を控えているのかもしれない。中には危険を察して城下町から別の地域へ避難して行く人もいるのだとか。
立派な大公城の城下町なだけあり、城下町の中央は頑丈な塀で囲まれている。門を閉じてしまえば強固な要塞と化す。
大公領が小国だった頃は攻め込まれる事が多く、自然と塀が高く積み上がっていったそうだ。王国に併合されてから次第に攻め込まれる事も減り、特に辺境部の防御層を強化する事により城下町まで侵入される事は無くなった。平和になるにつれ人口も増え、塀の周囲にも建物が建つようになった。
「窓の外に面白いもんでもあるのか?」
突然声を掛けられた事に驚いて振り向いてみれば、予想通りの人が立っていた。
「突然レディの後ろに立つなんて失礼じゃない?」
「お。だいぶ通常運転に戻って来たな」
「通常運転って何よ」
「その食い付き方とか」
「本当に失礼ね」
揶揄われた事にムッとしているのに、エミルは反対にニヤッと笑った。
「ここんとこ話し掛けるとまともに目も合わせてくれないし、顔は真っ赤になるし」
誰のせいだ。
そう言われてまた顔が熱くなる気配があったけれど、ふいっと顔を窓の外に向けて見られないようにした。でも結局“目も合わせてくれない”というそのままの状況になってしまった事に気がついて、溜め息が出てしまった。
「こんなところに居ていいの?」
目も合わせないのは避けている様な気がして、罪滅ぼしに似た気持ちで話し掛けた。
「大方固まったからな」
「……そう」
「詳しくは言えないけど」
「当たり前じゃない。分かっているわ」
「相変わらず物分かりが良いな」
「大公城に来てからそうやって過ごして来たから」
「そうだったな」
母や大公に迷惑を掛けないように与えられるがままその中で努力して来た。それが物分かりが良いと言うのならそうなのだろうが、決して我慢して来た訳では無い。
物分かりが良いと同時に身に着けてしまうのが察しの良さだ。エミルは大公の側近なだけあり忙しい身だ。この様な非常事態であれば尚更常に大公のそばに控えるか、もしくは大公の命で動いているかだろう。それなのに私の所にやって来たのは、大事の前だからなのだと思う。
そこまで察して目を逸らしたままは良くないとエミルに向き合った。私が目を合わせた事におっとした表情だけ見せ、誂う言葉は出てこなかった。
「秘密の通路、団長は存在は知っていたけどどこにあるのかまでは知らなかったらしいぞ」
「うん」
「それだけ特別な大公家の秘密だったみたいだな」
「それに私達は助けられたのね」
「大公家の後継者を助ける為だろうな」
フェルとマティの為なのだろう。二人は後継者だがまだ幼く伝えても理解出来ないだろうし、秘密にするのも難しい。そこで保護者にあたる母か私に伝える事にし、通路が私の部屋にあったから私に伝えられたのだ。クラウディア様が私に伝える時にそう話していたのを思い出した。
改めてエミルの顔を見た。すっかり大人になっていた。こういうのを精悍さが増したと言うのかもしれない。数年振りに会った訳でも無いのに今になって気付くのも、それだけ私が鈍感だからだろうか。それとも身近に居る為に変化に気付きにくく、改まってエミルと向き合ったお陰で気がつけたのだろうか。それだけ私が今、エミルを意識して見ていると言う事なのかもしれない。
変わった様に見えるエミルの顔も、瞳は変わらずブルーとグレーの中間色が綺麗だ。そしてまつ毛が長い。そんな綺麗な目に吸い寄せられる様に手を伸ばし、エミルの目の下の隈に触れた。まともに寝られていないのだろう。
「気をつけて」
どんなに物分かりが良くて、どんなに察しが良くても、私は気の利いた事が何も言えない。そんな自分が少し嫌になる。
エミルは私の手を握り、そのまま自分の頬に当てた。これまで見た事が無い表情から何を言おうとしているのか読み取れ無いけれど、その仕草が何だか甘えている様で胸がきゅっとなった。
「ロッテベルク領の兵は王都軍が来た事によって進軍出来ずに大公城とロッテベルク領の間にある森に身を隠している。自領に撤退するのか大公城を攻めるのか様子見をしているのだと思う。今後どう動くか分からないからくれぐれも気をつけて城下町の塀から出ない様に」
エミルの早口の小声に小さく頷いた。なるべく不安な顔は見せない様にした私を見て笑みを見せ、握っていた私の手を離すといつもの様に私の頭をグシャグシャと撫でた。
グシャグシャにされた事にいつもなら文句も言えるのに、私の口は開かなかった。
エミルも何も言わずに離れた。エミルの背を目で追い掛けたくない気分だった。一連の出来事を遠目で見ていただろうノアとも視線を合わせたくなくて、また私は窓の外を見た。
☆おまけ
〜その後のはなし〜
「窓の外に面白いもんでもあるのか?」
ランはその言葉にムッとした。
「レディの会話を盗み聞くなんて失礼じゃない?」
「盗み聞いたんじゃなくて聞こえたんだよ」
どこまで聞こえていたのか知らないけれど、護衛がついているのは心強く有り難い事でもプライバシーが無くなるのは困りものだ。
「最後チューするかと思ったのに残念」
「何が残念なのよ!」
護衛に見られる事よりも、エミルの弟であるこやつに見られる事が嫌だっ!




