53.高施(2)
53.高施(2)
金城高施が鮎川忠の世話になったのは例の事故がきっかけだった。
話を聞いた忠がどうしてもと引き抜いたのだ。
チーフには世話になっていたが転職することにした。
最初に幼い少女の安全を確保していれば事故にはならなかった。それを高施は知っていた。
(向いてない……)
建設の仕事は性に合っていた。会社の連中とも仲良くしている。淳やしおりも可愛い。
一点を除いて不満はなかった。
社長の弟の平悟郎だった。
(ことごとく不用な仕事を増やしてくれる。よく社長もガマンができるな)
機会があれば社長に言うつもりだった。
(あんな人間はどこにでもいる)
公務員や公認会計士と同じく、高施は好きになれなかった。
(向こうさんもそうだろう)
人前では二人とも「さん」付けだったが、本心など知る由もなかった。
大人になって仕事をした。
(好き嫌いで仕事ができるかよ)
それ以外は不平不満はなかった。給与が安いのは仕方ない。
(コレは自分のせいだ)
今回の件が終われば上げてくれる約束だった。事実、東緑が丘の三分の一は高施の受注だった。
他にも好きになれない人たちは存在する。
(また生活設備連合協会――セイレンの社長の奥さんかよ……)
関係がないのに話に入ってくる。しかも的を射ていない。
忠と付き合いが長いらしいが、高施は切るつもりだった。
(人情があるならもう少しきちんとしてもイイはずだ)
親しき仲にも礼儀あり――親しさと慣れあいは別だと高施は弁えていた。
確かに生活設備連合協会のミスは高施の責任だった。伝票を書いたのは平悟郎だったが。
だが、チェックしなかった担当者――高施の責任になる。
(最近調子がイイので、つい任せた結果がコレかよ。二度と信用するもんか)
平悟郎に確かめた。些細なことでも責めていると感じる小人が、高施が言う前に否定した。
確かに平悟郎の字だった。
これ以上、問い詰めても「確かめなかったほうが良くない」と逆に言われるだろう。
話をする気もなかった高施だが、鬼の首を取ったように言う平悟郎に耐えられなかった。
(それあんたの首なんだけど……)
しかし、違和感はあった。
(……電話は変だ。昨日奥さんには会っている。あの後で何かあったのか? 淳くんに連絡させろだなんて。まあそれなら平さんが言うように社長も怒るのは無理はない)
その分は唯一の同意見だった。
(子供を使うなんて許せない)
電話が鳴った。「出ろ」と平悟郎が顎で指図した。
セイレンからだった。
緊張した。
(だが、声が同じじゃあない。別人だ……)
確かにセイレンだった。ただし静蓮。声が綺麗だった。真摯に訴える言葉に誠実さが感じられた。
「(伝言ゲームかよ……)電話きてないって言っているよ。本当に伝えたの?」
送話口を手で押さえながら平悟郎に確かめた。
「伝えた」
平悟郎が他所を見た。
(嘘かよ)
静蓮が電話口で泣いていた。
(可哀想に。彼女も被害者だ)
淳に会いたいと必至に言う静蓮に同情した。
(人の心を……人の心を何だと思っているんだ……)
「もう一度確かめて」
高施が本当に伝えたのか、念を押した。
「信用できないのか! 高施」
逆に平悟郎が声を上げた。
「信用?」
高施が「そんなもん最初から信用してねえよ」と口にしかけたが、社会人だ。
「信用どうこうじゃあなくて、確認してほしいだけ。確認できれば問題ないじゃあない」
高施が溜息をした。
確認して大丈夫なら問題ない。問題ないのであれば、何度確認しても結果は同じだ。
「それを信用していないって言うんだ」
平悟郎が言い返した。
(意味が分からん)
それは平悟郎も同じだろう。意見を否定された平悟郎には人格を――人権を否定されたと感じている。
もう一度、高施の深い溜息。
不意に下を見た。
「あるじゃあない」
メモがあった。
平悟郎を見ると「しまった」の顔だった。また横を向いて静かになった。息も浅い。
どうしてそこにメモがあるのか、高施には理解できなかった。
聞くと〔リラクシン〕のお嬢さんだった。
好事家で〔リラクシン〕を知らないのは潜だ。
かなりの高級店なのを高施は知っていた。
前に一度だけ行ったことがある。オーナーが気楽に話をしてくれたが実はあった。
そのオーナーのお嬢さんが泣いているのだ。本当だろう。
(とすれば……)
高施がパズルを解くように、処理不用の棚を見た。
(やっぱり)
自宅に来たのだろう消印がなかった。
(惨いことを……。社長が怒ってるという話も平悟郎話(嘘)だろう)
「平さん?(逃げやがった……)」
見回すといなかった。
九時のオーストリア行きをメモする。「必ず伝えるから」と約束して切った。
一応別にメモを写し、トイレから帰った平悟郎に渡した。
淳くんに会ってメモを渡した。嬉しそうな淳くんが羨ましかった。
(たまにはイイことをするもんだ。……でも綺麗な声だったなあ)




