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大公の愛人の娘  作者: 知香
第三部
31/46

31.逃亡生活

 大公城を出て月明かりの中馬が疲れるまで走り続け、追っ手がいないのを確認して途中野宿をした。そして朝を迎えると、近くの町で服と食料を買った。私は寝間着姿で馬に乗り難い上に、裾を破っていたのでさすがに寒く、ノアは騎士服で騎士の多い城下町以外では目立ってしまう格好なので、二人とも着替えた。

 クラウディア様は馬に寝袋とお金を載せてくれていた。でも今後の逃亡の見通しが立たない為、お金は節約しなければならず、宿屋には泊まらずに今後も野宿する事になった。それに宿屋に泊まると私達の情報が漏れて追跡される可能性もあるとノアが言ったからだ。

 母は私だけなら執拗に追われないと言ったが、一応警戒は必要だからと素性を隠して一つの町に長居はせずに、用が終わると直ぐに町を発った。



「何処に行くの?」


 街道から少し逸れた川辺で馬に水を飲ませ休憩している時に、ノアに尋ねた。


「実家に行ってみようかと思っている」

「実家って……ノアの?私の?」

「俺のだよ。ランの住んでた家は大公夫人も調べがついているだろうから危険だろうな」


 そうかもしれない。大公城を出る時、顔は見られなかったとは思うが、塔の焼け跡から私の遺体が出てこなければ逃亡したのが私だと分かってしまうだろう。それに母があの後見つかる事無く秘密の通路を利用して大公城から逃げられたのなら、母や私の逃亡先として昔の家に探しに来てもおかしくはない。


「グラッツィ家は辺境にあるから大公城からも離れている。一先ず実家に身を置いて情報を得るのが良いだろう。大公様と連絡も取れると思うしな」


 私はぎゅっと外套の合わせ目を握った。


 大公は大公夫人の起こしたこの件をどう思うだろうか。誰によってどの様に伝わるかにもよるだろうが、お怒りになるかもしれない。ショックを受けるかもしれない。悲しく思うかもしれない。

 私だけこうして逃げて助かってしまった。本来なら大公子であるフェルとマティを優先して逃がすべきだった。それと愛人であり大公子の母親である母も。執拗に追われない私だけ助かってどうなるというのか。

 いや、塔を燃やしたのに生存者がいれば都合が悪く、ましてや私はあの時、大公夫人と目が合って消火活動をしていないのを目撃している。私が生きていると事実を証言され事故に見せかけられないので始末したいと考えていてもおかしくはない。そう考えれば執拗に追われない保証は無い。

 それでも優先順位はけっして私が一番では無い。それだけは分かる。私が逃げたところで大公家の利にはならない。私は所詮ただの愛人の連れ子なのだから。


 ノアはポンッと私の頭の上に手を置いた。何も言わなかったけれど、何も話さず黙り込んだ私を慰める思いがあったのかもしれない。

 何となくエミルの手を思い出した。いつも私の頭をグシャグシャと撫で私の髪をボサボサにする。そうやってふざけて私の気を紛らわせてくれていた。あれがエミルなりの優しさだったのだ。



 休憩が終わるとまた馬を走らせた。グラッツィ家まではまだ三、四日かかるらしい。乗馬を習っていたとはいえいつもの大人しい馬とは違う慣れない大きな馬だし、長距離を走った事は無いので走り通しは出来なかった。私が足手まといになってしまっていた。

 それに夜寝られずに体力を回復出来ないのも遅い原因だった。昼間の休憩でノアに言われて仮眠を取らせて貰っても、直ぐに起きてしまっていた。駄目なのだ。目を瞑ると、あの夜に塔の窓から見た炎や大公夫人の姿が浮かんできてしまうのだ。それだけでなく、母を置いて暗闇の中を走った光景を思い出してしまうのだ。


 野宿をして朝が来て、眠気が取れないまま馬を走らせ近くの町に食料を得る為に寄った。食堂で温かいスープを飲むと、冷えた体が温まり、少しほっと出来た。冬の時期の野宿はかなりキツかった。雪が降るほど本格的な冬で無いのがせめてもの救いかもしれない。



「なあ、聞いたか?隣国が侵攻してきたらしいぞ」


 私達が食事しているすぐ後ろの席でそんな会話が聞こえて来た。思わずノアと顔を見合わせた。


「何年ぶりだ?」

「農民が大勢参加して死んじまった時以来だから十五年ぶりか」

「やだねぇ」

「あん時は大公様も若かったから死んだ者が多かったが、今は銀狼騎士団の評判も良いからすぐ片が付くだろ」

「いや、でも年末の今大公様は大公領を離れて王都にいる頃だろ」

「じゃあ誰が戦の指揮をとるんだ?」


 そんな会話に混じる為かノアが「なあ、おっちゃん」と後ろの席の人達に話し掛けた。


「今回どの地域から侵攻されたのか知ってるか?」

「あ?ああ、いつものグラッツィ男爵家のとこだよ」


 ヴァイエルン大公領の隣国と接している地域は限定されている。だから隣国が侵攻してきたと聞いてもしかしたらと予感はしていた。それでもはっきりとそう聞いてしまうと、心臓が急に早鐘を打ち出した。


「隣国の兵の数とかは?」

「何だ、坊主。心配か?安心しな。この町まで敵兵が侵攻して来た事は無いから、銀狼騎士団に任せておけ」


 この男性は坊主と呼んだノアがその銀狼騎士団の一員だとは思いもしなかっただろう。そしてその銀狼騎士団の一部も大公と共に王都へと行っており、残りの騎士団も大公夫人の企みによってどうなっているか分からない。



 ノアと食堂を出て、人気の無い町のはずれに来た。街道へと続く道の街路樹は紅葉した葉が落ちて絨毯を作っていた。私達のサクサクという乾いた葉を踏む音だけが鳴っていた。


「実家に行くのは危険かもしれないな」


 グラッツィ家は今現在隣国の侵攻に遭い、戦場となっている。


「大公夫人の件と隣国の侵攻が重なるなんてどう考えてもおかしい。裏があるとしか思えない」

「……大公夫人と隣国が繋がっているの?」

「可能性はあるだろう。もしそうならランを連れて行くべきでは無い」

「じゃあ、どうするの?私達……」

「姉が嫁いだ義兄のいる所に行こう」


 予想外の案を提示されて一瞬反応出来なかった。眠れていないせいで思考も鈍くなっているのかもしれない。


「お姉さんって、亡くなった?」

「ああ。グラッツィ家からそう遠くないが辺境部よりかは内部だし、他領との間には深い森があり要塞化されているから攻め込まれた事が殆ど無く、比較的安全だ」

「詳しいのね」

「エミルに言われていたからな。万が一隣国が攻めて来て大公城に危険が及んだら避難場所として伝えられていた」


 エミルはそこまで考えてくれていたらしい。クラウディア様が隣国の動向を知っていた位だから、大公のそばにいるエミルが知らない訳が無いだろう。


 私達は行き先をグラッツィ家から変更する事になり、再び馬に乗って走り出した。



☆おまけ

町でノアが声を掛けたおっちゃん達


 私のイメージですが…


 一人はガタイの良い大工さん。50代のプロレスラー系のマッチョで頭にタオルを巻いている。情報通を気取っている気の良いおっちゃん。どんな料理にもチーズトッピングマシマシのチーズ好き。


 もう一人は靴屋のおっちゃん。職人気質で期日は必ず守る真面目さん。でも仕事優先で年下奥さんとの約束は守れず度々叱られて、家に帰ると奥さんのご機嫌取りで忙しい。


 …私の、イメージです。


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