一打席勝負
「悪いけど、そんな泥沼な戦いはしたくないから次で終わらせるよ!」
「ワハハ! いいぜ! いつでも来い!」
こんな寒い中、二十球も三十球も投げるつもりはない。持久力戦なんてしたくないから次の一球でストライクをとる。
真正面からの勝負宣言をした俺は、今までよりも大きなフォームで全力投球をする。
狙いのホームシールドの真ん中――ではなく、やや高めのボール球だ。
先程の勝負宣言によってバルトロは速球勝負になると予想して、バットを強く握り込んでいるはずだ。これにはさすがに引っ掛かるはずだ。
しかし、俺のそんな予想は裏切られ、バルトロはバットを握ったまま微動だにしなかった。放り投げた雪玉はホームシールドに当たることなく、ボスンッと後ろの雪へと埋もれてしまった。
「なっ!? 微動だにしないだって!?」
まさか、もうそんな見極めができる程に目が鍛えられたというのか?
順応が早すぎる。
「へへへ、坊主のことだからな。ここぞって勝負の時には必ずコースを外してくると思っていたぜ。ボール一だな」
どうやら球を見切られたというより、俺の考えが読まれていたらしい。
「これならどうだ!」
「感情的になっていると見せかけて冷静なんだろう? それもボールだ!」
バルトロの言う通り、感情的になっているのはブラフであり、外角いっぱいのボール一個分くらいのボール球だった。続いての速球もホームシールドに当たることはない。
「さすがはバルトロ。俺の性格をよくわかってるね」
「伊達に長い付き合いじゃねえからな」
駆け引きで負けているというより、俺の性格が読み切られている感じだ。
屈辱的だけど、ちょっと嬉しい自分もいる。なんか複雑だ。
「ハハハ! 次もボール球か? あんまり外し過ぎると、次はそっちが追い込まれるぞ?」
二ボールに二ストライク。追い込まれているのはバルトロの方なのに追い込んでいる感じがしない。むしろ、追い込まれているのはこちらだというように錯覚してしまう。
いや、俺が追い込まれているのは事実か。なにせ最初にバットの性能に振り回されてストライクを取れたもののバルトロは一度も空振りをしていないのだから。
カウントが追い込まれれば、俺はホームシールドに投げ込むしかなくなる。
そんな状況下で敢えてボール球を投げるという選択肢もあるが……。
「せっかくの一打席勝負だ。ボール球で終わりなんてしょうもねえことはしねえよな?」
ここまで俺の性格を読み切っているバルトロだ。俺が最後にそういうことを仕掛けてくることはよくわかっているだろう。
「それは俺も同意だね。一打席勝負はしっかり投げ切ってこそだ。宣言するよ、バルトロ。次の球はちゃんとホームシールドに投げ込む」
「……今度はブラフじゃなさそうだな。いいぜ! こいよ!」
俺の宣言を受けて、バルトロがしっかりとバットを握り込んでバッターボックスに立った。
雪がしんしんと降り注ぐ中、俺とバルトロの視線が交差する。
これだけ雪が降っているのに瞬きの回数が少ない。
視線を俺に集中させ、どんな球がくるか見定めようとしているのだろう。
こんなに真剣なバルトロは初めて見た。
きっと、どれだけギリギリなコースに投げようとも今のバルトロならば打ってくるに違いない。そんな気迫を感じるほどだった。
しかし、それは普通の球であれば話だ。
少し付け焼刃ではあるが、切り札の一枚を切ることにしよう。
ゆっくりと足を上げ、力強く踏み出す。
同じフォーム、同じ腕の振りを意識し、指先を離れさせる。
雪玉が少し浮いたままホームシールドへと真っ直ぐに向かっていく。
「もらった――ッ!」
バルトロが目を輝かせ、腰を回し、バットが鋭く繰り出される。
その軌道は正確に俺の雪玉を捉えていた。
しかし、その直前に雪玉がふっと下に落ちた。
「んなっ!?」
バルトロの振るったバットは空を切り裂き、遅れて鈍い風音が響いた。
俺の投げた雪玉はしっかりとホームシールドに着弾している。
「よっしゃあ! 俺の勝ち!」
「おい、なんだよ今の!? 雪玉が急に落ちやがった!? さては坊主、魔法でインチキしやがったな!?」
