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78.復興(2)

78.復興(2)


 人には天命――運命があるという。それが全てか、本当かどうかを確かめるすべはない。


 人が生きる上で唯一確実なのは死ぬことだという。本当だろう。生きながら、すでに死んでいる者もいるが。


 ある意味、生は死の連続でなければならない。生きるためには必ず新陳代謝が行われる。たとえば、例えば皮膚は次々と再生される。若ければ二十八日周期。歳を経れば長くなる。二十八日経てば別の皮膚だ。前の部分はあかとなる。死だ。部分的な。


 生死が同じ顔の一つだと考えるのは容易やすくない。昼と夜のようだ。二つで一つ。金子みすゞ(かねこみすず)うたにしたように、昼にも星はまたたいている。太陽で見えないだけだ。夜も太陽はある。月は太陽で光っている。だが、それは明け方、夕方どちらだろう。彼誰時かわたれどき黄昏時たそがれどき。どこまでが昼でどこまでが夜だろう。同じように生と死も曖昧あいまいだ。出産が生だろうか。受精? それとも子宮に着床した時か。死はどこからだろう。心臓が止まった時? それとも脳死。とてもゆるやかだ。移植された臓器はどうだろう。部分的には生きている。爪を切るのとは全く別の感覚だ。


 目に見える物が全てとは限らない。むしろ逆だ。ほとんど人は何も見ていない。だからこそ生きていけるのかもしれない。全てを知る者が楽しいとは限らない。真実は常に焦燥と絶望に対峙たいじされた刃の上の天使の羽根だ。


 毎日数多くの人がこの瞬間も死に、病み、老い、生きている。事実だ。


 運命は天気といっしょだ。雨の日もあれば風の日もある。晴天が続けば旱魃かんばつだ。運命も同じだ。雨の日に傘を差さずに歩けば風邪を引くように、運勢の良くない日に用心しないのは賢くない。自動車を運転すれば便利だが、事故の可能性もある。豪雨の時に外に出るなど論外だが、みんなのために川をせききとめる人もいる。賞賛されるのは当然だ。だからといって何の知識や道具を持たぬ者が真似すれば木乃伊ミイラだ。運命に流される。


 自分に合った無理のない適切な努力だ。


 鮎川淳には運命は理解できなかった。分かっているのは「今自分がしなければいけない」ということだけだった。他に適任者がいれば喜んで席を譲っただろう。


 山田栄建設は南緑が丘の開発を途中で断念せざるをえなかった。クレームから裁判沙汰になったのだ。指定資材を安価なものと替え差額を着服したとされる営業主任の灰原は会社から訴えられながらも個別にお客さんと交渉し、自宅を売り、弁済に努めた。大半の人は納得ゆかず会社と裁判中にあの震災だった。ほとんどが全壊あるいは半壊した。生き残った人は裁判を続けることができなくなり、山田栄の当初の妥協案でまとめられた。


 以前からゼネコンとしての活動を強めていた山田栄は、一般部門を早々に銀行経由で債権回収会社サービサーに売却し有利子負債を処分した。次に銀行からの多額の融資を受け、山田栄は中堅ゼネコンとして再生した。南緑が丘から山田栄の文字は消えた。


 震災後に発覚したクレームについて、安価に買い取った債権回収会社サービサーが保証できるはずはなかった。多くの顧客が泣き寝入りした。一部の得心ゆかない顧客が裁判を起こしたが却下された。山田栄と妥協した内容はその部分まで入っていたのだ。


 南緑が丘は鮎川ではなく、ブランドの山田栄を信じた人たちだ。鮎川はそんな顧客の修理も行った。困っているのに関係なかった。ただでさえ地震保険で十分補償できず、住むに住めず、売るに売れない状態を誰よりも分かっていたのは他ならぬ淳だった。


 全壊し、更地にした南緑が丘で買収劇が始まったのはその後だった。債権回収会社サービサーが問題の多さから別会社に債権を譲渡したのだ。


 以前の東緑が丘の団結を見ていた南緑が丘の住人が淳に交渉を頼んだのは自然の成り行きだった。淳がいなければ弁護士費用もままならぬ人たちだった。


 淳は法律の勉強を続けていたが、先は遠かった。


 息子の秋詠あきえいは最近ワンパクになった。近所の男の子と仲良くなり二人で遊んでいた。


「キッド待ってよ! すぐ行くから。お母さん行ってくるね」


 表に飛びだす秋詠の背中を見ながら、静蓮は幸せを口にした。


 幸せだった。


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