50.美濃の告別式(2)
50.美濃の告別式(2)
青田美濃の告別式に、静蓮が参列した。
(どうして……?)
不思議だった。
青田姓は逝去した美濃だけで、社葬の施主ほか茶泉姓ばかりが並んでいた。
静蓮は詳しいことを知らなかった。知っていたとしても力にはなれなかっただろう。
(無力……)
黒衣を身に纏った静蓮が手を握りしめた。白くなっている。聡声に借りた黄琳玲の喪服はぴったりだった。
静蓮は「泣くまい」と決めていた。オシフィエンチムの件から成長していた。
他人の死を、自分の生に受けいれていた。
それに、昨日の夢もあった。
(たぶんあれは正夢……)
そう静蓮は考えていた。
美濃の遺影は楽しそうな顔をしていた。静蓮の記憶にはない。初めて見る心の底からの笑顔だった。
「ご愁傷……」
献花のあと、施主の茶泉ひろみに語尾を濁して挨拶した。
座っていてもかなり美しいボディラインだった。
背も高く、立てば静蓮の頭一つ上だろう。
隣の茶泉環は可愛らしい顔をしていたが、仮面だというのが分かった。
(たぶんこの人が本当の……)
視線を合わせるのが恐かった。
それより静蓮は、淳を探していた。
(いた!)
すぐに見つかった。
淳がこちらを向いた。
(そうわたしわたし。そう知っているはず。そう静かな蓮)
読唇させる静蓮だった。指のリングを回した。蝶が舞った。
後ろに順次下がった。
髭のスマイルスも並んでいたが、安物の喪服が全くといって似合っていなかった。
会釈した。
スマイルスの顔が赤い。前夜式(通夜)から連日飲んでいるのか足取りが重い。
墨月が車椅子を押す藍河といっしょに下がった。
「お帰り」
墨月が静蓮に挨拶した。
「ただいま帰りました」
静蓮は少し笑顔を見せた。
「墨月さんも親しかったんですね……」
「チャアのお母さんだからね」
視線を一瞬、ひろみに向けた。
「久しぶりだね」
「ええ、お元気でした?」
「ふつうさ。お酒の量が増えたかな」
藍河が墨月の背を軽くノックした。
「ごめん。こちら藍河雅仁。僕の友人。こちら孫静蓮さん。僕の元恋人」
「墨月さんたら」
照れる静蓮だった。
「よろしく。藍河です」
名刺を渡す藍河。
「墨にこんな人がいたとはね」
ていねいに受け取る静蓮。
横の派手な営業用ではない、縦組の正式な名刺だった。
「一回だけお願いして、二人でお茶したんだよ」
「ほう積極的だな」
藍河が茶化した。
「こんにちは」
鮎川淳だった。
(静蓮……)
「こんにちは」
墨月が言った。
「そうしたら今みたいに鮎川さんが来てしまったという話さ」
「何がどう? こんにちは」
淳に挨拶する藍河だった。
「こんにちは藍河さん」
淳が礼儀正しく言った。
「こんにちはエンジェル」
静蓮が淳に言った。
(エンジェルだ)
藍河が墨月に視線を送る。
(ふむふむ)
墨月が視線を返した。
(天使には勝てない)
二人の暗黙の会話。
墨月が右の人差し指で左手の手首に触れた。時計のジェスチャー。
出棺時刻だ。
「久しぶりだね」
静蓮を見つめる淳が言った。
「みんなお知り合いなんですか?」
静蓮の声は出棺のアナウンスに消えた。
孤独に出棺されていく美濃。
喪服の人間が続く。
スマイルスも後に続く。
荼毘まで行くようだ。片足を重そうに引きずっている。
「じゃあお先に」
藍河と墨月の二人が消えた。
さすが営業だった。礼儀(恋路)を弁えている。
「エンジェルか……」
淳が笑った。
「そう言ってくれるのはシスターとスマイルスさんだけになっちゃったなあ……それとあなたと」
淳の顔に深い皺が刻まれていた。綺麗な肌の静蓮と同じ歳とはとても思えなかった。
無邪気な聡声の笑顔になれた静蓮は、大人になった淳の笑顔を見て心が安らいだ。
(いっしょにいたい)
そう静蓮は思った。




