表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/93

77.震災/復興

77.震災/復興


   文明が進むほど天災による損害の程度も累進する傾向があるという事実を充分に自覚して、そして平生からそれに対する防御策を講じなければならないはずであるのに、それがいっこうにできていないのはどういうわけであるか。そのおもなる原因は、畢竟ひっきょうそういう天災がきわめてまれにしか起こらないで、ちょうど人間が前車の顛覆てんぷくを忘れたころにそろそろ後車を引き出すようになるからであろう。


   寺田寅彦『天災と国防』(初出『経済往来』、一九三四年(昭和九年)十一月)




 孫励そんれいが妻の訃報を知ったのは〔リラクシン東京〕に向かう途中だった。


 時間に正確な励が店に入ると、すぐに粥が出された。


 今日は皮蛋ピータン粥だった。広東カントン料理の朝はかゆと決まっている。


 美しい上質の松花蛋だった。黄身は翡翠ひすい色でとろけており、白身の表面に松の模様が自然と描かれている。天然のものなので当たり外れがある。その意味では今日は当たりだったのだろう。


 景徳鎮けいとくちんの磁器の散蓮華ちりれんげで口にするが、味はなかった。


(震災か……)


 一九九五年(平成七年)一月十七日(火曜日)五時四十六分五十二秒。


 兵庫県南部地震による阪神・淡路大震災。


 そのとき励と妻は、妻の母を看取った。死因は、クラッシュ症候群シンドロームだった。


 クラッシュ症候群シンドロームは、長時間の圧迫により血流・循環障害となり、傷病者が数時間をて腎不全や急性循環障害ショックを生じて亡くなる病態だ。


 無知な励と妻は必死で助けようとして、逆に死期を早めてしまった。


 世界には善きサマリアびとの法がある。「窮地きゅうちの人を救うために無償で善意をほどこした時、良識に従い誠実にその人ができることをしたのであれば、たとえ失敗しても責任を問われない」とされる。


 励と妻も悪意はなかった。裁かれるものではない。


 ただ、違和感は残る。「本当に正しいことをしたのだろうか」という疑問の答えだ。


 答えは今もないが、経験は残る。


 事実、阪神・淡路大震災の経験から、十年後の二〇〇五年(平成十七年)のJR福知山線脱線事故では多くの人が助かった。


 著名なのは済生会滋賀県病院救命救急センター長の長谷貴將はせたかのぶ医師だ。


 クラッシュ症候群シンドロームを熟知しており、現場で適切な処置をした。


 ただ、その長谷も翌年過労死している。


生命いのちの軽い国だ……)


 前回の地震では、発生から五分後には自衛隊が出動態勢にあった事実はあまり知られていない。実際の出動はかなり後になった。原因は緊急時の命令系統の不備だった。後に改善されたが、尊い犠牲の上でしか人間は多くを学ばない。そしてその多くを覚えていない。まさに「天災は忘れたころにやってくる」のだ。


 大地震の多いアメリカ合衆国の都市では活断層とその周囲は緑地と定められている。被害が予想される地区に住むことはできない。まして公共施設など論外だ。


 日本では現在も活断層の上に公共施設・住居が多数ある。緊急非難場所としての公共施設、例えば学校などが活断層の上にあるということはどういう状況か。小学生でも分かることだ。英国の詩人アレクサンダー・ポープも「天使が恐れ踏み込まぬところにも愚者は急ぎ行く」と言っている


 では「地震が起きました。小学校に逃げました。活断層の上です」となればどうだろう。笑えない結末が待っている。


 本震でなくても余震でズレることもある。剃刀かみそりの刃の上を渡りたくなければ事前に引っ越すことだ。どの国の政府も気前良く補助金を出すのは事後と決まっているのだから。


   *


 淳の支えがあったからこそ、静蓮は母の死から回復できた。


 東京から急ぎ帰った父の励は妻を看取ってくれた恩人として淳を厚くもてなした。


 翌日から無事だった〔リラクシン〕のスタッフが炊き出しを始めた。


 墨月の変な匂いのする再利用した水は、スタッフの手で美味しい清湯チンタンに変えられ饗された。


 淳は地域の復興にありとあらゆる努力をした。スタッフも文句を言わず働いた。


 淳の人徳だった。鮎川がした工事だから山田栄だからとか関係なく淳は工事を引き受けた。そうすると何とかなるもので、遠方から資材を提供してもらったり、ボランティアに手伝ってもらったりしながら工事を進めた。


 淳にあったのはただの使命感だった。他に感情はなかった。感情があれば逆に押し潰されていたかもしれない。


 励も淳の存在を認めざるをなかった。緑が丘に淳は必要な人間だった。


(それに静蓮……)


 母を看取ってから常に淳のそばにいて片時かたときも離れなかった。粛粛しゅくしゅくと黙して働く淳に健気に尽くしていた。


落花流水らっかりゅうすい……)


 落ちる花は水のままに流れたく、流れる水もまた落ちる花と流れたく思うものだ。


 そこまで思う娘を引き離そうとは励もしなかった。


 励は静蓮の生命いのちを淳にたくした。


 母の喪が明けてから二人は結婚した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