54.淳の見送り/高施(3)
54.淳の見送り/高施(3)
淳は走っていた。
(間に合わない)
直前で平悟郎から「買い物に行ってくれない?」と頼まれたのだ。
ステープル(ホチキスの針)などの文具品で大したものではなかった。
掲示板で、オーストリア行を確認する。
もう搭乗が始まっていた。泣きそうになった。
(なんで買い物なんか……後でもいいじゃあない……)
高施に確認のメッセージを入れたが、返信はなかった。
平悟郎に電話した。メモがないそうだ。
必死になって探した。見えない。
スマートフォンが鳴った。平悟郎からだった。
『九時のオーストラリアだよ』
「オーストラリア?」
『そうオーストラリア』
「間に合わないよ」
『空港の現場の屋上からなら見える、淳ちゃん』
「本当?」
『かなり高いから大丈夫だよ。行ったことあるでしょ?』
「うん」
走り出した。裏から回る。
ちょうど人が出てきた。こちらからは鍵がかかっているが、向こうからはない。
すり抜けて屋上まで走りあがった。
必死に登る。
目の前のオーストラリア行の飛行機に手を振った。
機内に人影が見えるが風でよく見えなかった。
落ちそうになる。
必死で手を振った。
どの機か分からなかった。
どれでも良かった。
必死に振った。
どれぐらいそうしていたか分からなかった。
手が重たかった。
淳は肩を落とし、空港を後にした。
営業から帰った高施が嬉しそうに淳に聞いた。
会えなかったと淳が静かに言った。
「オーストラリアだって平叔父さんが……」
「オーストリアだよ」
高施が訂正した。
「オーストリア」
「海外旅行と言えばオーストラリアに決まっているじゃあないか」
平悟郎が反論した。
メモを取り、見る高施。
「オーストリア! ヨーロッパ!」
「書き方が良くない」
平悟郎がなおも言う。
淳も見たが、伝わるように書いてあった。
「可哀想に」
高施が呟いた。淳に渡したメモは誰かに捨てられていた。
「責任を押しつける気か?」
「もういい」
話をする気にもならない高施だった。
「いつ帰ってくるか聞いておいてあげるから」
淳に言った。
「ヨーロッパなんか長くても一か月だろうに」
「旅行ならな」
「いちいち険があるな」
「そんなことは伝わるんだな」
「もうやめてよ」
淳が止めた。
「子供の夢を握りつぶしやがって」
「なんだと……」
「もうやめてったら!」
淳が泣きだした。
*
しばらくして、高施が「どちらか辞させてほしいです」と社長に言った。
静蓮さんの件ではない、もう一方のセイレンさんだった。
高施の責任ではなかった。
生活設備連合協会が不渡りを出したのだ。
高施の判断は的中していた。だが、平悟郎が馴染みだからと出した取引が残っていた。
社長も関係を切ることに了承していたが、なかなか切れなかった。
仕事を減らされたセイレンは平悟郎に泣きついたのだ。
そして不渡り。明らかに意図的だった。
高施と平悟郎は言いあった。
「あれほど使うなといったのに」
「そんなに危ないのなら先に言ってくれてもよかった」
「言った。だから使うなと言ったんだ」
「なんではっきり言わないんだ」
「使うなと言いました」
言いあったが埒が明かなかった。
裁判になり墨月が処理した。
相手の弁護士は強気な翌桧だったが、どうにか半分は取れた。
双方痛み分けだった。
高施と平悟郎には決定的な溝ができた。忠は修復できそうになかった。
生活設備連合協会の巨乳の妻は自殺しようと梁にロープをかけたが重みで柱が倒れて入院した。
死ぬに死ねず、笑うに笑えなかった。




