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13.美濃の薬/タエの手/三人組

13.美濃の薬/タエの手/三人組


 グスターヴ・ホルストの管弦楽曲「木星、快楽をもたらす者」が流れる薬局で、右目だけ度が入った眼鏡をしている少年が、薬剤師の調合を見ながら指を動かしていた。


 青田美濃あおたみのが茶泉学院大学附属病院の「℞」と書かれた処方箋しょほうせんを見て左手で計っていた。


 鮎川淳は調合が好きだった。決められた分量を決められただけ正確にはかり入れる。白い薬剤と透明な薬品、それに何やら変な匂いのする変わった色の液体など初めて体験するものばかりだった。


 危険な薬品の棚には錠がされていた。


 重い医学の本を見るが最初はちんぷんかんぷんだった。


 薬学の最初に書かれているのは「薬は毒である」という金言きんげんだ。


 淳も最初は何のことかわからなかったが、読んでいるうちにだんだん分かりはじめた。


 薬は毒にもなるので投与すると別の副作用が出る。副作用のない薬はない。たとえば、利尿薬りにょうやくの副作用として低カリウム血症や低ナトリウム血症、高尿酸血症などがあげられる。逆に、副作用のほうが有益だと判断され、売上が伸びた薬もある。


 効果があるということは、正に薬は毒なのだ。適切に使えなければ安易に人命をあやうくしてしまう。


 とはいえ、毒にも薬にもならないものは効果がない。化粧品などその最たるものだろう。もし美しくなるのであれば薬局でしか販売できない。


 音楽が「土星、老いをもたらす者」になっていた。


 美濃が粉薬を白い薬紙の上に置き、ていねいに折り包んだ。十四包ある。


 白い紙袋に入れると、淳に渡した。


 美濃がせききこんだ。淳が背中をさする。


「美濃さん大丈夫? 病院で見てもらったら?」


「ありがとうエンジェル。大丈夫。早く届けてあげて。タエさん待ってらっしゃるから」


 領収書の「赤沼タエ」という名前と金額を確かめて、お釣りを入れた袋といっしょに紙袋に入れた。


 陽射しが強い。半袖の淳の両手に傷がわずかに残っている。


「ハーイ! エンジェル!」


 カフェの〔バー・スマイルス〕のひげのマスターが声をかけた。


「こんにちは!」


 女の子のような顔をした淳の洗礼名はエンジェル――天使だった。


 洗礼に父の忠は何も言わなかった。あのとき以来、前にもまして仕事に一所懸命になっていた。最近言葉を交わしたのはいつだったろう。めっきり会話がない。妹のしおりの傷はえ、完全に消えた。


 赤沼の家の呼び鈴を押した。真新しい緑色のバイクが玄関先にあった。


「……はい」


青田あおた薬局です」


「どうぞ」


「はい」


 室内の電灯がつけられていた。一戸建てだが隣家と近く、陽が届いていない。


 陰翳いんえいの奥にいたタエがゆっくり歩いてくる。内職の一部が廊下にあった。


 家族は全員出ているらしく、他には誰もいないようだ。


 タエがあがかまちに座ると、大事そうに巾着きんちゃくを取りだすと折りたたんだおさつを広げ、淳に渡した。


「いつもすまないねえ……」


 それとは別に小銭を出して淳に渡した。


「帰りに何かみなさい」


「タエさんいいですよ。バイト代もらってますから」


「うちには何もないから……気持ちだから」


(痛い!)


 タエのしわが淳の柔らかな肌に刺さった。


「あんたはいい子だよ。あんたみたいな子がうちにもいたらねえ……」


 やわらかな笑顔の淳に、タエが両手でしっかりと渡した。


「ありがとうございます。早く帰らないと……」


「そうだったね」


 ぎくしゃくしながら手を離し「今度ゆっくりおいで」と言った。


「はい」


「約束だよ」


 二人は指切りして別れた。


「ハーイ! エンジェル!」


 表に出るとさっそく声をかけられた。


 振り返らなくても判る。


「調子はどうだい?」


 例のワンパク三人組だ。


 目を合わせず通りすぎる。


「ナニ持ってるんだ!」


 たいわして逃げる。


「追いかけろ!」



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