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47.電話(3)/高施

47.電話(3)/高施


 時計の音が静蓮の耳に残った。


 市内郵便ならもう着いているころなのに、静蓮には何の連絡もなかった。何としても出発までに会いたかった。


 もう休みに入っているので、学校にも行けない。


 美濃の薬局は相変あいかわらず休みだった。


 スマイルスにもらった名刺の住所に行ってみたが、小太りの平悟郎が一人いるだけだった。


 少し覗くと、平悟郎は電話のメモを取っていた。机の上は書類の山だった。


(きっとあの山の中に……)


 静蓮の手紙もあるはずだった。


 業者も出入りしていた。


 静蓮の電話と同じで待たされている。


 静蓮は夜になるのを外で待った。


 淳が帰ってくるのを待った。


 会いたかった。


 どうしても会いたかった。


 平悟郎に見えないように、表の事務所の脇を抜け、裏の家の陰で待った。


 もう平悟郎とは話したくない静蓮だった。


 家に帰ったのは平悟郎一人だけだった。


 静蓮は書いてきた手紙を家のポストに入れた。これで他の家族の人にも見てもらえるはずだった。


 翌日も連絡はなく、電話は全て父宛だった。


 いつもより陸緑朗からの電話が多かった。


 一時間ごとにポストを見に行ったが、入っていたのは父への手紙だけだった。


 奥の隙間に薄い手紙が埋もれていた。


(あ!)


 喜んで見ると税金の納付書だった。去年のだった。雨と落ち葉で少し変色していた。


   *


 出発の前日になった。


 静蓮の生気がゆらいでいた。


 覚えてしまった電話を何度もかけたが出るのはいつも平悟郎でらちかなかった。


 最後にもう一度かけた。


『はいありがとうございます。鮎川建設株式会社でございます』


 若い男性の声だった。


(違う人だ!)


 静蓮の目が輝いた。


「わたし孫静蓮そんせいれんです……」


 はっきり言った。のどから血が出そうな声だった。


『いつもありがとうございます。先日はみませんでした……』


「はいありがとうございます」


 緑朗がいつも言っているように言った。


「済みませんがじゅんさんはおられますか?」


『セイレンさんですよね』


「そうです」


『声変わりました? 風邪とか……』


「え? ひいてません」


『でもセイレンさんですよね。声……』


「そうです」


『じゃあ……大変申し訳ないんですがおつなぎできません。社長から言われてますんで』


「どうしてです? お願いです。わたし会いたいんです。わたし謝りたいんです」


『そう言われてもいくら親しいと言われても子供さんをダシにするなんて少し礼儀に……大人おとなげないんじゃあないですか?』


「わたしも子供です」


『自覚はされてるんだ……』


「わたしは孫静蓮です。淳さんに会いたいんです。明日からオーストリアなんです」


『この時期に旅行ですか? まだ工事が――』


「――留学です!」


『留学? 話がみあいませんね』


「わたしは孫静蓮そんせいれんです。淳さんに会いたいんです。会わせてください」


『ソンセイレンさん?』


「はい、孫静蓮です。まごしずかなはすと書きます」


『孫に静かな蓮さんは、生活設備連合協会と……ん? 関係は?』


 声のトーンが上下した。考えているらしい。


「ありません」


 きっぱり。


『……』


 長い沈黙。


『……ちょっとお待ちいただけますか?』


「はい。あっ!」


『何ですか?』


「切らないで……お願いです」


『大丈夫。待ってて』


 ニーノ・ロータのオルゴール曲が流れた。


 静蓮の受話器を持つ手が白くなっていった。


『お待たせしました。そんさん』


「はい」


『電話したって言っているんですけど……』


「ありませんでした。ずっと家にいました」


 泣けてきた。


(会える。会えるんだ)


「淳さんおられるんですか? 会わせてください」


 持つ手が濡れて滑る。逆手に持ちかえて、袖で手をいた。


『今は出てます。ちょっとお待ちください』


 送話口を手で押さえる音。『……電話きてないって言っているよ。本当に伝えたの?……』奥で『……伝えた……』と言う声。平悟郎だ。『……もう一度確かめて……』と言う男性。『……信用できないのか! タカシ……』と怒鳴る平悟郎。高施たかしと呼ばれた若い男性の溜息。『……信用どうこうじゃあなくて、確認してほしいだけ。確認できれば問題ないじゃあない……』『……それを信用していないって言うんだ……』と平悟郎。もう一度高施の深い溜息。『……あるじゃあない……』と一言。平悟郎が途端に静かになる。


『孫さん?』


「はい」


『お待たせしました。うちのスタッフにメモを取らせました?』


「ええ復唱もしていただきました」


 基本だった。「復唱」は緑朗の習慣だった。


『これ芦屋ですよね』


「はい」


十三じゅうそうに会社とかは……』


「ありません。父が芦屋に〔リラクシン〕というお店を……」


『〔リラクシン〕のおじょうさん?』


「お嬢さんじゃありませんが……娘です」


『道理で……』


「何がですか?」


『きっちりしているから。ごめんね。家まで来てくれたみたいだね』


「すみません。それでお父さんが怒ってるんですよね」


『どうやらそれもどうだか……へいさん?』見回したようだ。『逃げやがった……。で、じゅんくんに会いたいんだよね』


「お願いします」


『ところで生活設備連合協会セイレンのビヤダルおばさんは……』


「知りません」


『うんうんそうだろうなあ変だと思ったんだ。平さんにしては話ができすぎていると思ったんだ。明日出発だね』


「はい九時のオーストリア行です」


 会えるので静蓮の頭はいっぱいだった。


(やっと会える。会えるんだ)


『九時のオーストリアと』メモする。『後で淳くんに会うから直接言うね』


「はいお願いします。すみません失礼ですが」


『はい?』


「お名前を……」


高施たかしだよ。たかほどこすと書いて高施。一人しかいないから。大丈夫必ず伝えるから。安心しなよ』


「はい」


 電話を置いて両手を見た。白くなった指先がほんのり桜色に染まり始めた。


 静蓮の頬も、心も桜色だった。



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