14.〔バー・スマイルス〕/岩尾増時/ウィルキンソン
14.〔バー・スマイルス〕/岩尾増時/ウィルキンソン
カフェ〔バー・スマイルス〕の間口は広くない。店内もカウンターだけだ。昼は屋外にパラソルを立てフレンチ・カフェに仕立てていた。
生バンドがジャズを演奏している。
ウッド・ベースにピアノとアルトサックス。
ダーク調の服を着こなした少年と緑髪の少女が楽しんでいた。
マグ・カップにいっぱいのチコリのカフェ=オ=レが辺りに香る。
BGMのジャズが優雅に奏でられる。
さすがに昼間はハードなものはしない。
店はニューオーリンズ・スタイルのようだが、モダンジャズが流れていた。
知らない人も多いがロックもジャズの派生系だ。アフタービートに変わりない。ボサノバも。レゲエも。ラップの最初はハービー・ハンコックだ。
ジャズには人の持つ潜在的な揺らぎがある。楽譜はない。人生のようだ。感覚の赴くまま演奏される。デタラメ? そうではない。きちんと整理されている。ハードにもソフトにもあらゆる環境に合わせて。
ためしにジャズのミュージシャンで演劇をすれば完璧に演技をこなすだろう。観客の反応を見て演奏を変える彼らならではだ。
一流のミュージシャンは演技ができる。というよりそれが自然体なのだ。観客や共演者の反応が分からなくては良い作品には仕上がらない。それができているだけだ。むやみやたら自分の主義主張を言ってみたところで聞いてもらわなければ言ったことにならない。伝わらなければ「言った」とは言えない。
オペラ歌手は演技も歌唱もこなす。それがより自然なことだから。オペラ会場にマイクはない。自分の声だけが勝負だ。
オペラ会場は人の声をより遠く聞こえるようにする楽器だ。その歴史は古代ギリシアにまで遡る。半円形の石でできたエピダウロス劇場は普通の声が階上まで聞こえる。
人間の飽くなき探求心は変わらない。
路上でギターを手に歌うのにアンプは要らない。背中を丸めていれば声も出ない。
生バンドがようやく終わろうという時、つかさず髭のマスターがレコードを鳴らした。
「待て~!」
「こらー!」
ワンパク三人組だ。
一目散に走る鮎川淳。
演奏を終えたピアノの岩尾増時とぶつかりそうになる。
「大丈夫かい?」
追いつかれそうになって、淳は店内に逃げ込んだ。
三人組は中まで入れない。
髭親父が睨みを効かせていた。
煙草のエコーを燻らせる。
一面にきれいにLPレコードのジャケットが並べられている壁に、淳がもたれた。
「ハーイ! エンジェル!」
「ありがとうございます」
「良いって事よ」
マスターがバドワイザーの小瓶の底を見せた。昼間から飲んでいるスマイルスだった。
バドワイザーの小瓶三本を出して栓を抜く。表の演奏者三人だと分かった淳が持っていった。
「ごちそうさまです!」
「いただきます!」
「ありがとうございます!」
礼を言い、乾杯する三人だった。
店内でスマイルスがウィルキンソンのジンジャーエールを抜いていた。淳に渡す。
「いただきます」
タエにもらったお金を出した。笑って半分返すスマイルス。自家消費(スタッフ価格)らしい。そのままポケットに入れた。
「ウッ!(辛い!)」
一口飲んだが咽せた。本来お酒を割るためのジンジャーだから、子供には向かない。過ぎる味だ。
「人生そんなに甘くない」
半額にしたスマイルスの笑いだった。髭にエコーの煙が木霊する。
「マスター、大人げない」
一番若い岩尾が言った。ふつう子供にはカナダドライを出す。
「今のうちから知っとかないと先が思いやられる」
二本目を開ける。
「善人は長生きできねえからな。エンジェル、下界はどうだ?」
大人の味を知る淳だった。




