37.王都軍と火災の夜の事
「久し振りだな」
話には聞いていたから分かっていた事だけれど、この何を考えているか分からないニヤッとした笑みを再び見る事になろうとは思わなかった。
「アードルフ王子殿下にご挨拶申し上げます」
「堅いな〜。我とランの仲じゃないか。気楽に話せ」
いや、無理ですよ。
アードルフ第二王子がヴァイエルン大公領へ来たのが昨年の春。おおよそ二年前だ。王子様は相変わらずの軽口やどこか気怠げで覇気を感じない雰囲気はそのままでも、背が伸び顔つきも大人びてきた。この位の年代の男子の成長はこんなにも急なのかと目を見張るものがあった。
今回大公城に派遣された王都軍を率いているのがまさにこのアードルフ第二王子だ。
初めに聞いた時、さすがに若すぎないだろうかと思った。隣国の動きと連動させて反逆を起こした大公夫人に対して、大公家だけでなく国への反逆であると判断し王族が軍を率いて鎮圧に向かうのは分かるのだが、それを十三、四歳の王子に任せるのはどうなんだと。
しかし話を聞けば、そもそも大公城炎上がヴィゲリヒ家の仕業であるとの知らせを持って来たのがこのアードルフ第二王子だったのだ。
大公の元に隣国侵攻の知らせが届き、急ぎ大公が国王に大公領に戻る旨を伝えに行った際に謁見場にアードルフ第二王子が現れ、経緯を報告されたらしい。そのアードルフ第二王子もまた、ドロテーアから報告を受けたとの事だった。
ドロテーアは大公一行と共に王都に着くと、単身ヴィゲリヒ家の邸宅へ向かい、祖父である伯爵へ挨拶をしたが、伯爵はドロテーアを大公邸へ帰さなかった。それどころか邸から出る事を禁止し、ドロテーアはアードルフ第二王子に招かれていたのに出掛けられず、伯爵に登城の許可を直訴したらしい。しかしそこでドロテーアは伯爵から「大公が隣国侵攻によって死に愛人の生んだ子どもも火事で死ねば、お前が大公家の正式な後継者になる」と言われた。さらに「お前は隣国侵攻の救世主となるロッテベルク領の我が息子の子どもと婚姻を結ぶ。だから役に立たない第二王子との婚約は白紙だ」とも。
おそらくドロテーアも様々な葛藤があったのだろう。それでも伯爵が外出した隙を狙って邸を抜け出した。王都のヴィゲリヒ家の邸を訪れた事は数回だった為に、使用人の中にはドロテーアの顔を知らない者が多かったのが幸いした。もしかしたら伯爵もドロテーアがその様に抜け出すとは思いもしなかったのかもしれない。
邸を抜け出したものの、王都の地理は分からないドロテーアが頼って向かったのは、王都で一番大きくて目立つ王城、アードルフ第二王子の所だった。もともとアードルフ第二王子から招かれていた事もあり、アードルフ第二王子との謁見が叶い、ヴィゲリヒ家の企みを伝える事が出来たのだ。
それがちょうど大公が王城に来ていた時で、アードルフ第二王子が直ぐに謁見場に向かいドロテーアから聞いた話を報告した。その際にアードルフ第二王子自ら王都軍を率いると申し出たそうだ。しかし実際は大将の位置に就くのみで指揮は王都騎士団の団長だ。王家の一員であるアードルフ第二王子が参戦する事で、敵対すれば国家反逆と見做すとヴィゲリヒ家や大公夫人に対しての牽制を込めていた。
そのせいか今、大公夫人は攻撃を仕掛けてくる事も無ければ、隣国らしき者との接触もせずに大公城に籠城をしているのだ。
「堀に架かる跳ね橋が上げられたまま、一度も橋が架けられた事が無い。城からは王都軍が包囲しているのが見えている筈だが、こちらからの要求を無視して聞こえないフリでもしている様だ。勿論向こうからの要求も無い」
「では城内の様子は何も?」
