25.物語はそう上手くいかない
愛弟のフェルディナントが目を輝かせ、今にも私の腕をすり抜けて行ってしまいそうなのをかなり強い力を込めて捕まえていた。フェルを夢中にしているのは、先日私の護衛となったエミルの弟ノアの剣だ。
毎年剣闘大会を見ているせいか、あの人動きが良いなぁとか、あの人剣が力強いなぁとか、比較対照しながら何となくだけれど分かるようになった。なので今フェルに剣を振って見せてくれているノアが、実はとても鋭い剣捌きをしているのだというのが剣術をよく知らない私にでも分かった。相手も居ない一人稽古なのにそこに相手が存在しているかの様に見える。フェルが夢中になるのも納得だ。
暑い夏も終わり頃に入り、夕方は涼しさを感じる様になった。塔の下の私達が庭として使っている所で木陰に腰を下ろして、ノアの剣を見せて貰っていた。
ノアは護衛なのに護衛らしくない。これまでの護衛は私に用も無いのに話し掛けない。護衛対象として節度があり、見守ってくれている事が殆どだった。唯一エミルが護衛をしてくれていた時は友達の様ではあったけれど、弁えてくれていたと思う。護衛中はあまり話さなかったし、エミルの休憩中や勤務終わりに世間話をしていたから。
それなのにノアは全然違った。
「どうっすか?カッコよかった?」
「かっこいー!」
汗だくになりながら剣の披露を終えたノアに、フェルは拍手をして褒め称えている。強い騎士に憧れを抱く年頃なのかもしれない。
「ランもどうだ?惚れた?」
別に私には良いさ。まだ十七歳のノアよりも年上ではあるけれど、私だって平民だし。
だけどフェルに対してまで砕け過ぎではないだろうか。フェルは大公の血を引く後継者なのに、ノアのこの良く言えば人懐っこく親しみ易い、悪く言えば図々しくて礼儀知らずの阿呆っぽい態度はどうなのだろうか。
「凄いけれど、別に惚れないわ」
「まあ、ランはエミルを普段から見てるからこんなんじゃ惚れないか」
「……それ、なんなのよ本当に」
ノアは何かとエミルの名を出す。この間否定したにもかかわらず私をエミルの女だと思っている様にしか見えない。
「それって?」
「何かって言うとエミルの名前が出てくる」
「エミルは俺の兄貴で、ランはエミルと仲良いだろ。共通の人物を会話の話題に出すのは普通だろ」
「まあ……」
そう言われてしまえば、納得かもしれない。
「普段はあんなだけど、剣を握ってる時のエミルはカッコいいだろ?」
「まあ、強いわよね」
「カッコいいとは言わないんだ?」
「強いわよね」
「頑なだな」
「そんな事言われても、私は剣闘大会でしか見た事無いもの。こんな風に間近で見た事無いから格好良いかどうかは分からないわ」
いつも私や母は離れたバルコニーから観覧するから、格好良さを感じられる程の距離では無いのだ。
「強いはカッコいいにはならない?」
「ならないわね」
「じゃあ、今の俺はカッコよかった?」
「……凄かったわ」
「頑なだな〜。フェルディナント様はカッコいいって言ってくれたのに〜」
「うん!カッコよかったよ!」
フェルの様に純粋に格好良いと褒められない。言ったらノアが調子に乗るのが目に見えているから、言ってはならない予感がするのだ。これは決して性格が悪い訳では無い、と思う。
「まあ、いいや。今度の剣闘大会は俺も初めて出場するから、応援よろしく。絶対エミルを倒してやる」
「ノア!がんばれ!いっぱい応援するよ!」
意気揚々としているノアのテンションにつられてなのか、フェルまでこのテンションだ。私は「頑張って」と言うだけに留めた。
とても暑かった夏も過ぎ、風が心地良い秋がやって来た。今日は剣闘大会の日。大公城の周辺は多くの屋台が出ており、朝からとても賑やかだった。
フェルは今日をとても楽しみにしており、起きた時から落ち着きが無くソワソワして、朝食もなかなか食べ進まなかった。朝食後も城の外の、騎士達の試合に向けて準備しているであろう雑踏や雑談が聞こえ、屋台の開店準備のざわめきまでもが塔まで届き、それらがフェルのまつりの期待値を上げ余計に落ち着かせなくしていた。
