35.防御壁での再会
「大公様はグラッツィ領にいるの?」
私達はノアと合流すると雑木林を出て馬に乗り、直ぐに走り出して集落を後にした。日が昇るこの時間帯は特に冷え込みが厳しく、風を切って走るのは辛くもあったが、周囲に誰も見当たらず見つかる心配が無いのが有り難かった。
「正確にはグラッツィ領の端の防御壁な。防御壁には見張り塔がいくつかあって、その中の一番大きな指令塔で親父と共に兵の指揮を執っている」
「王都から直接グラッツィ領に?」
「そうだ」
「じゃあ、大公城は?大公夫人の反逆は……」
「王都にいる俺達の元に最初に報告があったのが隣国の侵攻だった。そして大公領に戻る準備中に大公城が炎上したとの知らせが入った。だから大公城と辺境部への二手に分かれて戻る事にしたのだが、国王から待ったがかかった」
「どうして……?」
「当初大公城の炎上は隣国の仕業だと思っていたが、大公夫人が関係していると知らされた。そこで王都軍を手配してくださったんだ。その王都軍が大公城へ、そして俺達は辺境部へと向かったんだ」
王都軍が出てきたと言う事は、もはや大公家内の騒動では無く、国家反逆を意味するのではないだろうか。それは大公夫人が隣国と内通しているのだと疑惑どころでは無く確信を持たれたからだろう。
「そして侵攻は隣国だけでは無かった」
「どういう事?」
「隣領であるロッテベルク領の軍までもが侵攻していた」
「何で……!」
ロッテベルク領は大公夫人の兄が婿入りした所だ。十五年前の隣国の侵攻時に支援してくれたのではなかったか。
馬を駆けながら唖然としてしまい、振り落とされそうになった。足手まといにならない様に馬を走らせる事に集中したいのに、衝撃で思考に引っ張られ集中が切れてしまう。
「さっきまで居た地域はロッテベルク領の軍に侵攻されたんだ」
「そんな……他領とは言え自国の軍に……」
「もともとは豪族で常に侵略の危機にあったから防衛に関して高い意識はあったが、大公領の支配下に下ってからは侵略される事も無くなり、十五年前の隣国侵攻の際ロッテベルク領の支援があった事もあり、ロッテベルク領側への油断があったのかもしれない」
「じゃあ、住んでいた人達は……?」
「幸いロッテベルク領との間には渓谷があるから集落まで進軍するのに時間がかかる。なので侵攻に気がついて直ぐに避難をしたので多くの人の命は助かった。兵達はグラッツィ領の軍に合流し、その他は他地域へと逃れたらしい。まあ、全ての人が助かったとは言えないが。当然身体が弱く動けない者も居たらしいから」
それでは私達が見た血痕は、逃げられなかった人のものかもしれない。それか遺体が無かったから遅れた避難民を助ける為にロッテベルク領の兵と打ち合った際のものかもしれない。
「……どうなるの?この先」
大公夫人が起こしたのが大公の愛人の暗殺だけでは無いのだと知った。隣国とロッテベルク領の侵攻までもが同時に行われたのは偶然では無い筈だ。王都軍の加勢があるにしても、兵の数は多くは無い。自国軍の裏切りがある中で太刀打ちできるのだろうか。
「心配するな」
エミルは動ずる事無く私に笑顔を見せた。私はこんなにも不安なのに。
「大公様は十五年間、兵の鍛錬をされてきた。先代の頃よりも強い銀狼騎士団を目指してきたんだ」
その自信はその銀狼騎士団に自身が身を置いているからだろうか。ノアも動じている様子が無かった。
私達は一日馬を走らせ、夕暮れ前には防御壁に着いた。防御壁は端が見えない程長く連なり、多くの兵の姿があった。
一際大きな建物の所まで行くと、エミルが「ここが指令塔だ」と教えてくれた。私達が暮らしていた大公城の塔よりも大きく、あちこちに監視警備をしている見覚えのある鎧を纏った兵の姿が見られた。
「ラン!」
その指令塔から鎧を身に纏った大公が飛び出して来た。そして馬から降りた私を抱き締めた。
「無事で、良かった」
冷たく硬い鎧に押し潰される様に抱き締められて苦しいのに、こんなにも心配されていたのだと思うと嬉しい気持ちと、私だけ逃げて来て申し訳無い気持ちがまぜこぜになり、感情が一気に昂ってしまった。
「大公様……!申し訳ありませんっ!私だけ逃げて……本来なら私が母や大公子達の盾にならなければならなかったのに……」
今こうして大公に抱き締められているべきなのは、私ではなく母や弟達だ。私は大公とは血の繋がりもないのだから。
大公は謝る私の頭を優しくポンポンと叩いた。
「ランが無事で良かった」
