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大公の愛人の娘  作者: 知香
第三部
29/39

29.グラッツィ家のきょうだい

 冷たく乾燥した風が吹くようになりすっかり冬の到来を感じ、部屋に居る時は暖炉の前に居ないと寒くて集中力も続かない。西の塔の冷え込み方は例年通りだった。夏が暑かったから冬もちょっとは暖かいかな、なんて期待したけれど、寧ろ冷え込む時期が少し早い気がした。


 そんな寒さでも元気なのが愛弟達とノアだった。可愛い手編みの帽子に手袋を着けて、冷たい風に舞う落ち葉を必死に追い掛けている。小さな渦を巻いた風が落ち葉を巻き上げ空に舞い、必死に飛んでキャッチしようとしている。そんなフェルの後を追い掛けるのがマティだ。砂や塵も巻き上げる風の中に飛び込むから、その内に「目が痛い」と目を擦りながらフェルが戻って来た。マティも頬を真っ赤にして鼻水を垂らしているので、外遊びをおしまいにして部屋で温かい飲み物を飲むように促した。

 ノアが「体が鈍るから」と、剣の稽古をする為に私も庭に残った。護衛の稽古の為に護衛対象がそれに付き合うとかおかしくないかと思ったが、まぁいいかと風が当たらずギリギリ日の当たるスポットを見つけてそこで稽古を見学する事にした。


 クラウディア様の住まいにお呼ばれされた際に、クラウディア様も同じ様に大公とフィンの剣の稽古を見学していたと話してくれた。ここで稽古をしたフィンは今や騎士団長だ。そう思えば縁起の良い場所かもしれないと思った。いつかノアも出世するかもしれない。そんな事を考えながらノアの剣の動きを目で追っていた。



 エミルが大公と共に王都へと向かい大公城を発ってから半月程が経った。もう王都には着いた頃だろうか。ここは辺境だから王都からは遠い。それにドロテーアもアードルフ第二王子に招かれている為に同行している。大公と騎士だけよりは時間も掛かっているだろう。

 しかし今回は大公夫人が同行しなかった。体調が優れず長旅に体が耐えられないだろうとの判断で残る事に決めたそうだ。最初にそう聞いた時は不安に思ったが、実際この半月大公夫人は部屋に籠りっきりで全く姿を見なかった。



「あちー!」


 一通り剣を振ってノアが私の所に休憩に来た。


「私は寒いわよ」

「ここ日が当たるじゃん」

「それでもそれなりに寒いわよ」

「ランも体を動かせば?」


 剣を振れと?

 残念ながら今日は乗馬の予定も無い。


「ノアは剣闘大会で立派な成績だったでしょ?」

「まあ、決勝までは行けなかったけど」

「それでも出場した騎士団員の中では順位的には三番じゃない」

「まあな」

「そんなに強いのに、私の護衛で良いのかしら」


 ノアが目をパチクリと大きく開けて私を見た。意外な言葉だった様だ。


「そんな事を気にしてんの?」

「だって、普通強い人は大公様の護衛になるでしょ?エミルもそうだったし。それに普通に考えたら優先順位では大公様の次は大公子や愛人の母じゃないかなって」


 ノアは冬の澄んだ空を仰いで何かを考え、うーんと唸った。


「まあ、別に口止めされてる訳じゃないから言うけど、俺をランの護衛に推薦したのはエミルなんだよ」

「え……」


 エミルにはそんな権限まであるのだろうか?


「俺は従騎士として騎士団長に付いていたのをランの護衛の為に周りの者より早く騎士に叙任されたんだ。それもこれまで実害を受けたのがランばかりだって話だったから。まあ、剣闘大会に出場したのは今年が初めてだったから、周囲も俺が予想外に強くて驚いたかもな」


 確かに母や愛弟達は直接的に何かをされた事は無い。でもそれは大公がそうさせない様に手を回しているからだとも思っていたが、違うのだろうか。


「他の人より早くに叙任されるなんて凄いのね」

「まあ、そうかもしんねぇけど、エミルには劣るかな。エミルは俺よりも早くに叙任されている」

「そうなの?」

「エミルも従騎士として騎士団長に付いていて、ラン達が城に来る事になった際にランの護衛にと、年の近いエミルを付ける為に騎士に叙任されたって聞いたけど。まあ、元々優秀だったらしいし」


 全然知らなかった。確かにエミルはまだ十六歳だったのに騎士として護衛してくれていた。騎士団では通常十八歳で騎士に叙任されると聞いた。つまりそれは大人ばかりの中で私が気詰まりしてしまわない様に、年の近いエミルと親しくなる事で少しでも安心出来る様にとの大公の配慮だったのだろう。だからエミルも私の事を常に気遣い、気に掛けてくれていた。そして今もだ。


