雪の傾斜エレベーター
『独身貴族は異世界を謳歌する』小説6巻発売中です。
「……ふう、ようやく着いた」
大勢の村人から頼まれた雪かきをこなし、解放された頃には太陽が中天の位置に達していた。
……おかしいな。割と朝早くに屋敷を出たはずなのに、もうこんな時刻になっている。
バルトロとの一打席勝負、フォークボールの実演、村人たちの雪かき……ただコリアット村に向かうだけでこれだけのイベントがあるなんて、こっちの人たちは賑やかだ。
さて、そんなこんなで時間はかかってしまったけど、なんとか俺はトールの家の前にたどり着くことができた。
トールとアスモは元気にしているだろうか? 前に二人と会ったのはいつだっけ?
直近の出来事が濃密だったせいで正確には思い出せないけど、とにかく会うのは久しぶりだ。ラズールでの出来事は転移が絡むのであまり話すことはできないけど、王都でいろいろあった出来事をメインにたくさん話をしよう。
亜空間から王都土産の詰まったトランクケースを取り出し、トール家の扉へと手を伸ばそうとしたところで俺は異変を察知した。
「……シールド」
無属性魔法のシールドを展開すると、その上に大量の雪が落ちてきた。
「マジかよ! なんであのタイミングで防げるんだッ!?」
「完全に不意をついたと思ったのに……!」
声をした方角を見上げると、隣接している家(アスモ家)の屋根の上で雪ノコギリを手にしたトールとアスモが唖然とした顔をしていた。
「おい、アル! なんで俺たちの奇襲がわかったんだ!?」
「最近、玄関で奇襲を受けることが多くてね」
ミスフィード家の屋敷ではギデオンから握手と見せかけてからの無詠唱風魔法による奇襲を受け、先ほど屋敷を出た瞬間にはバルトロから雪玉を投げつけられた。今の俺の玄関での警戒心はすこぶる高い。
「一体、どんな生活してりゃ玄関で奇襲を受けることになるんだよ」
「‥‥憎まれやすいってのも大変」
「いや、俺の日頃の生活が悪いわけじゃないからね?」
どちらの件も相手方による一方的な奇襲だ。俺の日頃の行いは関係ない……と思いたい。
「ところで二人ともどうして俺がくるってわかったの?」
事前に使いをやっていたり、手紙を出していたわけでもない。
コリアット村に遊びに行くことに決めたのは今朝思い立ってのことだ。
スロウレット家の家族だろうと使用人だって予測できないのに、どうしてトールとアスモはこんな風に待ち伏せすることができたんだろう?
「村の入り口付近に住んでる連中が大騒ぎしてたからな。ここで待ち伏せすりゃ、その内ふらっとやってくると思ったぜ」
さすがは田舎。情報が回るのが早いな。
「アルが村中を回って魔法で雪かきをしてくれるって噂が流れてるけど本当?」
「なにそれ? デマだよ」
確かに一部の人たちのために雪かきをしてあげたけど、村中を回って大々的にやるつもりなんてない。
「んだよ! デマなのかよ!」
きっぱりと告げると、トールとアスモが残念そうな顔をした。
転移を使えば、村の中心部から離れていようが対応はできるのでやろうと思えばできるだろうが、さすがにそこまでの無理はしたくない。
「まあ、二人の家の雪くらいなら下ろしてあげてもいいよ」
「本当!? 助かる!」
「ちょっと待ってくれよな! 今、梯子を使って下に降りるからよ!」
「――二人とも降りる必要はないよ。雪ごと下ろしてあげるから」
「え?」
「まさか……!?」
何となく俺のやろうとしていることがわかったのか、二人が驚愕の声を漏らした。
「ま、待て! アル、話せばわかる!」
「もう遅い!」
先にあんな奇襲を仕掛けてきたんだ。こちらから反撃をしても文句はあるまい。
俺はトールとアスモの足下にある雪を氷魔法で支配下に置くと、そのまま地面へと流れるように動かしてやった。
「「どあああああああああぁぁぁッ!?」」
バランスを崩した二人は傾斜のついた雪に呑み込まれるようにして落下し、最後にぽふりと大量の雪の中へと埋もれた。
「どう? 雪の傾斜エスカレーターは?」
「エスカレーターってやつが何かは知らねえけど、めちゃくちゃ焦ったわ!」
「冷汗かいた」
「ごめんごめん。怪我だけはしないように細心の注意は払ったから許して」
もちろん、二人に怪我だけはさせないように繊細に魔力コントロールをしながらの仕返しだ。