三振を取ったことに喜んでいると、バルトロがいちゃもんをつけてくる。
「ふふ、魔法は使ってないよ。ただの変化球さ」
魔法を使えば、このようにいちゃもんをつけられることはわかっていたからね。
今回は純粋な身体能力と技術で勝負させてもらった。
「変化球だぁ?」
バルトロが怪訝な表情を浮かべながら近づいてくる。
バットを引っ提げながら怖い顔で近寄らないで欲しい。本当に怖いから。
「今、見せるよ」
魔法を使っていないことを証明するために俺はフォークボールの実演をする。
魔力を使っていないアピールをするためにわざとゆっくり目に投げると、真っ直ぐに飛んでいった雪玉はストンッと落ちた。
「うおお! 雪玉が途中で落ちやがった!」
「ほらね?」
「すげえな! 坊主!」
フォークボールを投げて見せると、バルトロがキラキラとした瞳を向けてくる。
なんだか小学生の頃に戻ったような気分だった。
子供の頃は変化球を投げられるだけでクラスの人気者になれたよね。大人になってからはそれができるからどうした? って、なってしまうのが悲しいところだ。
「ということで、さっきのフォークボールは純粋な技術であって魔法じゃないよ」
「そんなことはどうでもいい! 坊主、俺にも投げ方を教えてくれ!」
一打席勝負に負けてしまい悔しがっていたバルトロであるが、フォークボールの存在で一気にそんな感情は吹き飛んでしまったようだ。
「え? フォークボールの? まあ、別にいいけど……」
「はいはい! 私もアルフリート様のやっていた落ちるボールってやつをマスターしたいです!」
「ミーナも?」
バルトロはともかく、ミーナがフォークボールを投げられるようになってどうするんだろう?
「はい! これがあれば、冬の雪合戦で無双できるに違いありません! 私もフォークボールを投げられるようになって妹や近所の子供たちからの尊敬を浴びるんです!」
発想がまさに小学生レベルだった。
うん、でも、コリアット村でフォークボールが使えるようになったとしても、それぐらいしか使い道がないよね。
「サーラもやりましょう! 三人で秘密の特訓です!」
「は、はぁ……」
ミーナがサーラの手を引いて、こちらに連れてくる。
サーラは明らかに興味がなさそうであるが、一応は先輩であるミーナの厚意は無下にしたくないって感じだろう。
「坊主! 早速、投げ方を教えてくれ!」
「じゃあ、雪玉の作り方から。まず雪玉は硬く握らない。硬め過ぎると重くなって上手く落ちてくれないからね」
「なるほど」
「次に雪の形状は若干縦長にする。そうすると、しっかりと落ちやすくなるから」
「結構、細工してるのな」
野球ボールと違って、人が投げやすい形状にはなっていないからね。変化球を投げやすいように多少の加工はどうしても必要だ。
「で、握り方になるんだけど、こうやって人差し指と中指で大きく開いて、雪玉を指の間に挟む込むイメージだよ。親指は軽く支えるだけ」
「おお、こうか?」
「待ってください。ゆ、指が……」
バルトロは手が大きいだけあってあっさりと雪玉を指で挟み込んでみせた。
一方でミーナは手が小さいというのもあり、指で挟み込むのに苦労している。
「ミーナは不器用だな」
「バルトロさんと違って、私たちは女性なので手が小さいんです! ねえ! サーラ!」
「私は挟めましたけど?」
「ええ!?」
ミーナが振り返りながら言うも、サーラはあっさりと指で雪玉を挟み込んでいた。
サーラの手はミーナよりも小さいし、そもそも七歳児である俺が握り込めているのだ。
問題は手の大きさではなく、指の可動域や扱い方の問題なのかもしれない。
「挟めないなら今回は雪玉のサイズを小さくすればいいじゃないかな?」
「……そうします」
指の可動域云々に関しては一朝一夕で解決できる問題じゃない。
無理をしては指を痛めることになるので雪玉を一回り小さくすることでミーナも挟むことができた。
「投げ方については、少しリリースは少し早めにするイメージかな。指で押し出したり、手首を使ったりすると回転がかかって落ちなくなるから注意だね」
