27.秘密の花園でお茶会
「あら。振る舞いがすっかり貴族令嬢のそれね」
目の前のクラウディア様に感心され、照れくさいのと戸惑いが私の中に混在していた。
今日はクラウディア様にお招き頂き、クラウディア様とフィンの家族が暮らす大公城の別棟に来ていた。別棟は大公城の北側にあり、堀に架かる小振りな跳ね橋の北通用門を守る様に建てられた建物の様だった。大公城の敷地内にあるのに別棟の周囲は生垣で囲われ、沢山の花が植えられているのもあり秘密の花園みたいだった。私とクラウディア様の二人っきりだから余計に秘密基地の様な特別な感じがした。
その花に囲まれた庭でのティータイムは、お洒落なテーブルクロスにティーセット、そして美味しそうなお菓子と、これぞ貴族といった華やかな雰囲気だった。
マナーは全般習った。が、こんな風に母以外の人とティータイムを過ごした事は無いので、実はとても緊張していた。しかも相手は大公女として国内でも高位の貴族令嬢だった方だ。ティーカップを持つ手が震えてしまっていた。
それなのに優しいお言葉を頂き、“令嬢”として認めて貰えたようで嬉しかった。
しかし大公城に来てから五年経つが、こうしてクラウディア様と対面して会話するのは初めてだった上に住まいに招いて貰い、さらに親しげに話し掛けられ当惑していた。
クラウディア様は大公の妹だしフィンの奥様だ。警戒する必要は無いだろう。大公に今日クラウディア様の元を訪ねる旨も伝えており、大公からは「楽しんでおいで」とだけ言われた。いや、私はそこで楽しめる様な楽天家では無い。
「私、ずっと貴女とお話ししてみたかったの」
「ありがとうございます」
「クラウディア様はずっとそう言ってたんですよ」
何故私に興味津々なのだろうかと思っていた所にフィンが突如現れて会話に混ざって来た。手にはブランケットを持っており、一枚を広げて私に渡してくれた。お礼を伝えてそのまま受け取り自身の膝に掛けた。温かく肌触り良い物で、柄も上品さを感じるジオメトリック柄だった。私の部屋に飾られているエミルから貰ったタペストリーとはセンスが全然違った。育ちが違えば選ぶ物も違うのかもしれない。
フィンはもう一枚を広げると、今度はクラウディア様の膝に掛けた。
「秋の風で体を冷やさない様に気をつけてください」
「ありがとう、フィン」
二人の仲睦まじい様子に、ちょっと顔が熱くなってしまった。そんな私には秋の風は涼しくて心地良く感じた。
クラウディア様が「女同士でお話しするから向こう行ってて」なんて言うと、フィンは優しげに微笑んで「分かりました」と言って住まいの方へと戻って行った。
「本当に優しいですね」
「そうね。ずっとあんな感じなのよ?結婚をしても変わらず私を主君家の姫君扱いするの。もう大公女じゃないからいいのよって言うのだけれど、直らないのですって」
「らしいと言えばらしいです。平民の私にもとても親切に接してくださいますし」
「でもね、二人っきりのベッドの上でだけは違うのよ。情熱的で野性的でもあるよ」
急にクラウディア様がそんな事を言うものだから、恥ずかしくなって顔が熱くなってしまった。フィンの意外な一面を突然知ってしまい、どう反応したら良いか分からなくなってしまった。
「あら、ごめんなさい。まだ初心なのね」
微笑ましい様な視線を向けられ、余計に恥ずかしくなってしまった。
いや、耳年増だった昔ならなんて事無かったかもしれない。最近はそんな会話とは無縁だった。
フィンの意外な一面だったのもあるが、平民同士の会話なら軽く返せたかもしれない。クラウディア様へどう言葉を返せば良いか分からず詰まってしまったのもある。
それに何より、つい最近、救護室でエミルに抱き寄せられたばかりで、その時のエミルの力強さや見つめる視線を思い出してしまった。
今何故こんな事を思い出すのか。頭から消し去りたくて心の中で「やめて、やめて!」と呟いた。
「私には暫くこんな風に女同士の会話が出来る人が居なくて。だから今日貴女が来てくれて本当に嬉しいの。ありがとう」
「いえっ!私にもいつも世話をしてくれる使用人一人位しか世間話が出来る人が居ないので、こちらこそありがとうございます」
「そう言って頂けると嬉しいわ。ね、ね!塔での暮らしはどう?もうさすがに慣れた?」
「はい。もう五年になりますので慣れました」
「あそこ、冬寒いわよね」
「はい、とても。ご存知なのですね」
「幼い頃はあの塔でよく遊んだの。塔の下の庭で兄とフィンが剣術の稽古をしていたから、その時間になると覗き見る為に塔に行っていたわ」
「そうなのですね」
「でも冬の寒さはこの住まいの方が厳しいかも。北側だからかあまり日の光が入らなくなるの」
「差し支えなければですが、どうしてここにお住まいなのですか?」
「ここはね、もともと大公位を退位した者が使っていたの。城の堀の外には代々のお墓があって、ここは墓守の様な役割もあるから、兄に両親のそばで暮らしたいと伝えてここを使わせて貰っているわ」
塔から殆ど出ない私は大公城の造りが分からないので、堀の北側に墓があるのも知らなかった。
「それともう一つ、理由があって」
クラウディア様がぐいっと身を乗り出して来たのでビックリして少し仰け反ってしまった。そんな私に手でちょいちょいと手招きするので、私は顔を近づけた。
「秘密の通路があるの」
思わず口を空けてしまった私に、クラウディア様は口に指を当ててシーっと声を立てない様にとポーズで伝えてきた。
「大公城には秘密の通路がいくつかあるの。その通路の出口の一つがここにあって、そこを見つからない様に守る為に秘密を知る私がここに住んでいるのよ」
小声で話してくれた内容に驚きを隠せなかった。そんな私の反応を見て、クラウディア様はふふっと微笑んだ。
「秘密の通路は秘密なだけあって私と兄しか知らないの。フィンも存在は知っているけれど何処にあるのかまでは分からないわ。そしてヴィゲリヒ家の者には一切教えていない」
「ど、どうしてそんな秘密を私にお話しくださったのですか?」
「兄から聞いたわ。秘密の通路がある部屋を貴女が使っていると。その通路はここに繋がっている。もしもの時の為に覚えておいて」
「もしもの、時ですか……」
クラウディア様は姿勢を戻すとティーカップに口をつけた。そうしてひと息つくと再び口を開いた。
「夏以降、隣国が武器や馬を大量に仕入れたそうよ。だからと言って必ず戦争が起きる訳では無いけれど、心構えはしておくべきよ。大切な後継者である貴女の弟達と、ヘラ様や貴女自身の命を守って。それから秘密の通路は誰にも言わない事。貴女の護衛にも使用人にもヘラ様にも、誰にもよ」
「……母も、知らないのですか?」
「どうかな。兄が教えていたら分からないけれど、誰かに聞かれては大変だから決して口にしては駄目よ」
ああ、そうか。だからこの場にクラウディア様と私だけなのかと納得した。
お茶会は使用人がそばに付いてお茶を注いでくれるものだと思っていた。それがここにはおらず、先程も膝掛けをフィンが持って来てくれた。万が一にも誰かに聞かれない為に下がらせたのだろう。騎士団長として忙しいフィンがここに居るのも、誰かがそばに近寄らないか事情を知るフィンが監視をする為だったのではないだろうか。私の護衛のノアも住まいの敷地内に入れなかった位徹底していた。
その後はクラウディア様と他愛の無い話をした。フェルやマティの話、クラウディア様の子どもの話、それに恋バナも。私に「恋人は?」「好きな人は?」「結婚はいつ頃?」なんて、私にもさっぱりな話題を沢山振られた。きっとクラウディア様はこういった手の話が大好きなのだろう。私には何も無いと知るや自身の話を楽しそうにしてくれた。
そうして私の初めてのお茶会は無事に終えた。
塔の自身の部屋に戻り、その夜使用人のハンナも下がらせて部屋に一人になってから、エミルから貰ったタペストリーの前に立った。
昨年貰った騎士のタペストリーの隣に飾った、半年前に貰ったばかりのタペストリーだ。花畑の中央で花冠を作る貴婦人の絵だ。エミルにしては意外なセンスだった。騎士のタペストリーを買ってきた時にあれだけ文句を言ったからかもしれない。
貴婦人はとても優しげに微笑んでいて、タペストリーでここまで絵画の様に表現出来ているのだから高価な物だろうと思えた。そもそもタペストリー自体裕福な人が好んで作らせたりするのだから、私みたいな平民がこう何枚も持っている事が普通なら考えられない。騎士の給料が良いと言っても、私の為にこんなにもお金を掛けてくれている事に、今さら申し訳無さを感じた。
そのタペストリーを捲って壁の石を下から数えた。クラウディア様に教えて貰った場所にある石を押した。少し動いた様だったので、さらに強い力で押した。するとその石がスポッと抜けて壁の向こう側に落ちた。そうして出来た穴に手を掛けて押したら、ゴリゴリと音がして小さな石の扉が奥に動いた。音がした事にビックリして、誰かが来たらどうしようかと抜け落ちた石を探して手に取り、それから石の扉を閉じて石を戻した。そして部屋の扉を暫く観察したけれど、誰も来る気配は無かった。それに安堵してタペストリーを綺麗に掛け直していつもの部屋に戻った。
五年もここで暮らしていたのに全然気がつかなかった。エミルがこの部屋を何度か点検したけれど、一度も気がつかなかった。それだけ精巧に作られていると言う事だろう。
凄い秘密を知ってしまった事で、その夜は気分が高揚しなかなか寝つけなかった。
☆おまけ
クラウディアはジオメトリック柄が好きで、特に古代ローマ時代の幾何学模様が好きです。きらびやかな宝石よりもジオメトリック柄の品を喜びます。それ故、部屋の壁紙に豊かさや繁栄を意味するオリーブをモチーフとしたジオメトリック柄のデザインをデザイナーに依頼し作らせたとか、なんとか。




