24.今日初めて知った
暫く間が空いてしまっていましたが、投稿再開します。
今年の夏はとても暑い。熱された地面近くの空気が揺らめいて、聞こえはしないのにジリジリと日に焼ける音が聞こえる様だ。
アードルフ第二王子殿下がヴァイエルン大公領にやって来た翌年の夏、雨は時々降るので日照りになる事はなかったが、例年に比べて気温が高く感じた。塔の窓を開け放して風を通すけれど、涼しい風とは言えず、着ている服や髪が汗で貼り付いて気持ちが悪かった。
私や母が暮らす西の塔は午前中日が差し込まないが、午後は地獄の様な西日に焼かれる。きっと城に暮らす者達の中では日照時間が少ないこの塔はマシな方だろうが、今年の夏は全体的に気温が高いので日の光が入らなくても暑い。
大人達が暑さにへばっている中、子ども達は元気だ。四歳になったフェルディナントは相変わらず元気いっぱいに遊ぶ。イヤイヤ全盛期は通り過ぎたおかげで丁寧に説明すれば納得して貰える様になり、比較的世話をするのが楽になった。一歳を過ぎたマティアスは歩き始め、好奇心旺盛で怖いもの知らずの突進型で怖くて目が離せなくなっていた。そして弟達の世話を手伝っている私は、十九歳になった。
暑い中でも動き回る愛弟達の世話は大変で、おそらくこの夏私は痩せた。それが良いかどうかは微妙なところだが、それよりも厄介なのが汗疹だった。愛弟達は構わずボリボリ掻くから、気がつくと血が滲んでいた。クールダウンタイムを作って濡れた布で拭いて冷やしてやるが、残念ながらあまりじっとしていてくれない。そして私達世話役が大汗をかいて大人にも酷い汗疹が出来ていた。
汗疹について大公に相談したところ、騎士団の騎士達も同じ様に皮膚に関する疾患に悩まされている様で、薬を準備してくれると言った。
しかし城内でそんなにも悩む人がいるなら当然大公領全体で悩む人がいるわけで、人口の多い城下町では薬は品薄となっており、汗疹の薬に関しては欠品しているとの事だった。
大公領には薬草園がいくつかあり、そこから直接薬草を仕入れ城内で調合する為に、薬草園に人を送ってくれた。
まだまだ続く夏のある日、私は暑い中でも乗馬の時間を楽しんだ。走っている時は涼しく感じてとても心地良かった。暑いけれど牧草地は不思議と涼しく感じた。けれど馬も暑さのせいか機嫌が良くなく、直ぐに走るのを嫌がってしまった。仕方が無いので馬に水を掛けて冷却してやり、暑い中乗せてくれた事を労った。私専用の馬ではないけれど、いつも私を乗せてくれる子だから可愛がっていた。
乗馬を終えて厩舎に馬を戻すと塔に戻る道を歩いた。厩舎は騎士団の人や厩番がおり、殆どの方が大公に仕える者なので、私が居ても笑われる様な事も無いし嫌みを言われる事も無い。顔見知りの人に挨拶される位だ。この大公城に来てもう五年だ。殆ど塔から出ないと言ってもこうして乗馬をしたり護衛をして貰ったりするので、騎士団内に知っている顔が増えた。
厩舎の周りは木が多い為木陰を歩き、そしていつもの様に城壁沿いに進んだ。木陰から一歩出て日差しが照る地面を踏んで足の裏に熱さを感じた瞬間、目の前がグラッとした。足が踏み出せなくなって立ち止まると視界がぐねぐねに曲がり、意識が遠退きそうになった。フッと全身の力が抜けて、ああ、まずいかも、と思った時、誰かに体を支えられた。定まらない視界に顔が映ったが、おそらく今日の護衛の人と、あと一人、騎士らしき人だとだけしか分からなかった。
「あれ、エミルの女じゃん」
遠退く意識の中何とも解せない言葉が聞こえた。
目が覚めた時、私は見慣れた自分の寝台の上に居た。医者には暑い中馬に乗り、その後も馬の世話に夢中になり熱中症になったのだろうと言われた。水分をしっかり取って休みなさいとも言われた。
使用人のハンナの看病を受け、一晩しっかり寝て、翌日いつもの調子に戻った私を大公が訪ねて来た。
「体調はどうだ?」
「もうすっかり良くなりました。ご心配をお掛けし申し訳ありません」
「ふむ。顔色はよさそうだな。でも暫くは無理せずにな。薬草を煎じて飲んでおけよ。あと汗疹の薬も出来たから」
「何から何までありがとうございます」
相変わらず大公はただの連れ子の私にも父親の様に優しい。
その大公はエミルともう一人、見慣れない騎士を一人連れていた。目が合うとニッと笑顔を見せた。
私も五年ここにいる。護衛騎士もこれまで何人も見てきた。が、こんなにも表情に出す騎士は初めて見た。人懐っこそうな笑顔が稚さを感じさせた。
「今日はランに新しい護衛を紹介しようと思って連れて来た」
大公に言われて待ってましたとばかりに意気揚々と前に歩み出て来た。
「ノア・グラッツィです。この度従騎士から正式に正騎士へ叙任され護衛の任を拝命しました」
やる気に満ちた顔に沿うなかなか大きな声だったので、気圧されながらも「よろしくお願いします」と返した。
「すっごい軽かったからもっと食べて出るとこ出ないとエミルも満足出来ないでしょ」
「え……?」
何を言っているのか理解出来ない位に急に馴れ馴れしく話されて、私は呆気に取られてしまった。
でもノアと言う騎士は大公とエミルに瞬時に頭を引っ叩かれた。
「お前はもっと礼節を学べ!」
「何を言ってんだよ!馬鹿か!」
「イテー!」
そりゃあ容赦無く力のある男性に叩かれたのなら痛いだろう。
「悪いな、ラン。昨日倒れたランを運んだのはノアなんだ。薬草園に遣いに行かせて帰って来た所に出くわしたらしい。こんな奴だけど剣の腕は確かだから」
ああ、そう言えば、意識が遠退く間際に解せない事を言われたのを思い出した。こんな失礼な態度を取る騎士は騎士団にそう居ない。私に説明しながら大公は額を押さえて溜め息をついた。
「……運んで貰った事には感謝しますけど、貴方、何か勘違いしてませんか?」
「勘違い?」
「昨日、私の事、エミルの女だって言いましたよね?」
「お前……!何言ってんだよ!」
エミルが素早い反射でノアの頭にもう一発食らわした。
「いったいなぁ!何だよ、まだ違うのかよ。兄貴もっと頑張れよ」
「お前、その態度直さないなら領地に戻すぞ!」
え?
え、え?
「今……兄貴って……」
言い合いをしている二人が同時に私の方を向いた。並んでいる顔をよく見れば、何となく似ている気がしてくる。特にグレーとブルーの中間色の瞳は同じ色をしている。
「そう。俺の弟」
ええー!
エミルって三男って聞いていたけど、四男目もいたんだと驚いた。
この大公城に来て五年。エミルとの付き合いも五年になるのに、今日初めて知った。そして順調そうに騎士団内で出世しているエミルが、この弟に手こずっている様子も初めて見た。