大まかな投げ方について説明すると、バルトロが早速とホームシールドに向かって雪玉を投げてみせた。
「んん? 上手く落ちねえな?」
バルトロの投げた雪玉はホームシールドへと緩やかに飛んでいって着弾した。
「……もうちょっと指の力を緩めて抜くようにして投げてみて」
雪玉が伸びるのは、おそらく指の握り込みが強いのが原因だろう。
「こんな感じか? ……おおっ!? なんか今、ちょっとだけ落ちたよな?」
「うんうん、落ちたね。そんな感じ」
たった一回のアドバイスで雪玉が落ちるようになるなんてすごいや。
俺が前世で野球部の友人に教えてもらった時は、まるっきり落ちなかったんだけどなぁ。
「えい! ……あれ? ぜんぜん雪玉が下に落ちません。むしろ、横に広がっているような?」
一方でミーナの投げた雪玉は、ホームシールドから大きく右に逸れていた。
「多分、指が開き過ぎているんだと思う。もう少し狭くして握ってあげれば、真っ直ぐに飛んで落ちるようになるはず」
「こうですか?」
「うーん、まだ指が開いているね。もう一度」
「こう? ……あっ! 今の少し落ちましたよね!?」
「……いや、今のは失速しただけかな」
ミーナが興奮したように言ってくるが、ただ重力に引っ張られて失速しただけだった。
何度か指の握り具合を指摘してみるが、どうにもミーナは指の動きが硬いらしく上手く挟み込むことができないでいる。結果として雪玉が横にぶれたり、伸びてしまったりとイマイチ安定しない。
意欲はとても高いが、こちらは習得するのに少し時間がかかりそうだ。
最後のサーラはどうだろう?
そう思って振り返ると、ちょうどサーラが振りかぶって雪玉を投げているところだった。
――ひゅっ。
そんな軽い音と共に放り投げられ、途中でふっと雪玉が落ちた。
「え!? サーラ!?」
「今のフォークだよな?」
あまりにも自然なフォークボールに俺とバルトロは驚きの声を上げ、ミーナはあんぐりと口を開けていた。
「……なんだかできちゃいました」
視線が一斉に集まる中、サーラは少し気まずそうに言った。
一番やる気のない人が真っ先に習得してしまった。才能とは残酷だ。
「えええええぇ! サーラだけズルいですよ! 一体、どうやったんですか! 何かコツとかあるんですか!?」
「ええ? コツですか? アルフリート様が教えてくださった通りに投げただけですが……」
「それで出来りゃ苦労しねえよ!」
「そうですよ! なにか一発でフォークを投げられるようにコツがあるはずです! 真面目に答えてください!」
「……強いて言うとすれば、思いっきり投げないことでしょうか?」
バルトロとミーナに詰め寄られる中、サーラは少し考え込んでから述べた。
「思いっきり投げない……ですか?」
「サーラの言う通り、フォークボールを投げる上でリラックスするっていうのは大事だね」
ミーナが怪訝な表情を浮かべていたので俺はサーラのアドバイスに付け足すように言った。
思えばサーラは三人の中で一番綺麗なフォームで雪玉を投げていた。
変化球への執着の無さがいい感じに脱力へと繋がり、精度の高いフォークボールへと繋がったのだろう。
「確かにガチガチになっていたらいい球は投げられねえからな!」
「次は脱力を意識してやってみましょう!」
俺たちのアドバイスでなんとなく光明が見えたのか、バルトロとミーナが雪玉を作成して再び活き活きとした表情で投げ始める。
……これ、いつまで続くんだろう?
もしかして、フォークボールが投げられるようになるまで続く流れかな? バルトロはともかく、ミーナが習得するにはまだしばらく時間がかかるだろう。
こんな寒い中、さすがに何時間も付き合ってあげられない。
「じゃあ、サーラ。後は任せたよ。俺はコリアット村に遊びに行ってくるから」
「え! 待ってください、アルフリート様。私の体力では二人の面倒をみることは――」
必死に何かを訴えようとするサーラを無視し、俺は一人で悠々とスロウレット家の敷地内を出るのであった。




