断れない雰囲気
『スキルツリーの解錠者』のコミックが秋田書店より発売中!
久しぶりにやってきたコリアット村は、王都に向かう前と変わらず冬の装いに包まれていた。木造家屋の屋根には雪が厚く積もり、軒先から垂れた氷柱が陽光を受けて淡く輝いている。
「うん、王都に行く前とまるで変わらな――いや、まるで変わらないっていうのはおかしくない?」
のんびりと雪道を歩きながら感想を漏らすが、ふと途中で疑問を抱く。
コリアット村を離れて一か月が経過し、暦は二月の下旬になっている。
なんならそろそろ三月になると言ってもいい頃合いだ。
それなのに一か月前よりもさらに雪が増えているというのはちょっとおかしい。
ミスフィリト王国は国土が広いために亜寒帯から亜熱帯まで様々な区分に別れており、コリアット村はその中間地帯に区分される。
寒過ぎることもなく、暑過ぎることもなく、まさに程よい区分にいる。
そんな気候だからこそ、三月を前にしてもここまでの積雪があるのが不思議に思う。この世界に転生して七度の冬を経験しているが、こんなことは初めてだ。
不思議に思いながら歩いていると、ふと真正面にローランドの家があるのが見えた。
その軒先には大量の氷柱が連なっており、見上げているとむくむくと童心が湧いてきた。
軒先にぶら下がっている氷柱を見ると、無性に雪玉を投げてへし折りたくなるよね。
柵の上に乗っている雪を両手ですくって、手で握り締めると雪玉を作る。
狙いを定めて投げつけると、雪玉は弧を描いて飛んでいき見事に氷柱へと命中。
パキンッという乾いた音と共に氷柱が砕け散る。
「ナイスヒット!」
しかし、俺の雪玉は一本をへし折るだけでは留まらず、その衝撃が他の氷柱をも叩き落としてしまう。
ガシャガシャパリーンッと甲高い音が鳴る。
まるで壺を割ったかのような音だ。
周囲に人気がない分、それはもう盛大に響き渡ってしまった。
「こらあああああ! またトールとアスモだな!? 何度も何度も人の家に雪玉を投げつけやがって! 家が壊れたらどうしてくれ――あれ? トールとアスモじゃねえ」
ヤバいと思った次の瞬間、家の扉を開けて中からガタイのいい村人が出てきた。
コリアット村の外縁部に住んでいる村人兼、狩人をやっているローランドだ。
「久しぶりローランド」
「おお! アルフリート様じゃねえか! 久しぶりだな! 王都に行っているとは聞いていたが、もう帰ってきたのか?」
「うん、一週間くらい前に帰ってきたよ」
「そうかそうか! 一日前に――うん? 一週間には帰ってきてたのか?」
笑顔で頷いていたローランドが違和感を抱いたのか首を捻る。
「うん、帰ってきてたよ」
「……普通は帰ってきたらすぐに顔を出すもんじゃねえか? せめて二日後とか三日後とか……」
「長旅をした分、屋敷に引き籠っていたかったから」
ほぼ二週間も王都に滞在し、一週間の旅路を終えて帰ってきたんだ。二日や三日休んだ程度で俺の心の疲労が浄化されることはない。
サラリーマンが五日働いて、たった二日の休日では心が潤わない現象と同じだ。
五日働いたのであれば、五日休むのをルールとして定めて欲しい。
「気持ちはわからなくはねえけど、もうちょっと早く顔を出してやれよ。トールとアスモが寂しそうにしてたぜ?」
「前向きに検討することを善処するよ」
「なんかすっげー改善しそうな言葉を並べてるけど、変える気ねえだろ?」
「……バレた?」
本当であれば、あと一週間は屋敷に引き籠っていたかったけど、トールやアスモのことを考えて一週間の引き籠りで勘弁してあげたんだ。これ以上の早期切り上げは難しい。
「へ、へっくしょん! すまん! ちょっと上着を取ってきてもいいか?」
「うん、いいよ。というかなんでそんな薄着なの?」
改めてローガンの服装を確認してみると、真冬だというのに長袖と長ズボン一枚しか纏っていなかった。
この季節に外に出るには明らかに薄着だ。風邪を引いてしまう。
「トールとアスモを追いかけてしばくには上着を着ている時間はねえんだ」
なるほど。逃走するトールとアスモをしばき倒すための最速の装備らしい。上着は着ていないのにスコップを手にしているというアンバランスな理由がわかった。
そして、その攻防が幾度も行われていることに。
ローランドは一度家に引っ込むと、上着とマフラーを纏って外に出てきてくれた。
しかし、右手にはスコップが握られたままであった。
「スコップは置いてきてもいいんじゃない?」
「いや、必要だ。人の家に雪玉を投げ込む悪戯小僧を成敗しないといけないからな」
ローランドがスコップの面部分にパンパンと手を当てる。
冗談じゃない。目が本気だ。
「ちょっと雪玉で氷柱を落としただけじゃん!」
「バカ! アルフリート様のような立派な屋敷ならともかく、うちのようなぼろっちい家じゃダメージがすごいんだよ! ほら、見ろ! この雨樋なんて一昨日トールに壊されたんだぞ!」
「あらら」
ローランドが指し示した雨樋の先端部分は見事に欠けていた。
どうやらトールが雪玉を投げ込んだ結果、雨樋へと直撃して欠けてしまったらしい。
……うん、確かにこういった被害を受けると、ローランドが怒りたくなる気持ちはわかるけど、トールのせいで俺に余計なヘイトが向いている気がする。
やっぱり、あいつはロクでもない奴だ。
「というわけで、俺が怒っている理由はわかるな?」
スコップを手にして近づいてくるローランド。
鬱憤を溜め込んでいる今の彼であれば、たとえ領主の次男が相手だろうとスコップを振るってきかねないな。
「取引きをしよう!」
「ほう? 内容は?」
「俺の魔法で屋根にある雪を全て下ろしてあげる」
「……家の前にある雪も退かして欲しい。こいつらを退けるのもひと苦労なんだ」
「しょうがないな。家の周りも歩きやすくしてあげるよ」
「取引き成立だな」
俺とローランドはお互いに手を差し伸べ握手をした。
人は話し合えばわかり合えることが証明された瞬間だった。
「とりあえず、屋根の雪を全部下ろすよ?」
「おう、頼む」
俺は氷魔法を発動させると、ローランドの家の屋根に積もっている雪を操作し、適当な空き地へと下ろした。
「はいよ」
「おお、屋根に積もっていた雪が一瞬でなくなった! やっぱり、魔法ってのはすげえな!」
「家の周りの雪は、どこを退ければいい?」
「……そうだな。玄関から通りまでの動線を頼む。あと、ついでに軒下と窓の前も……」
「しょうがないな」
思っていたよりも広範囲の除雪を頼まれてしまったが、その程度の範囲を退けるくらいは大した手間じゃない。
ローランドの指定に応じ、氷魔法で雪を移動させ、民家の裏側にひとまとめにした。
「こんな感じかな?」
「すげえ! あれだけあった雪が一瞬でなくなった!」
俺の完璧な仕事ぶりにローランドもいたく感動しているようだ。
まあ、これだけの大雪をスコップだけで除雪しようと思えば、二時間くらいはかかってしまう。それを一分もかからない内に終わらせてあげたのだから当然と言えるだろう。
「これで氷柱を落とした件はチャラだからね?」
「ああ! こんな風に除雪してくれるなら毎日雪玉を投げ込んでくれても構わねえ!」
……いや、それは割に合わないから勘弁かな。
今度から氷柱落としをする時は、人の気配がなさそうな民家を選んでするか、自分の屋敷でやろう。
「お、なんだ? アルフリート様が帰ってきたのか!?」
「おかえりなさい! ところで、魔法で雪かきをしてくれるってのは本当か!?」
「うちの屋根の雪も魔法で下ろしてくれ! ここ最近、雪ばっかりで除雪が大変なんだ!」
そんな決意を固めていると、周囲からどこからともなく村人たちが集まってきた。
いや、待って欲しい。俺がローランドの家の屋根の雪を落としてあげたのは、あくまで悪戯をチャラにするためであって奉仕精神に目覚めたわけではない。
「さすがはノルド様の息子さんだ。ここ最近、大雪続きだから俺たちの事を気にかけてくださったんだな」
「アルフリート様は、まだ小さいのに人ができている」
咄嗟に否定しようとしたが、そのように言われてしまってはできるはずもない。
「お願いします、アルフリート様。私ほどの年齢になると、雪かきをすることも難しく……」
極めつけには腰の曲がったお婆ちゃんが、俺の目の前にやってきて両手を合わせてくるではないか。
村人たちが総出で俺の退路を塞ぎにきていた。
君たち明らかに連携しているよね? そうじゃないと、こんなに綺麗な流れは作れないと思うんだ。
とはいえ、今目の前にいるお婆ちゃんをはじめとした村人たちが、毎日の雪かきで困っていることは確かなのだろう。
「……しょうがないな。今ここにいる人の分だけやってあげるよ」
肩を竦めながら承諾すると、目の前にいた腰の曲がったお婆ちゃんが「ひゃっほーい」と元気良く飛び跳ねた。




