21.墨月の悪夢/山田栄との取引
21.墨月の悪夢/山田栄との取引
閃光。
目も眩む大量の光の束。
静寂の中、炎上する。
スプリンクラーの自動降水。
小雨と煙の向こうで、血まみれの少年が頭から血を流す青年を抱いて泣いていた。
煙で涙が出るのか。それとも悲しいのか。
煙が少なくなり、壁の鏡がうっすらと少年の顔を映しだした。
煙と水で良く見えない。それは……。
(私だ!)
「夢だ。夢だ」
夢から醒めた墨月信行が自分に言いきかせた。
夢の出来事の半分は現実。もう半分は願望だった。
起床のアラーム音。
電動ベッドをやや起こしアラームを停止させると、ウィルキンソンの水をチューブストローで飲んだ。
(ウィルキンソン タンサンか……あの日)
墨月は想い出した。
(カフェで女の子とお茶をしていたっけ)
彼女がカフェ=オ=レに砂糖を三個も入れていた。微笑む。
(あのころはまだ純粋だった。――今もそうかも知れない。ある意味では。善悪の彼岸は何処なりしや)
「レティ、オープン」
ベッドを起こし、コンピューターを口答パスワードで起動させた。
〈おはようございます。信行さま〉
「おはよう、レティ」
レティ=レティシアは彼女――コンピュータの名前だ。
目の前の大型モニタに株式のグラフが表示された。
ニューヨークを確認した。
「ヨーロッパは?」
続いてロンドンが表示された。
〈予定通りの売買です。指定のエル・ヴェ・マテリエル製薬は順調です。変更はございますか?〉
LVMの推移がグラフに表示された。予定と同調している。
「ではそのまま。――予定を」
個人のスケジュールが表示された。ほとんどが確認の連絡だ。モニタに表示されている時間を確認した。
「東緑が丘地区の進展は?」
〈現在五十七・二%買収済です。残り四十二・八%です〉
「山田栄さんからの連絡は?」
〈ございません。前回の連絡は……〉
「――山田さんに通信回線を秘匿接続。生体認証の確認も」
コンピューター・レティが接続した。
『今(連絡)しようとしていたところだ』
嘘だと分かる。
「おはようございます山田さん、期限は……」
通話のみだが、にこやかに微笑みを浮かべ墨月が言った。
『分かってはいるが……おはよう。もう一週間待ってくれないか。……最終期日までには必ず何とかする。約束する』
「あなたらしくもない」
少年のように墨月が言う。歳はかなり墨月の方が若い。
「約束は今日までで七十――」
『――墨さん、墨さん』
大きく口で息を吸う山田だった。
『あんたじゃあないなら怒るところだ』
「手を貸しましょうか」
やわらかく言う墨月だった。
『……』
黙る。吐息が深い。
墨月のモニタの通話時間は、正確に秒までカウントしていた。
『頼めるか……他に頼めないしな……』
山田は「敗軍の将は兵を談ぜず」を知っているようだ。
「分かりました。こちらで処理します。では」
『恩に着る。それから……』
「はい?」
『この間は香典をわざわざありがとう。助かった』
「大した事しかできなくて済みませんでした」
『ありがとう本当に助かった。……ありがとう』
山田が涙に濡れているのが分かった。
通話を切ってから墨月は呟いた。
「本心からだったんだ。同情じゃあない」
レティには聞こえなかった。




