52.小人の過ち
52.小人の過ち
商業娯楽施設に反対するため、鮎川忠はすぐに動いた。
(山田栄の横行は日に日に増していくだろう)
それだけははっきりしていた。
買収に反対し、全てをまとめる人間が必要だった。忠は進んで人の上に立ち何かをするタイプではなかったが今回だけはせざるを得なかった。
資材も大方先行発注している。手形が落ちなければ破産するしかなかった。これまで築いた土台をみすみす山田栄建設株式会社にくれてやる訳にはいかなかった。
山田栄の動向を知るために、忠は建設地に敢えて事務所と自宅を移設した。
緊迫した状況では距離も重要だった。何かあってからでは遅すぎるからだ。
その日のうちに移ったことで山田栄も迂闊に手を出せなくなった。
先手必勝だ。正に戦争だった。
安価な住宅を契約している顧客も完成するまで皆プレハブで生活した。必至だった。
前の事務所にも人員を残す必要があったので、平悟郎に残ってもらった。
重要な書類も残してあるので、アルバイトに任せることができなかったからだ。
事情を知っている平悟郎は何も言わず了承した。郵便の転送も行ってくれた。
南の山田栄と対峙しながら、忠は工事を続けた。
平悟郎の仕事は朝から資材の搬入確認と請求書の発送だった。早く現金にしなければならなかったので必至に平悟郎も働いた。
今の業者には連絡しているので、大半の電話は東緑が丘の新事務所にかかった。
旧事務所にかかってくる電話は、今は取引がないところだった。
(苦情係をさせやがって)
平悟郎はそう思ったが、すぐには言わなかった。後で何かあった時に忠に言ってやるつもりだった。もちろん忠が悪意をもって苦情係をさせた訳ではなかったが、たまたまそうなったのだ。今回も。
〔リラクシン〕に幸せのお裾分けを届けて帰った淳は、あわただしく引っ越しを手伝った。
静蓮が気になったが、電話は平悟郎が取ってくれるというので安心して荷を運んだ。
その夜、新しい布団で美濃が気になって眠れないと思っていたが、かなり体力を使ったのですぐ寝てしまった。美濃のことは誰にも言うまいと決めていた。
平悟郎の夜は旧宅で一人のんびりしていた。一人だとつい飲み過ぎてしまう。忠が残していったお酒を浴びるように飲んだ。
翌朝、二日酔いのまま事務所に行くと電話が鳴っていた。
高施からで「資材が違うとクレームがあるので行ってくる」という電話だった。
出張から帰った高施は移転を知らなかったのだ。
平悟郎が伝えると「電話があれば必ず謝ってくださいね」と高施が言うと、生返事だったので再度高施が言った。「必ず謝ってください」と。「向こうの責任だろう?」と平悟郎が言い返すが、「電話では解決できないから取りあえず謝ってください」と念を押した。そして「今から十三に行きます」と伝えて切った。
平悟郎は生活設備連合協会の伝票を見た。確かに合っていない。
(誰がこんなもの頼んだんだろう)
そう思ったが分からなかった。
(俺の字に似てるな……)
そうも思ったが、無視した。
(どうせ高施の責任だ)
この協会の社長の妻がプクプクに太っていたが、そのぶん巨乳だったことを思い出した。
(そういえば淳ちゃんが幼いころに抱いてあやしていたな)
まだ酒が残る頭で伝票を見ていた。
(また順番を変えやがって)
事務の若い女性が出荷順にしていた伝票を、アイウエオ順に整理した。
(これで電話がかかってもすぐに対応できる)
その日の午前はそれで終わった。
午後一で、高施から「無事処理しました」と連絡があった。「よかったな」と平悟郎は無感情に言った。忠にすぐ伝える気はなかった。処理できたのに手を煩わせる必要はない。
その後、すぐに生活設備連合協会から電話があった。
(こっちが謝っているのにしつこく言っていたな。……責任は向こうだから謝っても仕方ない)
すぐに切った。
(文句をいう口実ができた)
高施に「何も処理していないじゃあないか」と言えることを喜んだ。
翌日は、移転を知らない水島の対応に追われていた。
伝票を探した。
(まみむ……と、水。あった)
出荷は今日だった。
(誰が連絡していないんだ)
平悟郎は心の中で呪った。
その時また生活設備連合協会から電話がかかってきた。
(同じ女だ。あの巨乳だ。きれいな声を出すなあ)
平悟郎はあまり言い方が酷いので言い返した。
(巨乳でも許せん!)
聞くと高施が何も処理していないのが分かった。
(あの男め!)
他に何件も電話が鳴った。
パニックだった。
取りあえず生活設備連合協会を切ろうとした。
(淳ちゃんに連絡させろときた。何を考えているんだこの女。それも自宅に?)
いちおう電話番号を控えたが、淳に連絡させるつもりはなかった。
(あんな女……)
翌日は電話はなかった。
(水島の看板はうまく行ったようだな)
次の日、生活設備連合協会から手紙が届いた。明らかに淳への手紙だった。
平悟郎は処理不用の棚に入れた。
(連絡することもないだろう)
気づけば自宅にまで手紙が届いていた。
(いつの間に?)
また処理不用の棚に入れた。他にもすることが山のようにあった。
その後、高施と言い合いになった。「生活設備連合協会さんとの話は終わっている」と言う高施だが平悟郎は納得いかなかった。
手紙を見せようとした時、電話がなった。
(きっと生活設備連合協会さんに違いない)
どんな顔をするか見物だった。