「何も、だな。炎上したとされる西の塔が黒くなっているのが見えるくらいか。城内に残されている者は大まかには把握出来たが、その誰がどちらの派閥かまでは分からず、その安否も不明だ」
アードルフ第二王子と大公との会話を聞きながら私の場違い感を感じていた。本来なら騎士でもない私が聞いて良い会話では無いだろうが、母や弟達の安否を心配する私に気遣ってこの場に居る事を許してくれているのだろう。
「城内には備蓄食糧があるので籠城はまだまだ可能だろう」
「城下町の騎士団の詰所で集めた情報では、火災時に城内警備にあたっていた騎士は一人も戻って来ていない様です。町からも西の塔が燃えている様子が確認され、詰所からも消火の助けに向おうとした所で堀に架かる全ての跳ね橋が上げられてしまい、それ以降の入城が出来なくなったとの話でした」
「その夜の警備班は?」
「第一師団は王都に行っていたので第二師団が城内警備にあたっており、師団長を含む第一班が夜間警備をしていた様です」
「第二師団か……。そう簡単にヴィゲリヒ家の騎士にやられる者達では無いし若い従騎士ならまだしも師団長なら洗脳される事も無いだろうから、逃げて来られない様子からクラウディアかヘラや息子達を人質に取られ脅されているか捕らえられた可能性があるな」
王都軍と共に大公城へ向かった騎士団長のフィンは、報告をしながら手を強く握り締めていた。クラウディア様の安否も分からず、籠城が続き何も進展しない状況がもどかしいのだろう。
「もともと大公領は小国だった。その為城は堅固で落とされにくい構造になっているのが災いしたな」
大公が苦い顔をし、大きく息を吐いた。
「我が姿を見せても反応は無かった。まあ、見ていたかどうかも怪しいが。大公はこれをどう打開する?」
「……大公家には、大公城から城外へと続く抜け道があります。私達は秘密の通路と呼んでいます」
「秘密の通路?」
「大公家の者しか知りません。これまで私とクラウディアしか知りませんでした。カサンドラにも伝えていません。しかし情勢を鑑みたクラウディアがランにだけ教えました。実際あの夜にランはヘラや息子達を連れて燃える西の塔からクラウディアの住む北の別棟へと避難しています。だが別棟でヴィゲリヒ家の騎士に見つかりランとノアの二人が大公城から抜け出せました」
大公の話から私の名が出て、皆の視線が私に集まりドキリとした。皆一様に驚いた様な表情を見せた。警備をする騎士団の皆が知らない事を唯一知らされたのが私で、余計にドキドキした。騎士団内に大公夫人の手の者が紛れている可能性を考えたら知らせるわけにはいかなかったか、またはそれだけこれまでの事から私の命の危険を予感されていたと言う事だろう。
しかしドロテーアが伯爵から聞いた話では、今回命を狙われたのは母と弟達だった。
「その後その秘密の通路がカサンドラに見つかってしまったかどうかは分かりませんが、橋が渡れない以上秘密の通路を使う他ありません」
「分かった。ではそれで計画を立てよう」
☆おまけ
秘密の通路について
世界の城の間取りや写真を漁っている時に、攻め込まれた時に隠れられる地下の部屋の画像を見て、今回の話を思いつきました。
話の中の秘密の通路は、公国時代の名残の為、平和になり使用する機会が無くなると、騎士も使用人も知っている者が次第にいなくなり、大公家が伝承するのみになりました。そして大公のみが使用していたので掃除は勿論、維持管理する者が居ない為に全く整備がされていません。
私は、そんなネズミやら蛇やら蜘蛛やら何やらが出てきそうな地下通路は怖くて行けませんが、冬なので皆冬眠しているだろうと思って描写しませんでした。でも、ねずみや蜘蛛の巣はいっぱいあったかもしれません。
いや〜(。゜(゜´Д`゜)゜。