試合が行われる時間が近づき私達は毎年観覧するバルコニーへと移動した。まだ一歳のマティアスは塔でお留守番。フェルは今年初めて剣闘大会を観覧する。昨年まではイヤイヤが酷かったのでずっと見られなかったのだ。だからフェルのこの楽しみでソワソワしてしまうのも仕様がなく、騎士への関心も相まって目をキラキラさせながら会場を見下ろしていた。
開会式が始まるとフェルは体を前のめりにして覗き見ていた。危ないからと母と必ず椅子に座る事を約束していた為、ギリギリお尻の先だけを椅子に乗せて全体重を前にしている。これ、足疲れないのかな。
開会の宣誓はエミルだった。フィンはエミルに負けた翌年から剣闘大会に出場しなくなり、宣誓も同時に他の騎士に役を譲った。試合には出ないが騎士団長として開会式には出ており、奥様である大公の妹君も観覧に来ていた。
エミルは現在三連覇中だ。三年前に優勝してから負け知らず。ノアが「絶対エミルを倒してやる」と言うのも、倒せなければ優勝出来ないからだろう。
そんな強いエミルだからか、宣誓の時の歓声は凄かった。人気があるのだなぁと思った。私が大公城に来たばかりの頃の剣闘大会ではフィンが大きな歓声を受けていた。観客は強い人が好きなのだろう。
直ぐに試合が始まり、激しい打ち合いにフェルは大興奮だ。ノアは先日剣を振る所を見せて貰った時にも思ったが、剣捌きが鋭く、さらに動きも素早く機敏で強かった。エミルは宣誓の時の様に一際大きな歓声を受け、その中で危なげなく倒していった。ノアもエミルも順調に勝ち進んだ。
そしてヴィゲリヒ家の騎士も順調に勝っていた。ヴィゲリヒ家の騎士は騎士団に所属していない為、服装が違う為によく分かる。でも騎士団の中にも素性を隠して入団した者がいるとかいないとか。そこまではさすがに私には分からないが、明らかにヴィゲリヒ家の騎士と分かる者はとても強かった。
ノアは出場者の中でもおそらく一番若いが、準決勝に進む程強かった。それに驚いてしまった。準決勝に残ったのはエミルとヴィゲリヒ家の騎士一人と確か師団長だ。第何師団の師団長かは忘れてしまったけれど、毎年上位に残る人だ。もしかしたら決勝で兄弟対決が見られるかもと観客は盛り上がっていた。
しかし物語はそう上手くいかず、ノアは師団長と対戦をして負けてしまった。やはり経験値も力も体力も違う様で、師団長はさすがの勝利だった。そもそも体つきが違う。遠目でも分かる位ノアはまだ細い。
もう一つの準決勝はエミルとヴィゲリヒ家の騎士だ。確か昨年の決勝がこの二人だった。いつも大公夫人の後ろに控えている騎士だ。
二人の試合が始まり剣がぶつかり合う音が会場に響いた。二人の打ち合いは長く、見ているこちらはハラハラしてしまい、両手を強く握り締めて決着がつくのを見守った。
そして突然だった。ヴィゲリヒ家の騎士の剣がエミルの頭に当たった様に見えた。咄嗟に私は立ち上がっていた。
このバルコニーの席は離れているし、剣のスピードが速くてハッキリと見えた訳ではない。それでも審判が止めに入って、何人かがエミルに駆け寄った。そしてエミルは他の騎士に支えられながら剣闘場を下りて行った。
その後審判はヴィゲリヒ家の騎士に反則負けをコールして準決勝が終わった。
この席は遠い。鮮明に状況を見られた訳では無いけれど、確かに私には見えてしまった。エミルの頭から血が流れているのを。あの黒ずんだ赤色は私の呼吸を奪い、息苦しくなって視界が霞んだ。
バルコニーの手すりを握り締めながら立ち尽くす私の肩を母の手が優しく触れた。
「おそらく救護室にいるんじゃないかしら。心配でしょう?様子を見に行ってらっしゃい」
母は私の護衛に救護室まで案内するよう伝えてくれ、私の背を軽く押した。私は「うん」としか答えられなかったけれど、護衛の後についてバルコニーを出た。
☆おまけ
名前について
ランは平民ということで、呼びやすい短い二文字にしました。ヘラも同じ理由です。
反対にフェルディナントやマティアスは大公子なので高位な雰囲気が出せるように長い名前にしました。ルートヴィヒ大公が自ら名付けをした、ということにしています。
エミルは三男なので短め、ノアは四男なのでさらに短いです。五男目が生まれていたらどんな名前にしていたでしょうね…ちなみに長男と次男の名前は決めていませんが、五文字と四文字だと思います。




