表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大公の愛人の娘  作者: 知香
第三部
34/41

34.朝がきた

 体の痛みを感じて眠りから覚めてきた。反射的に姿勢を変えようとしたけれど体が思う様に動かなくて、ぼんやりとした頭が少しずつはっきりとしてきた。


 ああ、寝てたんだ。と、まだ眠たく落ちてしまう瞼が僅かな光を拾い、目を開けた。


 この逃亡劇が始まってから野宿の日々で、一人寝袋に包まって寝ていた。だけれど今日はいつもの相棒の寝袋では無かった。体は大きな外套に包まれて、人の温もりを感じるけれど、ホールドされていて体を動かす事が出来なかった。


 ああ、昨日エミルと会えたんだ。と、月明かりの陰にはなっているがエミルの眠っている顔が目の前にあるのが見えた。

 エミルと会ってからの記憶が殆ど無い。つまり私はずっと眠っていたのだろう。月が西に見える。今の時期に西に見えるのならもうすぐ夜が明ける筈だ。相当な時間寝ていたらしい。


 手はエミルと繋がれていた。

 朧気に我が儘を言った記憶があった。何故あんな子どもの様な我が儘を言ったのか。不安定になっていたとは言えこれでは十四歳の頃と何も変わっていないではないか。大人になったのだと見せたかったのに。

 その反面、約束を守ってくれている事に嬉しさも感じていた。何処にも行かずにここに居て手を握ってくれている。


 今だけは甘えていたいと思った。だからエミルの首元にすり寄った。夜が明けるまではこうして温かな腕の中にいたかった。


「起きたのか?」


 声に反応して顔を上げると視線が合った。


「……ごめん。起こしちゃった?」


 私がすり寄ったせいで起こしてしまったかもしれない。つまりすり寄ったのがバレてしまったかもしれないと思うと、恥ずかしさや気不味さもあってエミルに凭れ掛かっていた体をそっと起こした。

 けれど離れた体は直ぐに抱き寄せられた。


「まだこのままでいろ。離れたら寒いだろ」


 私は寒さを忘れる位に頬が熱くなっていくのを感じた。結局すり寄った時の姿勢に戻ってしまい、鼓動のざわめきが伝わってしまいそうだった。


 その時冷たいものが額に当たった。思い違いでなければ唇ではないだろうか。ひんやりとしたそれは火照った顔のせいで余計に冷たく感じた。顔を上げるとエミルが私の顔を見ていて思い違いでは無いと分かった。

 

「無事で良かった」


 気のせいでなければエミルの目は優しさと心配と熱がこもっている様に感じた。


「……いつも、そんな思わせぶりな事ばかり」

「どういう事だ?」


 どうして分からないのか。私に言わせるつもりなのか。


「冗談を言って誂って、思わせぶりな態度。勘違いしてしまうわ」

「何を勘違いする?」


 何って、言ったらもう勘違いしていると認めている様なものではないか。鈍感なのか言わせようと意地悪をしているのか。


「大事な言葉は何一つ無くて、遠回しで。エミルが何を考えているのか、私には分からない」

「じゃあランは大事な言葉を逃げずに聞くか?」


 その質問の仕方は察している証しだ。やっぱり意地悪だった。


「……それは分からない」


 少し仕返しをした。だって、“逃げずに聞く”と言ったら“待っている”と言っている様なものではないか。


「……剣闘大会で優勝したら言うつもりだった」


 エミルの言葉に驚いて顔を見ると、恥ずかしげにしながらもじっと私を見つめていた。


「なのに怪我で途中棄権。カッコ悪いな、俺」

「格好悪くなんて無いよ」

「ラン相手だと、何故かままならない」

「何故?」

「何故だと思う?」


 質問に質問で返すなんて、やっぱり意地悪だ。


 何も答えられなくなってしまった私の額に再び唇を当てた。そして笑った。

 月明かりの陰で見えない筈のエミルの表情が笑っていると読み取れる位に、気がつけば辺りが明るくなり始めていた。エミルの額に残る剣闘大会での傷跡も見えた。

 朝がきたのだ。


「そろそろ日が昇るな。ノアのところへ行って話をしようか」


 そう言えばノアが居ない。そんな事に今気がついた。まさかずっと斬り伏せた兵士を片付けている訳では無いだろう。きっと私達に気を遣って離れた所にいるに違いない。私をエミルの女だと言っていた位にいつも茶化すから。

 私はエミルの女では無い。これまでお互いに近しい存在であると思ってはいただろうけれど、私達の間に想いを伝え合うだとか色恋のアレコレだとかそういった事は全く無かった。

 でもさすがにさっきのエミルの態度で私も察した。明確な言葉では無かったけれど、あれで分からない程鈍感でも無い。


 おでこが熱い。

 二度もされれば思い違いでも偶然当たったでも無く、本人の意思なのだろうと分かる。

 不思議な事に感触が残っている。もう触れてはいないのに。


「行くぞ」


 先に洞窟から出たエミルが、私に向かって手を伸ばした。そのエミルの向こうの空は東雲色をしており、朝日の光が深い青色に浮かぶ雲をも同じ色に染めていた。 


 美しさに手を伸ばすとエミルに体を引っ張られ洞窟から出た。ずっと同じ姿勢でいたせいか体が痛くて二人して伸びをした。それが面白かったのかエミルは私と顔を合わせると柔らかく笑った。私もそれにつられて笑っている事に気がつくと、笑ったのなんていつぶりだろうかと思った。



☆おまけ


 エミルさん、実は剣闘大会の前に大公にお許しをもらいに行ってました。律儀です。でも棄権しちゃったから叶わず、大公はやきもきしたでしょうね。いや、意外とホッとしたかな?そんな感情も含めてやきもきしたかもしれません。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