大公はそれから何度も頭を叩いて、私を落ち着かせてくれている様だった。そして「中に入ろう」と私を塔の中へと促した。
大公はノアにも「ご苦労だったな。ランを守ってくれてありがとう」と労った。ノアは返事をしながら少し涙ぐんでいる様に見えた。
「エミルがなかなか戻らないからランに何かあったのではと心配していた」
私が通された部屋には暖炉に火がつけられており、温かくてホッとした。ずっと野宿で緊張していたのか、全身が緩むのを感じた。
広い部屋の中央には大きなテーブルが置かれ、地図が広げられていた。おそらくここで戦略等を話し合うのだろう。
「渓谷の方まで偵察に行って、その後集落の外れで二人を見つけました」
「ロッテベルク領の兵は?」
「一小隊程が残っていました。おそらく本隊は大公城の方へと進軍しているのではないかと。残った兵士は退路を確保しつつ集落で金目の物を物色していたものと思われます」
「本隊が居る時にランとノアが到着しなくて良かったな」
大公とエミルの会話を聞きながら、騎士団の方から差し出されたカップを受け取った。中にはお湯が入っており、飲むと熱かったのでカップを両手で包んで手を温めた。
ノアは私達に何があったのかを大公に報告した。聞きながら思い出すのが怖い様な、数日間の事なのに長い日々だった様にも感じた。
エミルは私達を探しにあの集落まで来たらしい。グラッツィ領になかなか来ないので戦場を避けたのではと推測をしたのだ。
話をしていると部屋の扉をノックされ、鎧姿の壮年を過ぎた位の男性が入って来た。
「いやぁ!これはこれは!可愛らしいお嬢さんで!」
入るなり一瞬大公に目配せしたかと思えば直ぐに私に視線を移すと、満面の笑みで私に近付いて来た。その無遠慮さに若干の既視感を覚えつつ動けずに瞬きをすると、「おい、こら」とノアの突っ込む声が横から聞こえた。
「先ずは息子の無事と再会を喜べって」
「すまん、すまん。我が家は女性優先だからな、やっぱり先ずは可愛らしいこのお嬢さんから」
ノアの“息子”と言う単語でこの男性がエミルとノアの父親なのだと判明した。つまりこの方が鎧を身に着けてはいるが貴族であると分かるやいなや、手に持っていたカップを置くと慌てて礼をした。
「お初にお目にかかります、グラッツィ男爵様」
「これはこれは綺麗な礼で」
ニコニコと優しげな笑みを見せ、あまりやり慣れていない私の礼を褒めてくれた。
「残念ながら私はまだグラッツィ男爵ではなくてね」
「えっ?」と声が出そうになったが堪えて、でも不躾に視線を投げつけてしまった。それでも変わらずニコニコと私を見ていた。
「私の父がまだ健在でね。今もこの戦場にいる位元気で、男爵位は私の父にある。剣を振るうのが好きな為に社交に関しては私が担っているから、私が男爵位を既に継いだと思っている人が多いけど。私は次期男爵と言ったところかな」
エミルが騎士の家系である事は知っていたが、祖父が現役の騎士だとは知らなかった。……年齢いくつだろう……。剣を振り回すおじいちゃんを想像してしまった。
驚きながらも間違えてしまった事に謝罪の言葉を言う私の肩を優しくポンポンと叩いた。
「いやぁ、会ってみたかったんだよ。エミルが惚れた子に!聞けば凄く可愛らしいって話だったから」
この次期男爵の直球の言葉に一瞬にして顔が熱くなった。そして何も言えず俯いてしまった。恥ずかしかったのだ。
そんな私の反応が不自然だったのか、大公が座っていた椅子から腰を浮かして「おい!」と言った。その声に反応して大公を見れば、鋭い目をしながらもどこか間抜けにも見える表情をしていた。
「何があった?」
「まあ、一晩二人でいましたからね」
「ノアは何をしていた」
「気を遣って見張り番ですよ」
「おい」
大公とノアの会話にいつもみたいに「何も無い!」と言いたいのに声が出なかった。その代わりにエミルが「何もしていません」としれっと真顔で答えていた。
☆おまけ
ヘラと息子達が心配でも大公としての行動もすべきと自身を律して多くの事を考えているルートヴィヒ大公ですが、ランに対して保護者の様に思い大切にしている為にランがいつもと違い照れた反応を見せたので、それを見過ごせませんでした。
基本的には見守るタイプですが、こんな時だからこそ敏感になっており、さらにこんな時だからこそ手を出していたのなら、こんな時じゃなければ手を出して良いのかと言う訳ではないけれど、それは段階を踏んで、段階?…と、感情がごちゃ混ぜになった事でしょう。
フリッツ、頑張って。




