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49.静蓮の帰国

49.静蓮の帰国


 静蓮が日本に帰ったのはクリスマス前だった。


 行きはエコノミーだったが、帰りはビジネス・クラスだった。


 聡声はすっかりプクプクになっていた。体格だけみれば十分オペラ歌手だった。


 歌もかなり上手になっていた。美声だ。


 エコノミーは食事が美味しくないというのが聡声の表向きの理由で、もう一つはエコノミーには座りたくない、もしくは座れないというのが本当の理由だった。


 帰りの食事は日本食だった。蕎麦がある。


「うれしい!」


 さすがに機内のシャンパンは未成年なので飲めなかったが。


 ヨーロッパでは普通にノン・アルコールのワインが売っている。ノン・アルコールのビールもある。ビールのラインから製造されているのでヨーロッパの香りがした。


 帰国前に何か胸騒ぎがしていた。


 帰るという期待感ではない何かだったが、静蓮には分からなかった。


 帰国した二人を一番歓迎したのは聡声の母だった。


 聡声は母の優に二倍はある身体で抱きついていた。


 静蓮は指にした蝶のリングを母に見せた。


 母から聡声への贈り物だったからことわりをいれたのだ。母は「あなたも私の子供なんだから」と言って喜んでくれた。


 出迎えてくれたのは他に高施たかしだけだった。


 静蓮の両親は海外で戻れないらしい。


 静蓮は少し寂しかったが、聡声の母に会えただけでも嬉しかった。


 高施が家族再会の間に荷物を車に運んでいた。かなり要領が良い。


「お帰りなさい」


 高施が挨拶した。


「お父さんお母さんそれに緑朗ロックさんがよろしくと言っておられました。高施たかしと呼んでください」


「はいありがとうございます。高施さん」


 紺のアスコットの助手席に乗る静蓮。聡声と母は後ろに乗って、もうシートベルトをしていた。


 会話がつきないようだ。よくしゃべる。


 音楽(BGM)はモーリス・ラヴェルの『ボレロ』だった。


「明日なんですが……」


 高施が隣の静蓮に声をかけた。


「はい」


青田美濃あおたみのさんはご存知ですよね……」


 高施は言いにくそうだ。


「はい……まだあやまってないんで会いたいです。お元気ですか?」


 舞曲パヴァーヌが軽やかに響いていた。緑朗の選曲だろう。


 涙があふれてきた。


 曲名は、ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」だった。


(亡くなった……)


 後ろ二人の笑い声が心に染みた。


「美濃さん……」


「明日お葬式なんで……」


 前を見ながら高施が言った。慎重な運転だが流れに乗っている。


「行ってほしいそうです……」


 香料を預かっているとのことだった。


「はい。行きます。場所は?」


「市の公民館です。お送りします」


 高施が言った。


「一人で大丈夫です……」


緑朗ロックさんから言いつかってるんでごめんなさい。いっしょに行きます。それに……」


 高施がちらっと静蓮を見た。


「それ……に?」


「エンジェルですよ」


「エンジェル!」


 静蓮が大声を出した。


「えっ? なに?」


 後ろの二人もびっくりしている。


「ごめんなさい」


 すぐに話を続ける二人。


じゅんさん……元気かな? 手紙出したのに……高施たかしさん?」


「そう高施です」


「あの日に淳さんに言付ことづけてくれた、高施さん」


「そうです」


「あなたこそエンジェルだわ。キューピッド」


 蝶のリングを回した。柄が飛んでいるように見える。


「そうでもないです……」


 口が重たかった。


「明日は……淳くんも来られます……会われますか?」


「ええもちろん!」


 静蓮の目が輝いていた。


 高施が一瞬、静蓮を見た。


「そうですか……」


 高施が静かに続けた。


「実は……」


 音楽がジャン・シベリウスの「悲しきワルツ」になった。


 静蓮は聞き終えてなお「それでも会いたい」と本心を言った。


 静蓮は聡声の家に泊まることにした。自宅には誰もいなかったから。


 明日の時間を再度確認した高施は帰っていった。


 聡声の母は聡声の昔の服を出して、お風呂から上がった静蓮に着させた。


 蝶のデザインはリングと同じ黄琳玲ホアン・リンリィンブランドだった。


 着られなくなった聡声もいっしょになって静蓮に試着させて楽しんだ。


 その夜、静蓮は夢を見た。


 淳といっしょになって子供と遊ぶ夢だった。


 男の子だった。


 綺麗な目は淳そっくりだった。


 口元は静蓮の父そっくりだった。


 夢は現実に似ていた。


 家族はかなりお金で苦労していた。


 それでもただ一つ言えるのは、静蓮は楽しんでいたということだった。


 静蓮は淳とその子を愛していた。


 そして愛されていた。


 静蓮はその子に会えるのを楽しみにすることにした。


 夜の闇の恐怖はそれからやわらいだ。


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