バランスを崩して足首を捻らないように雪の硬さを微細に変動させているし、尻もちを突いた時に尾てい骨を痛めないように雪を流動させたりもしている。落下時に衝撃が伝わらないように柔らかくしつつ、雪にすべてのエネルギーを流せるように調節した。
「確かに屋根の上から滑り落ちたのにどこも痛くねえな」
「相変わらず才能の無駄遣い」
「お褒めの言葉をありがとう」
地味にこういった流動性の高い雪操作ができるようになったのは、ラズール王国でたくさんの砂を流動的に操った経験のお陰だ。雪だって大雑把に捉えれば、小さな雪の結晶の集まりに過ぎないからね。何が役に立つかわからないものだ。
そんな風にじゃれ合っていると、アスモが大きくくしゃみした。
シンプルにうるさい。
「ねえ、そろそろ中に入らない? いい加減寒い」
「それについては同感」
こんなにも寒い日なのに、わざわざ外で固まって話す意味はない。
「それもそうだな。とりあえず、入ってくれ」
トールがガラリと扉を開け、俺とアスモはその後ろに続く形でお邪魔させてもらうことになった。
「ねえ、トール。薪が減ってきたんだけど、外から取ってきてくれない?」
リビングにやってくると、暖炉を前にして青髪の少女が気だるげな声を出していた。
暖炉の前に陣取っており、火鋏で乱雑に追加の薪を投入している。
「はあ? 薪くらい自分で取ってこいよ」
「嫌よ。私が行くとわざわざ着替えないといけないじゃない。でも、外にいたトールならそのまま取りに向かえるでしょ? 効率で考えなさい」
「気持ちはわかるけど、今は無理だって」
「なんで?」
「客人の相手をすんだよ」
「客人ってどうせアスモでしょ?」
「アスモもいるけど、アルもいるんだって」
「――ッ!?」
トールがそう告げると、今まで暖炉の炎を見つめていた青髪の少女が初めてこちらを振り向いた。
「こんにちは、アルフリート様! すみません! こんなだらしない格好で!」
恥ずかしそうに髪の毛を押さえながら挨拶をしてくれるエマお姉さま。
今日はプライベートモードなのか、モコモコとした白い寝間着を纏っており、髪の毛をピンで留めていた。
プライベート感があってすごくいい。個人的にとてもグッとくる。
「いや、こちらこそ急にお邪魔してすみません」
「いえいえ、狭くて何もない家ですが、どうかゆっくりと寛いでいってください」
短く挨拶を交わすと、エマお姉さまは俺たちとすれ違うようにして廊下へと移動する。
すれ違い様にトールが頭を押さえ、「いてっ!? なんで叩くんだよ!?」などと抜かしていたが、壁に頭をぶつけただけに違いない。なんて鈍くさい奴なんだ。
「さすがはエマさん。寝間着姿も可愛いね」
「はぁ? どこかだよ? その濁った眼球、取り換えた方がいいんじゃねえか?」
俺の眼球は至って綺麗だ。むしろ、そんな感想を抱いてしまうトールの眼球こそ濁っていると言わざるを得ない。
「やれやれ、トールはわかってないな。ああいったふわふわモコモコとした格好が似合うのがいいんじゃん。エリノラ姉さんとかああいうの絶対に合わないし」
「……ふうん、エリノラ様の寝間着とかどんな感じなんだ?」
「エリノラ姉さん? ……いつも大体動きやすそうなシルクの寝間着だね」
「色は?」
「……トール、さすがに色まで聞くとキモい」
「確かに」
アスモの鋭い指摘を聞いて俺はふと我に返った。
聞かれたのでつい答えそうになったが、そこで色まで聞いてくるのはなんか気持ち悪い。
「う、うっせ! 別に色くらい聞いてもいいじゃねえか!」
アスモと俺が揃って同意すると、トールは小悪党みたいな捨て台詞を吐いて台所に移動した。客人である俺たちにお茶を出してくれるのは嬉しいが、明らかに逃げだな。
「へいよ。お茶だ。悪いがロイヤルフィードはもうねえからな?」
「あ、お土産としてエルナ母さんから貰っているんだった。先に渡しておくよ」
「おお、助かる。これがあると母ちゃんと姉ちゃんの機嫌が良くなるんだ」
齢八歳にして、妻の機嫌を伺うサラリーマンのような台詞を吐いてしまうトール。
今、提供するわけでもないのに小分けにしているのは、いざという時のご機嫌取りのためなのだろう。
既に温かいお茶は出してくれているし、家庭内の弟の地位に低さは俺とアスモもよくわかっているので何も言うまい。俺たちの分を上手く交渉カードとして使って力強く生き延びてくれ。
