59.宇一の母の薔薇園/しおり見つかる
59.宇一の母の薔薇園/しおり見つかる
東財家の一人息子宇一が車を運転し始めたのはしおりの事故がキッカケだった。
父は「自分から危険なことはするな」と言っただけだったが、皮膚移植を知った母は卒倒しそうになった。「天使のような身体が……」と嘆いた。
宇一は「車を買ってください」と父に言った。まだ乗れる年齢ではなかったが、公道でなければ問題ない。
宇一が最初に要求したのは三菱・ランサーエボリューションⅦだった。現役のラリーで使われている車種だった。オートマチックはない。だが新車では時間が経かった。一応注文しておいて、台湾の在庫車を輸入した。ナンバーは不用だったから登録を前提としない輸入は簡単だった。宇一の父は一旦分解して部品にしてから輸入して、もう一度組み立てさせた。中古車という手もあったが、父が許さなかった。
車は宇一が唯一自分から望んだものだった。だからこそ願いを叶えてあげたかったのだ。単なる親バカを自覚していた父だった。
ただ、母の美しい薔薇園は一瞬で消えた。
自宅の広大な美しい庭はラリーコースに改造された。
レカロの子供用のスポーツシートに乗り、左ハンドルでミッション車を操った。クラッチが子供には重かったが宇一は克服した。指導は往年のラリーの優勝ドライバーだった。語学も勉強しながら練習した。三日目には自由に乗りこなせるようになり指導は終わった。
子供では五速に入れにくいのが幸いした。クラッチを踏むと右手が五速に届かなかったのだ。何しろ乗って四日目には横転してしまったから。サベルトの四点シートベルトをしていたお蔭で助かった。
それからすぐに国内のランサーが届いた。エンジンのフィールが微妙に違っていた。おまけに一八〇キロでリミッターだった。宇一はすぐにカットしてしまった。翌日エンジンは焼きついた。
次に買ったのはフェラーリだった。父の趣味だった。宇一には物足りなかった。たしかに乗りやすいが、走るとなるとルーフ(ポルシェ)のほうが心地よかった。唯一スターター音が好きだったが、他は気に入らなかった。宇一専用の車庫に飾られることになった。
ポルシェ初の水冷996は乗りやすかった。これも、水平対向六気筒のエンジン音が好きな父の趣味だった。父は北米仕様のスバル・アルシオーネSVX CXDを乗っていたが、後に宇一に与えた。996が気に入ったらしい。
そして、宇一はスバルのインプレッサWRX STi type RA spec Cを注文した。エアバッグも付いていないラリー専用車だった。
十八の誕生日に試験場で免許を取った。帰りにはボディガードを横に裏六甲を父のSVXで走り回った。
その間も、鮎川しおりとはずっと手紙をやりとりしていた。しおりにとって宇一はあこがれの王子さまだった。宇一も運命的なものを感じていた。
二人が接近するのにそれほど時間は経からなかった。
互いに隣りにいるだけで幸せだった。
手をつないだこともなかった。
宇一の誠実さに、しおりは美しさはそのままに淑やかな女性になった。
免許を取ったしおりが安全運転するのは宇一の影響だ。
宇一がいつものように気ままにSVXを流していると胸騒ぎがした。
スマートフォンが振動した。
しおりからだった。




