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16.春女と无冥

16.春女と无冥むみょう


 黒革のフェラガモがかなでるリズムに女は酔っていた。黒のルイ・ヴィトンを大きく振りながら歩いている。


 まっすぐ歩いているがどう見ても素面しらふではないがかなりの美女だ。


 みんなが振り返る。


 コンサート会場の案内板の前で止まった。


 時計を見る。


 しゃっくり。


 首のチョーカーの青い宝石が揺れる。


 時間と日付。ピアノコンサート中止の張り紙。


「どうして……」


 かがみ、のぞく。黒のスリットがかなり深い。


 鮎川淳が出ていない。


 「あの子可愛かったのに……」


 しゃっくり。


 女に見取れた車が路側のフェンスに自爆した。


 気づかぬ女はタクシー乗り場に向かった。


 しゃっくり。フェラガモの音が木霊こだまする。しゃっくり。むせる。止まらない。


 あたりにトイレはなく、仕方なく裏路地に走る。


 外灯が点滅している。


 無造作に置かれた麻袋につまずきそうになる。


 奥の壁に手をついて全部出した。


(もったいない……)


 顔をゆがめた女が、LVからハンカチーフを出してぬぐった。


(赤い?)


 鏡を出して確かめる。


 点灯する外灯。


 顔にルージュが少し残っているぐらいだった。


(手が赤い?)


 灯が消えた。


 雲間から月が顔を出した。裏路地に光の矢が刺さる。


 鏡を見る女に、麻袋の赤みは見えない。


 手の赤みをウェットティッシュでぬぐい、ハンカチーフと捨てた。


 ふと壁を見た。


 月が隠れる。


 赤ペンキで落書きされていた。


 外灯が点滅している。


 通路を出ようとすると若い男性がいた。


「大丈夫ですか?」


 女は照れながら口に手をやった。


 ペンキは取れている。


「ちょっと飲み過ぎたみたい」


 青年は女を抱くとタクシー乗り場まで連れてくれた。


「ありがとう。家まで……」


 女が言うより早く青年はドアを閉めた。


「送ってくれれば良いのに……ハンサムボーイ」




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