「にしても、アルさんよ! 顔を出すのが遅過ぎるんじゃねえか?」
リビングに戻ってくるなり、トールが言ってきた。
チンピラのような口調になっていることからトールなりに思うところがあるようだ。
「それは思った。こっちに帰ってきたのは一週間も前なんでしょう?」
「一週間もじゃないよ。たった一週間だよ。むしろ、こんなに早く顔を出した俺を褒めて欲しい」
本当ならあと一週間は屋敷に引き籠っていたかった。
しかし、コリアット村にいるトールとアスモがいると思って一週間も巻いて顔を出してあげた。
ああ、俺はなんて友達想いな奴なんだろう。
「……俺たちとは時間の感覚が違いすぎるな」
「まあ、アルはのんびり屋だから」
トールとアスモも思うところはあるようだが、長い付き合いだけあって俺のことをしっかりとわかってくれているようだ。助かる。
「ところで二月も下旬なのに雪が降り過ぎじゃない? なんでまだこんなにも雪が残ってるの?」
「んん? エリノラ様から冬将軍が出たって話は聞いてねえのか?」
「聞いたよ。なんか俺がいない間にとんでもない魔物が出たんだってね。もしかして、まだ雪が残ってるのって、その魔物のせいなの?」
「ああ、その通りだ。冬将軍が現れると、それだけで冬が到来するからな」
「ええ、でもエリノラ姉さんとルンバで撃退したんじゃないの?」
「だから、この程度の余波で済んでんだよ」
トールとアスモによると、冬将軍が村の外れに出現した日は、とんでもない猛吹雪に晒されたようで、あまりの降雪量にコリアット村のすべてが雪で埋もれそうになったようだ。
「……本当に災害みたいな魔物じゃん」
「だから、そんな魔物をたった一人で撃退してみせたエリノラ様は本当にすげえよな」
「いや、ルンバもいたから」
感激しているトールに俺は冷静に突っ込んだ。
エリノラ姉さんからの話を聞いた限り、(勝手に語ってきた)ルンバの活躍は相当大きかったもののように思えるんだが……恋愛フィルターのかかっているトールには聞こえないようだ。
助けを求めるように視線をアスモに向けると、処置無しといった風に肩を竦めてみせた。シルヴィオ兄さんのようなイケメンじゃないけど、そういった芝居がかった動きが妙に似合っている。
「なるほどね。まだこんなにも雪があるのは冬将軍の影響なんだ」
「っていうか、帰ってきたのは一週間前なんだろ? なんで知らねえんだよ?」
「屋敷の外に一歩も出てなかったから」
稽古の時に中庭には出たけど、ちゃんと屋敷の外に出たのはなにせ今日が初めてだからね。
「……アルらしい」
アスモが呆れたような視線を向けてくるが、それも俺らしさだからね。
ポジティブな意味で受け取っておこう。
「雪は嫌いじゃねえけど、ここまで長く続くとさすがに嫌になるよなぁ」
トールがテーブルに突っ伏すようにして言った。
おや、意外だ。コリアット村の村人たちは冬になると皆おおはしゃぎしているので総じて雪は大好きってイメージがある。
「寒いし、雪かきが大変だから?」
「それもあるけど、問題は畑仕事が遅れることなんだよ」
「そうなの?」
「例年なら今くらいの時期に畑仕事を初めている。けど、今年は冬将軍のせいで二週間くらい春蒔きが遅れそう」
「特に大麦、燕麦、豆辺りは生育期間が短くなるかもな。そうなると収穫量が少なくなるから俺たちみたいな農家は大打撃だぜ」
小首を傾げていると、アスモ、トールが農家のリアルな実情を語ってくれる。
家庭菜園レベルの農業しかやったことがないのでイマイチイメージが湧かないが、農家にとって春蒔きが遅れるのは割とシビアな問題のようだ。
「なんだよ、アル。妙に歯切れの悪い顔をして?」
「……なにか引っ掛かることがあった?」
「いや、二人が珍しくまともなことを言うもんだから背中が痒くて……」
トールとアスモの口からそんな真面目な台詞が出てくると思わなかった。
割と深刻な話だとわかっているのに笑っちゃいそうになる。
「コイツ、人の顔を見て笑ってやがる!」
「失礼な奴め!」
「あはは、ごめんごめん」
自分では堪えていたつもりだったけど、笑っちゃっていたみたいだ。
憤慨したトールとアスモがイスから立ち上がって襲いかかってきたので俺はけらけらと笑いながらシールドを展開するのであった。