「……優秀な兄弟なのね」

「まあ、グラッツィ家は大公領の辺境にあって隣国との国境警備をしているから、男は生まれた頃から騎士として育てられるんだ」

「お兄さん二人も強いの?」

「強いね。俺がこっちに騎士見習いで入るまで兄貴達に手習いしていたけれど、一度も勝てなかったな」

「四兄弟が騎士として強くあってご両親は誇りに思っているでしょうね」

「……きょうだいはもう二人いる」

「まあ、多産なのね」

「十二歳になる妹がいて、あと、姉がいた」


 ノアの言葉が過去形だったので、思わず疑問の言葉を飲み込んだ。


「エミルから聞いた事無かった?」

「無いわ。お兄さんが二人いるとしか知らなかったから、弟のノアがいる事も最近知った位なのよ」

「へぇ」


 青に薄い白が混ざった様な冬の乾燥した空は澄んでいて冷たそうに感じる。そんな空を見ながらノアが何を思っているのかは分からないけれど、私から話し出す気になれなくて、空を見上げるノアの横顔はエミルに似ていてやっぱり兄弟なんだなと思った。


「……姉はエミルの五歳上で俺の九歳上だった。男ばかりのきょうだいの中で勝気でしっかりしていて俺とエミルはよく面倒を見て貰っていた。そんな姉が十四歳の時に大公領内の元豪族の後継ぎに見初められ縁談の話がトントン拍子に決まって嫁いでいった。騎士の家系なだけあって姉も剣を振るっていたから嫁の貰い手が無いのではと心配した母が、このチャンスを逃すまいと積極的に縁談話を進めたんだ」


 十四歳という年齢に驚いた。けっして珍しい話では無いにしろ、自分の十四歳の頃を考えると随分早いなと思えた。私が大公城に来たのと同じ年齢なのだ。耳年増でもう男女の事は分かっているつもりだった頃だ。


「剣を振っていたのもあるかもしれないが姉は背が高くて体つきも良く実年齢以上に大人に見られていた。だから周囲もあまり若過ぎると思わず十四歳で結婚して直ぐに妊娠をして十五歳の時に出産をした。その出産時に命を落とした」


 私は話を聞きながら手を強く握っていた。寒かったのに今は体の奥が熱かった。


「赤子はどうにか命が助かったけれど、姉は助からなかったらしい。その報せを聞いた時、母は泣き崩れていたよ。当時俺は六歳とかだったけどその情景は今でも覚えている。それから母は自分を責める日々で、家の中は暗かったな。母がヒステリックになるとエミルが俺を外に連れ出してくれていた」


 姉の死も辛い中、心を病んだ母親も、空気が変わってしまった家の中も、子どもには大きなショックだった事だろう。

 私の父が亡くなったのは私が四歳の頃で、殆ど記憶が無い。母が努めて明るく振舞ってくれていたから母娘二人でも私は辛くなかった。でも母は違っただろう。沢山の事柄から母は一人で私を守ってくれていたに違いない。その裏で母がどれ程の悲しみを抱えて、そして苦しみを耐えながらいたかは私には分からない。


「エミルは暫くして騎士見習いとしてヴァイエルン大公家の騎士団に行ってしまったので、俺は上の兄貴二人に剣を教わった。妹は姉の事もあり過保護に育った。剣も習わせなかったし、人目のある場へ赴かせず、すっかり箱入り娘となった。俺もこっちに来て何年にもなるし里帰りも二年前にしたっきりだから今の妹がどうなっているかは知らないけどな」


 ノアはまた立ち上がって話はおしまいとばかりに剣を振り始めた。

 ノアは私の反応を見たくなかったのか、同情を向けられるのを嫌がったのかもしれない。ノアが一方的に喋って話が終わってしまった。私も何も言葉が思いつかなかったから何も声を掛けなかった。


 ノアが剣を振っているのを見ながら、エミルが昔言っていた事を思い出していた。私と一日だけ里帰りした夜に、『性欲の解消位なら出来る』と言った私に『自分を大切にしろ』と言った。あの時、たった二歳しか違わないのに詳しいエミルに大人だなと思ったけれど、お姉さんの事があったから軽率な私に怒ったのかもしれない。


『命を落とす事だってざらだ』


 それをよく分かっていたのだ、エミルは。若年出産の危険性やその時の家族の悲しみを、嫌と言う程分かっていたのだ。


 私はあの時、エミルに悲しい過去を思い起こさせてしまったのではないだろうか。知らなかったとはいえ、酷い事をしてしまった。

 私も十九歳。そしてもうじき二十歳になる。



☆おまけ


 ランは剣の練習をしようとした事があります。自己防衛の為エミルから習おうとしました。けれど、練習初日に木剣を思いっ切り振りかぶった時に自分の頭に直撃してしまい、大きなコブが出来てしまいました。剣を教えたエミルは大公に怒られ、ランは大公から「剣を握るの禁止」にされてしまい、一日で断念した過去があります。

 当時お腹にフェルがいたヘラに、頭のコブを冷やしてもらいながら、「斬りたい人でもいた?」と剣の練習を始めた経緯を聞かれたランは、「…攻撃的な考えでびっくり」と答えたそう。


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