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61.宇一事故

61.宇一事故


 ホンダ・コンチェルトが静かに走っていく。


(こんなに乗りやすいとは……)


 すっと走って行く感覚があった。エンジンのトルクも十分で、同じ時代のシビックとは違う上品さがあった。


(この良さが日本人には理解できなかったんだろうな……)


 英国ローバー社との協奏曲コンチェルトは一代限りだった。ローバーとしてはよく売れた車だった。


 後席のしおりが何か言った。


 道路の横に止める。


 左後席ドアを開けた。


 しおりが顔を出した。


 宇一が背中をさすってあげたが、胃の中のものは全部出したのだろう。もう何も出なかった。


 後ろに乗せようとしたが「足をのばしたい……」というしおりを助手席に乗せた。


 シートベルトをゆるく着けてあげると、発進させた。


 宇一がしおりの御家族に会うのは初めてだった。


(心配しておられるだろうな)


 しおりはぐっすり眠っていた。


(近道するか……)


 山道を通った。


 綺麗な走行ラインを描く車だった。カーブを楽に過ごしていった。


 しおりが寝返りを打とうとした。


 大丈夫かと隣を見た時だった。


 しおりの膝が前になり、オートマチックのギアがドライブからニュートラルに入ってしまった。


 カーブでフロントに加重していた力が抜け、車体が外に引っ張られる。


(危ない!)


 アクセルの負荷が取れ、エンジンの回転が一気に上がった。


 とっさにステアリングを切るが安定しない。


 ブレーキを踏もうとしたがめた。


 このスピードでカーブの途中のブレーキは自殺行為だった。


 ギアを入れた。


 エンジンがうなった。


 クラッチがないオートマチックでは回転数を簡単に合わせることができない。


 フロントに加重させた。


(スピン!)


 流しながらガードレールに素直に当てた。


 停車。


 対向車や後続との接触をけた結果だった。


(車より人だ)


 深呼吸する。


 冷静になった。


 宇一は無事だった。


(しおりは……。大丈夫だ。良かった)


 エンジンを切ってあたりを確認しようと、ドアを開けようとしたがガードレールが刺さっていた。


(こちらから出られない……)


 無理に開けるとよけい出られなくなるのを経験で知っている宇一は、運転席側からの脱出をあきらめた。


 助手席のしおりは静かに眠っていた。


 助手席後ろ、左後ろのドアは開いたが出られそうになかった。


 下はがけだ。かなり微妙な位置にある。


 一八〇度回転してガードレールで止まったが、車体の一部が空中に飛びだしていた。ドアに刺さったレールで支持できているようだ。


(万事休す……)


 JAFに連絡しようとブリーフ・ケースからスマートフォンを出した。


 藍河の名刺があった。


 緊急事態に恥も外聞もない。藍河に電話した。


『はい』


「助けていただけますか?」


『できることでしたら』


 さらっと言う藍河だった。


『……御家族と板挟みですか?』


 微笑ほほえんでいるのが分かる。


「……それがまだ会えていなくて――(そのほうがマシだ)――自損してしまいました」


 車体がれている。


(コイツ動いているのか? さっき後ろを見たせいか?)


『お怪我けがは? ――しおりさんは?』


 急ブレーキの音が受話口から聞こえた。藍河が低い声で機械的に聞いた。


「無事です」


『場所は?』


 峠の名前と距離を言った。


 復唱する藍河。


(さすが車屋さん。れている)


「動かないでくださいね」


 動くと場所が分からなくなると言う意味で藍河は言った。


 とても動ける状態ではなかった。


 だが、宇一は安心していた。今は何の不安も胸騒ぎもなかった。しおりが隣にいるからだ。


 幸いなことにしおりはぐっすり眠っていた。紺の車が揺籃ようらんのようだった。


 吐息が妙に優しかった。


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